25. 元婚約者の登場
会場まで歩いて行く中で、私はなんとか落ち着きを取り戻せてきた。
初めこそ隊長さんの素敵な正装姿と、私を褒めて照れる彼の姿に戸惑ったが、会場入りする前には落ち着けてよかった。
とは言っても、彼の右腕に添えた左手はグローブの下で汗ばんでいて、心臓の鼓動もまだ少し早いままだけど。
そして会場入りが目前に迫ると、今度は緊張と不安が高まってくる。
「大丈夫ですよ聖女様。何があっても、私が隣にいますから」
腕に添えた私の手から、私の緊張に気付いた隊長さんがすごく頼りになる言葉をかけてくれた。
討伐のときにも言ってくれたその言葉は、あのときの安心感を思い出させてくれる。
「……ありがとうございます」
隊長さんが力強く頷くと、会場へと続く大きな扉が開けられた。
ふう、と一息つきつつ気合を入れて一歩を踏み入れた瞬間、ザッと会場にいた全員の目が自分に向けられたのが分かった。まるで針のむしろのように感じられて一気に体が重くなり、その次の足が上がらない。
そのまま進もうとした隊長さんが私の異変に気づいて、彼もまた足を止めてくれた。
「……あら、あれが聖女?」
「案外地味ね。ドレスは綺麗だけれど」
「エスコートは陛下じゃないのか? あの服は、討伐部隊の人間か?」
入り口で止まっていると、聞きたくもない言葉たちが聞こえてきた。
くすくす、と嘲笑する者と、その座に相応しくないとでも言うように怪訝な目を向ける者と。
どちらも、向けられて良い気はしない。
……地味で悪かったわね。それは自分がよく分かってるわよ。
でも私への悪口の中に聞こえてきたエスコート役に対しての言葉のおかげで、少しだけ気を立て直せた。
今私は、隊長さんの隣に立っている。
ここで私が縮こまって、隊長さんまで悪く言われるのは嫌だ。
「……すみません隊長さん。行きましょう」
隊長さんの腕に添えていた手にグッと力を込める。
隊長さんは「はい」とだけ答えて、私の意思に従って再び歩き始めた。
私たちが会場の中心に差し掛かると、招待客の一人が話しかけてきた。
「まあ、リアム様?」
私ではなく、隊長さんに。
「…………お久しぶりです。ウッド嬢」
彼女の声を聞いた瞬間、隊長さんの体が強張った気がした。
……ウッド嬢? 隊長さんの知り合い?
その人は、とても可愛らしい見た目をしていた。
淡いピンクのドレスがよく似合う若い女の子。
腰まで長く伸びたふわふわのプラチナブロンドの髪にルビーのような真紅の瞳。ハーフアップにされた髪には瞳の色と合わせたのか大きなルビーとリボンで作られた髪飾りがついていて愛らしさを増している。
……うわぁ。まるでお人形さんのようだわ。
声を掛けてきた女の子を隊長さんの背中越しに確認して、その可愛さに衝撃を受けた。
……と、同時に思い出した。
前にナディアさんに聞いた、隊長さんの元婚約者の話。
あのとき確かナディアさんは、元婚約者は人形のように可愛らしい人だと言っていた。
「ええ、お久しぶりですね。まさかリアム様が聖女様のエスコート役を任されているだなんて驚きましたわ。聖女様はてっきり陛下と来られるものとばかり」
隊長さんに話しかけながら、彼女は私を品定めするようにじろじろと見てきていた。
……?
「……なんというか、聖女様はとても純朴な方ですね。陛下の好みではなかったのかしら」
…………?
私は大きく首を傾げた。
……私今、ディスられてる?
純朴な方って、やんわりとした言い回しの『地味』ってことでしょ?
それに陛下の好みじゃないって、つまり私があの王様に振られたから仕方なく隊長さんにエスコートしてもらってると言いたいのよね?
元婚約者さんは可愛く笑っているけれど、その実、口から出ているのは相手を侮辱するような内容と取れる。
「……ウッド嬢。聖女様は、」
「隊長さん」
隊長さんが何かを言い掛けたが、クイッと袖を引っ張って止める。
「この可愛らしいお嬢さんはどなたですか?」
これは女の戦い。
売られた喧嘩は買いましょう。
私は努めて笑顔で、私に対して名乗りもしない失礼な人の紹介を隊長さんに求めた。
「失礼しました。この方はエリー・ウッド嬢。ウッド男爵のご令嬢です」
「初めまして、聖女様。リアム様とは昔、婚約しておりましたの」
「エリ……?」
この可愛らしい子が、隊長さんの元婚約者という予想は当たっていた。
しかも名前は「エリー」。
なんの因果か、この世界に来る前、私の元婚約者が浮気していた相手が「エリ」だったな、なんてことも頭の片隅で思い出して、さらに好戦的な気持ちが昂ってしまった。
隊長さんはと言うと、少しだけバツが悪そうな顔をしている。まあ元婚約者なんてそうそう会いたくはないだろう。気持ちはよく分かる。
「……初めまして」
彼女が本当に隊長さんの元婚約者だと思うと、すごく嫌な気分だ。
見た目は可愛いけど性格がすこぶる悪そうで、しかも本人にその自覚があるかも不明。
……それに、こっちの浮気相手と名前が似てるところも癪だわ。
この女のせいで隊長さんは……。
「きゃっ」
すると、私は無意識に彼女を睨んでしまっていたようで、彼女はビクッと肩をすくませて怯える動作を見せてきた。
「……怖いですわ聖女様。そのように睨まないでくださいませ」
プルプルと震える様は、さながらか弱いウサギのようだ。
これが、か弱い系女子。
男はこういう守りたくなるような子に惹かれるのだな、と感心してしまう。
……まあ、そうなりたいとは思わないけど。
「それは演技ですか? それとも素?」
「……え?」
「どちらにせよ、悪趣味ですね」
はあ、と私は大きく息を下に吐き出して、そのまま思ったことを口に出す。
「あなたは隊長さんのことを何も知らない。彼が討伐でどんな働きをしていて、どれだけ部下に慕われていて、どうして彼が体に傷を負うことになったのか。何も知らずに彼を嫌い、そして彼に襲われたなんて嘘で彼を貶めるだなんて、悪趣味にもほどがある」
彼女に私の考えを真っ直ぐぶつけてみたが、そう簡単に彼女は負けなかった。彼女はよよよ、と倒れそうになりながら、私が誰かに騙されているのだと言い出した。
「まあそんな……。私はリアム様を貶めるつもりはありませんでした。まさか、聖女様は誰かにそのような嘘を吹き込まれたのではないですか? それで私を睨んで……? は! もしかしてあちらの討伐隊員の方々が!?」
「は? ちょっと何を言ってるのか……。嘘をついているのはそちらですよね?」
「いいえ! わたくしは神に誓って嘘などついておりません」
彼女は、今度は会場内にいたフランキーさん達を矛先にしてきた。彼らが私に嘘を吹き込んだなど、でっち上げもいいところだ。しかも自分は嘘をついておらず、そのことを神に誓えるとまで言い張っている。……彼女はやけに強気だ。
なるほど、手強い相手だということは分かった。
どんなにこちらが事実を突きつけても認めようとせず、むしろ他の、討伐部隊の隊員さん達まで貶めようとしているのだから。
しかし、どれもこれも馬鹿馬鹿しい。
正直なところ、人目がなければ盛大に舌打ちしてしまったかもしれない。
……ほんとこの子、良い性格してるわね。
無論、褒め言葉ではない。
それに、隊長さんと彼女の婚約は親同士が決めたのだろうが、一時でも二人が結婚しようとしていたと思うと、もの凄く嫌な気分になる。
……さて、どうしたものか。




