19. 魔法士長との対面
「まさか陛下にあそこまで言われるだなんて、聖女様は怖いもの知らずですね」
部屋に戻った途端、背後に付いていたハンナさんから言われてしまった。
確かに、先ほど私が王様に対してすごく失礼なことを言ったという自覚はある。
「でも事実ですから。あそこで嘘をついてもしょうがないので」
王様に、面と向かって「好みじゃない」と言い切った。第五妃になれだなんて全く惹かれないプロポーズをされて、仕方なくではあった。きっぱりと理由も伝えることで、彼に私との結婚は諦めてもらえればいいと思ってのことだった。
ハンナさんはそのやり取りをずっと、私の後ろから見ていたのだ。
陛下へ失言し始めた私を止めたかったが、一介の侍女である彼女があの場で王様と聖女である私との会話に割って入ることは出来ず、発言したい気持ちを抑えていたらしい。
部屋に戻り扉を閉め、私と二人きりになったタイミングでようやく口を開けたというわけだ。
「陛下を好みではないと言うだなんて、驚きました。あの方ほど人気の殿方は一般にはあまりいないのですよ?」
「できれば私だって言いたくなかったですよ? でも彼は……なかなか話が通じないようなので、あそこまで言わないと諦めてくれないかなと思って」
「本当に討伐部隊の隊長の方が好みなのですか?」
「ああ、それは本当です。隊長さんの方が見た目も中身も素敵ですから」
ここまで話しても、ハンナさんは信じられないといった表情で私を見ている。
「ちなみに確認ですが、すでに恋人だったりしますか?」
「し、しませんよ!」
ちなみにと確認された内容に思わず咽せそうになりながら慌てて否定した。
「ただ私が……私の好みが隊長さんだって言うだけで、好きとかそういうのでは……」
私はそこで言葉を止めた。
「ないです」と言えば良いだけなのに、なぜか言えなかったのだ。
……本当にないの?
……私は本当に、隊長さんのことは好きじゃない?
頭の中で自問する。
少し前までなら、あり得ないと一蹴できたのに、今はそれができなくなっていた。
きっと、討伐でいろいろなことがありすぎたせいだ。
この問題は、そう簡単に答えが出せるものではないだろう。
「聖女様?」
悩んでいる時間をハンナさんに不審に思われ呼び掛けられたので、私は慌てて返事をした。
「あ、すみません! とにかく、隊長さんと私はそういう関係じゃありません」
「そうですか。ですがそうなると、お披露目会のエスコート役はどうなさるおつもりですか?」
「はい? エス、コート?」
またしても私の初耳案件が出て来て、聞き返す。
「はい。エスコート役はお披露目会で聖女様と一緒に会場入りする方です。大抵は親兄弟か、婚約者や恋人が務めるものなので、当然陛下が務めるのかと思っていましたが、先ほどの聖女様の態度を見るに陛下のエスコートはお断りになりますよね? しかし、好みだというその隊長は恋人ではない。……とすると、聖女様はエスコートをどなたにお任せするのでしょうか?」
お披露目会に、ダンスに、エスコート役。
異世界事情についていけず、私の頭の上にはてなが浮かぶ。
「それって、決めないとまずいやつですよね?」
「そうですね。さすがに主役の聖女様が一人で会場入りされるというのは前代未聞になりますから」
「なるほど……」
エスコート役という新たな課題に頭を悩ませ始めたそのとき、部屋の扉がノックされた。
入り口近くにいたハンナさんが応対に向かい扉を開けると、ハンナさんは訪ね人を見て一瞬驚いた顔をしていた。そして一旦扉を閉めて、私のところまで歩いてきて言った。
「……聖女様。魔法士長がお越しです」
「…………マホウシチョウ?」
言葉の変換に少し時間がかかってしまった。
……魔法士長って確か……。
討伐に行っていたとき、隊長さんからそんな人がいると聞いた。最も魔法に長けた方で、その人に聞けば私の魔法の発動条件も分かるだろうって言っていた。
「すみません。魔法士長と会う予定は明後日に入っているのですが、今来てしまったようでして……」
「そうなんですか?」
「はい。一応、この後聖女様の予定は特に入っておらず、ご夕食までは休憩時間のつもりでしたので、今からお話しいただくことは可能です。しかし、もし聖女様の都合が悪いようであれば、日を改めるように伝えます。いかがいたしますか?」
魔法士長さんは二日も前乗りで訪ねてきてしまったらしい。それでハンナさんは驚いていたようだ。
だが、この後の私の予定がないのなら特段追い返す理由はない。
「問題ありません。入ってもらってください」
「分かりました」
こく、と頷いて、ハンナさんに魔法士長さんに会う旨を伝えた。
……魔法士長ってどんな人だろう? やっぱり熟年のお爺さんみたいな人かな?
どんな人かと想像の魔法士長を頭の中で思い浮かべるが、その後すぐハンナさんが部屋に招き入れてくれて入ってきたその人は、私の想像とは全く違う、予想外に若い青年だった。
「初めまして、聖女様。魔法士長のレヴィ・テイラーと申します。どうぞレヴィとお呼びください」
レヴィさんは丁寧に一礼して挨拶をしてくれた。
ニコッと笑った顔もとても綺麗だった。
声の低さや体格から男性だとは思うが、彼にはイケメンというより「美麗」という言葉の方が似合う気がする。
長く伸ばした艶のある銀髪を後ろで一つに結わえているからだろうか。
それこそ彼の髪を結わえているゴムを取ったら、その後ろ姿は完璧にさらさらロングヘアの綺麗なお姉さんに見えるだろう。
……なんて、レヴィさんに失礼ね。
「初めましてレヴィさん。澪と申します。どうぞ座ってください」
「ありがとうございます」
レヴィさんはたおやかにソファに腰をかけた。
その姿が美しすぎて一瞬見惚れてしまったが、一拍遅れて私も彼の対面に座った。
「まずは突然のご訪問をお許しください。どうしても早く聖女様の魔法について調べたくて、はやる気持ちを抑えられませんでした」
「気にしないでください。私も、自分の魔法について早く分かればスッキリしますし」
「そう言っていただけて安心しました。では早速」
レヴィさんはパンッと両手を合わせて、それから手のひらを私に向けて、『メジャー』と呟いた。
すると彼の手が僅かに光り、魔法が発動しているのが見て取れた。
下手に話しかけてはいけないと思い、私はただ黙って、レヴィさんの目を見つめておいた。すると、彼の目が少しだけ大きく開いたのが分かった。
「……これは面白い」
「? どうでしたか? 何か分かりましたか?」
レヴィさんがボソッと口に出したので、私は更なる説明を求めた。彼の目には一体何が映ったのだろうか。
「はい、分かりました」
私は、ゴクリ、と息を呑む。
そして彼の口から出てきた結果は……。
「聖女様には魔力がないようです」
「え……?」
彼の言葉は、私にまさかの事実を告げたのだった。




