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1. 異世界召喚……って何?

「そなたを余の四番目の妃にしてやろう」

「お断りします」


 言葉の意味もよく理解していなかったが、私の口からは反射的に断りの言葉が出ていた。「四番目」という言葉が嫌だったのだと思う。浮気されたばかりだからか、そういう言葉には敏感に反応してしまったのだろう。


「こ、断るだと……? 余の妃だぞ!? 分かっているのか?」

「いいえ全くこれっぽっちも分かりません」


 ……ここがどこかも分かりませんし。


 まだ床にへたり込んだ状態だったので、私は足にぐっと力を入れてその場に立ち上がる。昨日は仕事帰りにそのままあの修羅場に遭遇し、そこから着替えることなくお酒を飲んで寝てしまったから、スーツ姿のままだ。スーツに皺が出来てしまったかな、なんてことも思いながら、床についてしまっていたスカートの汚れを軽く手で払いつつ、私は説明を求めた。


「まずはこの状況を説明してもらえますか?」


「おほん。では私めが説明いたします」


 すると、先ほど青年と話していた神父のようなお爺さんが喉の調子を整えながら一歩前に出てきた。


「先程我々はこちらで『聖女召喚の儀』を執り行いました。そして召喚されたのが、あなたというわけですな」


 とても簡潔にまとまった説明で助かる。

 だけど、それってつまり?


「…………私が異世界に召喚された? しかも聖女?」


「おお、さすが聖女様。飲み込みが早い」


 ……飲み込みとかそういうことではない気がする。


 ここはどう見ても日本じゃない。

 しかも日本には自分のことを「余」と呼ぶ人はいないと思う。

 到底信じられないけど、最近流行りの小説で書かれるような「異世界召喚」というものだと考えれば……。

 異世界召喚で往々にしてあるのが「この国を救ってほしい」と言われて勇者とか聖女にさせられるパターンで、私は聖女になることを求められているのだとなんとなく理解できなくもない。


 念のため手の甲をつねってみるがきちんと痛い。

 変な夢を見ているわけでもなさそうだ。



「余はこの国の王であり、召喚された聖女には王族に嫁いでもらう決まりになっているのだ。だが余にはすでに三人の妃がいてな。だからそなたには四番目の枠をやろうというわけだ!」


 青年は王子様ではなく王様だった。しかも何やら決まりがあって、聖女は王族に嫁がなければいけず、しかも嫁ぎ先である目の前の王様にはすでに何人もの妃がいるらしい。

 たしかに歴史ドラマとかでは王様にたくさん奥さんがいたけれど、自分がその内の一人になるのは死んでもごめんだ。


「お断りします」


 日々の仕事でハラスメントに立ち向かうべく培った鉄壁スマイルで丁重に、再度お断りする。


「なぜだ!? そんな地味な見た目ではどうせ元の世界でも行き遅れだったのだろう!? 王妃になれるというのに何が不満だ!」

「不満しかありませんけどお!?」


 ……二度も断ったのだから気づいて欲しい。

 私は四番目の妃の座に何の魅力も感じてないことを。


 そもそも青年自体、イケメンだとは思うが、さして私のタイプではないのだ。会ったばかりのタイプでもない男の妻になんてなりたいわけがない。

 その上すでに男には三人も妻がいて自分は四番目の妻になるのだと聞けば、そんなものは余計お断り案件である。


 それに、見た目が地味だから行き遅れと決めつけてくるのも失礼過ぎる。


 見た目はともかく、婚約者に浮気されて婚約破棄されたばかりの私には「行き遅れ」という単語はタブー中のタブー。

 だからついうっかり、私も熱くなって返事をしてしまう。


「ただでさえ異世界召喚とか意味が分からないのに、その上あなたの四番目の妻になるとかあり得ませんから! 私は聖女にもなれないので、元の世界に戻してください!」


 そうだ。

 あちらだって私に不服があるなら、私を元の世界に戻してもらい、改めてもっと可愛い子を召喚してもらうのが良いはずだ。私は閃いた勢いでそのまま提案してみた。


「そうですよ。私のことは元の世界に戻していただいて、もう一回その、聖女召喚の儀?ってやつをやってもらえれば、」

「それはできぬ」


 良い提案だと思ったのに、即刻却下された。

 ……ああ、嫌な予感。



「聖女召喚の儀はそう何度もできるものではない。それにこの儀式は、こちらに召喚することはできても戻すことはできないのだ」



 放たれた言葉を聞いて、私は絶句した。


 ……この人たち、勝手過ぎるのでは?


 怒りを通り越して呆れてしまう。

 召喚はできるけど戻すことはできないって、それで召喚された人の人生を奪ってしまうという考えは誰も持たなかったのか。あまりにも自己中心的な儀式ではないか。


 私は深いため息を漏らした。



「……じゃあ私は一生この世界にいないといけないんですか?」

「そういうことだ! だが安心しろ。余の妃となれば何不自由ない生活は約束してやるからな」


 もはや何からツッコむべきか分からない。

 何を言っても彼には伝わらない気がする。


 例えば、元の世界で私が突然行方不明になったら家族が心配するだろうなとか、職場にも迷惑かけてしまうだろうなとか。それから……タイミングが最悪なので、浮気されたショックで消えたんだとかそんな不名誉な憶測が流れるのではないかとか。


 特に最後の憶測は、何としても阻止したい事項である。



「陛下。結婚の話は後にして、聖女様にはまず討伐部隊に同行してもらうというのはいかがでしょうか?」

「ふむ」

「まだ召喚されたばかりで陛下との結婚まで正しく判断できないくらい戸惑ってらっしゃるようですので、まずはこの世界を知ってもらうためにも、一度聖女として働いてもらってはどうかと思いまして」

「そうか。それは良い考えだ!」


 神父のようなお爺さんの進言を聞いて、王様の彼が声高々に私に命令してきた。



「聖女よ! それでは、次に出発する討伐部隊に同行し、聖女としての役目を果たすのだ!」

「…………は?」



 彼に勝手なことを言われながら、私はこの時気づいたことがある。

 そう言えば彼に、私の名前も聞かれていないし、私も彼の名前を知らないなと。


 お互いの名前も知らないまま結婚を迫ってくるような人とは、死んでも結婚したくない。と、私は改めて思ったのであった。

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