17. 王都へ帰還し、ひとときの休息を
無意識のうちに怪我をした隊員さんたちを皆一気に治癒してしまったがために、隊員さんたちから「聖女様万歳!」なんてもてはやされながら、私は王都へ帰ってきた。
行きではずっと座って隊長さんの講座を受けていたから身体中(特にお尻や腰)が痛くて大変だったけれど、帰りは寝てても良いと言われたので幾分マシな状態で帰れた。
帰りも隊長さんは同じ馬車に乗っていたので最初こそ彼の目の前で寝ることに抵抗はあったが、それよりも蓄積された疲労の方が勝り、王都に近づくにつれ隊長さんに気兼ねせず寝られるようになった。
ちなみに、起きている間には何度か魔法を試してみたが、これまた反応はしなくなっていた。
本当に発動条件が「隊長さん」とかだったらどうしようかと、内心焦る。
フランキーさんの言うように愛が発動条件で隊長さんにだけ使えるという場合、気づかないうちに私は隊長さんに恋をしていて、しかもその恋心がダダ漏れという話になってしまうからだ。
だが、焦ったところでできることはなく、私は途中で考えることをやめた。
そうしてダラダラと過ごしていると、あっという間に王都に到着したのだった。
「では聖女様。我々はこれにて失礼します」
「え!?」
隊長さんの手につかまりながら馬車から降りると、突然隊長さんから別れを告げられて驚いた。
「私たちは討伐部隊なので、討伐が終わればお役御免となります。ここからはまた、こちらのハンナが聖女様のお世話をいたします」
「お任せください、聖女様」
隊長さんの後ろには、この世界に来てから討伐に出る直前までお世話をしてくれた侍女のハンナさんが立っていた。私のことを迎えに来てくれたようだ。
彼女は綺麗なシニヨンを結い、キリッとした灰色の目をしたお姉さん。テキパキと動いてくれて、仕事ができる人だった。
……ハンナさんに不満がある訳じゃないけど。
やはり、これまで長い期間共に生活して距離も縮まっていた討伐部隊の人たちと別れるとなると寂しいし、突然のことに動揺もしてしまう。
「あ……」
「どうかされましたか?」
「……」
どうかされたか、なんて。
突然の別れが寂しいなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えない。
「また……会えますか?」
「!」
寂しいと言う代わりに、私はおずおずとそう確認した。
隊長さんは少し目を開いて、それからくすっと笑って答えてくれた。
「ええ勿論。聖女様に呼ばれれば我々はどこへでも駆けつけますよ」
その答えに、ハンナさんが補足してくれた。
「お望みなら、いつでも討伐部隊の隊舎に行くことも可能ですよ。聖女様のお部屋からだと少し歩きますが、隊舎に行けば討伐部隊の皆さんに会えると思います」
どうやら王宮のどこかに討伐部隊の隊舎があり、隊長さんたちに会いたいときはそこに行けばいつでも会えるらしい。
それを聞いてホッとした。
「本当ですか? それなら良かった」
「ではお部屋に参りましょうか」
「あ、はい。……隊長さん、フランキーさん、ランドールさん、ナディアさん、それから皆さんも。討伐は大変でしたけど、ご一緒できて楽しかったです。ありがとうございました!」
こうして私は、仲良くなった討伐部隊の人たちとお別れをして、ハンナさんについて行ったのだった。
***
久しぶりに私のために用意された部屋に入ると前と変わらず……むしろさらに磨きがかかって綺麗になっていた。きっとハンナさんが、私が不在の間もお手入れをしてくれていたのだろう。
部屋に着いたら、ハンナさんがお風呂の準備もしてくれていたので、まずはお風呂に入らせてもらった。
お風呂ではぐーっと腕や足を伸ばして長旅の疲れを癒しつつ、髪や体を高級なソープで洗う。なんとも心地よい時間だ。
お風呂から上がるとなぜか着替えとしてドレスが用意されていたのでそれを着て、それからフルコースのように出てくる鮮やかなお料理をお腹いっぱい食べて、最後にはお日様の匂いがするベッドにダイブする。
……なんて贅沢な生活なの。最高すぎる。
ここには魔の森で味わったような危険は一切なく、しかも身の回りの世話はハンナさんがしてくれるから私は何もしなくていい。
元の世界でも味わったことがない贅沢な生活だ。
討伐に行く前もこの生活は味わっていたと思うけど、あのときはこっちの世界に来たばかり。異世界なんて訳が分からなくてこの生活を満喫する余裕はなかったなあ、なんてことを思う。
「ハンナさん」
「何でしょうか」
「私はまた討伐に行くことになりますか?」
だって多分、瘴気を消した私は本当に聖女だと思うから。聖女だとしたら、ずっとこの贅沢な暮らしを送らせてもらえるとは思わない。
……むしろ、また討伐に行かせるつもりで今だけ贅沢をさせてくれている、と考える方が妥当よね。
何の気なしにハンナさんに聞いてみると、ハンナさんは正直に教えてくれた。
「そうですね。恐らくそうなると思います。ただ、今は聖女様のお披露目会などが控えていますので、次に討伐に行かれるのは少し先になると思いますよ」
「へえ……え? 今なんて?」
たらり、と額を嫌な汗が伝う。
……聞き間違いではない?
ハンナさんははっきりとこう言っていた。
「聖女様のお披露目会……?」
……それはつまり私の? 私のお披露目会?
「はい、そうです。今回の討伐で聖女様は瘴気を見事消し去ったと伺っております。そのことについての報告も兼ねて既に陛下は王都中の貴族を招待していますよ。そのとき合わせて、聖女様のお披露目もされる予定です」
「聞いてないけど!?」
「……てっきり、伝わっているものと思っていました」
王宮に勤める者たちには既に伝えられており、それぞれお披露目会に向けての準備も着々と進めているらしい。
お披露目される本人だけ聞かされてないとかそんなひどい話があるのか。
「ちなみに、明日は朝一番にドレスのデザイナーが来て、採寸と打ち合わせをされることになっております」
「へ?」
「お披露目会用に、ドレスを仕立てよと仰せつかっております」
「今着ているようなものはダメなんですか? あっちのクローゼットにもまだドレスはたくさんあるみたいだし、あの中の一つでも良さそうですけど」
「今着ていただいているのもあちらに並んでいるものも、普段着としてお使いいただくドレスです。お披露目会ともなればより素敵なドレスが必要になります」
そもそもドレスなんて友人の結婚式とかでしか着たことがなかった。しかもこんなフリルやレースがあしらわれていてスカートにボリュームがある、いわゆる中世ヨーロッパで着られていたようなドレスは当たり前だが着たことはない。
そんな私にとっては、クローゼットに並んでいるたくさんのドレスだけで十分だと思えるのに、実はあれらは普段着で、お披露目会用に更なるドレスを作ってもらう必要があるなんて信じられない。
……費用もかなりかかりそう……って、考えるだけ無駄ね。多分あの王様が全部払ってくれるんだろうし。
「じゃあ、お披露目会っていつなんですか? 今からドレスを作るくらいだから、わりと先ですか?」
「いえ、一週間後です」
「え? ドレスってそんな短期間で作れるんですか?」
服飾について無知な私はハンナさんに聞き返す。
するとハンナさんはふるふる、と首を横に振った。
「普通は無理です。お披露目会を早く行いたいという陛下の無茶振りで、デザイナーが必死に頑張って一週間で仕立てるようです」
「……なるほど」
上司が無理な期日で仕事を依頼してきてもノーと言えない従順な部下。
それはまるで日本のブラック企業のようで、その辺りはこちらの世界でも同じなのかと私は苦笑した。
「他にご質問などなさそうであれば、本日はこれにて失礼させていただきます。長旅でお疲れでしょうから、ゆっくりとお休みくださいませ」
「あ、はい大丈夫です。ありがとうございます」
ハンナさんは一礼して部屋を去って行った。
私は蝋燭の火をふっと吹き消して、真っ暗になった部屋で瞼を閉じて眠りについたのだった。




