15. 奇跡は起こすもの
「できないだと? どういうことだ」
治癒係の隊員さんに「治癒できない」と言われ、ランドールさんは片側の眉尻を上げながら怪訝な目で説明を求めた。
「今の私では、魔力が足りません」
彼女はとても申し訳なさそうに言う。
「足の傷の治癒は完了しました。しかし、恐らく隊長の体には傷口から毒が入っており……すでに全身に回り始めています。そうなると全身に対して『ヒール』をかける必要がありますが……」
言葉が尻すぼみになっていき、ランドールさんは待ちきれずにその後の言葉を代わりに言う。
「全身にかけられるほどの魔力は残っていないということか?」
彼の睨みと低い声に、治癒係の隊員さんは驚きながら慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!」
「ああ、いやすまない。お前は今日一人でこの場で治癒をしてくれていたから仕方ない。……なら他の者はどうだ? テントにいるあとの二人ならできるか?」
目の前の隊員に無理ならと、テントにいる残りの二人ならできるのかとランドールさんが尋ねた。
「どうでしょうか……。確認してみないと分かりませんが、そもそも治癒係のあとの二人は魔力の回復が不十分だったので今回ここに来ていないのです。それに、あとの二人に診せるなら一度テントまで戻らなければいけませんが、今の隊長の様子を見ると……」
治癒係の隊員さんが、隊長さんを見つめながら言葉を詰まらせた。
しかも、その表情はかなり険しい。
魔法事情をほとんど知らない素人の私でも察することができる。今彼女が言おうとして、でも口に出すのは憚られて言うのを止めた言葉は……。
……“瀕死”ってことよね?
隊長さんの額からは滝のように流れる汗が出続けていて、意識も朦朧としている様子だ。足の怪我は治癒されたのに、ずっと呼吸も苦しそうで苦痛に顔を歪めている。
きっと蛇の毒が、隊長さんの体を蝕み始めているのだ。
この状況、一体どう対処するのが正しい?
テントまで戻れば残り二名の治癒係はいる。
だが戻るまでに時間はかかるし、それに、戻ったところでその二名が隊長さんを治癒できるという保証はないらしい。
今ここに治癒できる者がいない以上戻るしかないが……道中で隊長の命が尽きてしまう可能性が高いようだ。
「隊長さん……」
首から下げたネックレスを、私は胸元でギュッと握りしめた。
なんて苦しい。
すごく……辛い。
心臓が、痛くて堪らない。
隊長さんに守ってもらったおかげで怪我一つ負っていない私が、言葉にならない辛さに押し潰されそうだ。その場に立っていることも辛くて、足から力が抜けていきその場にへたり込んでしまう。
「ごめんなさい。……ごめんなさい、隊長さん。ごめんなさい」
辛くて涙も溢れて来た。
両目から大粒の涙がポロポロと、謝罪の言葉と一緒に流れ出る。
「…………聖女様」
隊長さんに呼ばれて、私の肩が僅かに反応した。
そして呼ばれた方向に顔を上げると、確かに隊長さんと目が合った。
「聖女様。泣かないでください」
そう言って、隊長さんは微笑んでくれた。
笑う力もないはずなのに。
きっと泣いてる私を慰めようとしてくれている。
……こんなときまで、良い人すぎる。
「大丈夫ですよ。聖女様を守って死ねるなら、討伐隊員の誇りとなれますから」
「そんな縁起でもない! やめてください隊長!」
「そうだぞ。お前のことは今から俺たちが助ける。一人だけ聖女様を守った英雄になんてしてやるもんか」
「ええほんと。手柄を独り占めしようだなんてそうはいきませんからね」
「すまない。そんなつもりはなかったんだが……」
隊長さんが振り絞って出した言葉には、班長さんたちが非難轟々。さすがの彼もたじたじといった様子だが、みんな気持ちは同じなのだ。
隊長さんを救いたい。
どうすれば隊長さんを救える?
「魔獣はまだ残っているのか?」
隊長さんが指示を出せないので、隊の中では次点のフランキーさんが状況を確認して場をまとめる。
「そうですね。あと四体ほど残っています」
「じゃあそれは俺とランドールの班で残って対処しよう。ナディア、お前はお前んとこの班員使って隊長と一緒に先にテントに戻れ」
「承知しました」
班長さんたちはフランキーさんの指示に従って動き始めていた。
私はそれを横目に見ながら、神様に祈っていた。
……どうか、隊長さんを助けてください。
聖女として召喚されたものの、お祈りなんてことはしたことがなくて、元々信仰心も持ってなかった。
神様に縋ったことも一度もない。
神様にも、こんなときだけと思われるかもしれない。
それでもそこに、縋るだけ縋らせてほしい。
「神様どうか今だけ。今だけ私に力をください」
私は小さな声で呟いた。
一縷の望みをかけて、もう一言。
……もう一度奇跡を。
この前起こした、あの奇跡。
何の気なしに唱えただけで発動してしまった魔法の呪文。
「…………『ヒール』」
…………パァッ
「「「「!?」」」」
一瞬静まり返ったのち、神様に祈りを捧げていた私の両手が光り輝いた。
そのまま辺り一帯も眩しい光に包まれて、その場にいた全員が驚いて目を瞑った。
少しして、光が消えたのを確認しながらそっと瞼を上げると、皆の驚愕した視線が私に向いていた。
「………………え?」




