14. 蛇毒に侵されて
突如として現れた多くの魔獣に、隊員さんたちが必死で応戦している。
私はそれを、隊長さんの背中に隠れながら見つめていた。
それぞれの班長が状況を確認しながら指示を出し、着実に一体一体魔獣を仕留めていく。勿論みんなが無傷というわけではなく、途中で負傷する人も何人かは出ているようだが、今のところはこちらが優勢のように見える。
その間に隊長さんと私は少しずつ前進し、私が瘴気の中の光を狙える位置を探る。
「どうですか? そろそろ狙えますか?」
瘴気に近づき過ぎてもいけない。
何歩か進むたびに、隊長さんはこうして私に確認してくる。
私もその度にクロスボウを構え、矢の軌道を確認する。
魔獣との戦闘で隊員さんたちが不規則な動きをする中、そんな隊員さんたちの隙間をぬって瘴気の光を狙わなければいけない。
練習では障害物なんてなかったため、一気に難易度が高くなっているのだ。
……さすがに練習と同じようにはいかないわね。
実際五日足らずの練習では足りるわけがない。
それでも、練習ではある程度上達したと感じられていた。だがしかし、実戦に出れば全然足りていなかったと思い知らされる。動く的を避けながらその奥にある的を狙う練習が必要だなんて、考えてもいなかったのだから。
「狙えそうではあるんですが……隊員さんに当たってしまうかも」
「ではお願いします」
「え、でも」
「大丈夫です。隊員は自ら避けます。避けられなくても、後で治癒すれば良いだけです」
……それは良いの?
隊長さんが良いと言うのだから従うしかないが……。
こうなってしまっては仕方がない。
頼むから誰も、矢の軌道に入って来ないでくれと願って放とう。
私はふうっと小さく息を吐き、クロスボウを光に向けて構える。
そして、覚悟を決めて引き金を引いた。
シュンッ
勢いよく飛び出した矢は、真っ直ぐ瘴気に向かう。
しかし結果は、隊員さんには当たらなかったが、残念ながら、肝心の光にも当たらなかった。矢は瘴気の光の少しだけ右上にいってしまった。
「聖女様、どうでしたか?」
「すみません外しました!」
光が見えていない隊長さんに、外してしまったことを報告しながら再度矢を充填する。
「もう一度いきます!」
手持ちの矢の数だけ撃ち抜くチャンスはあるのだ。
一本外れたからと落ち込んではいられない。
カチャリ、と即座に次の矢を放つ準備をして、私は再び瘴気の中の光を見つめる。
……当たれ。当たれ。当たれ。今度こそ!
心の中で叫びながら、力いっぱい引き金を引いた。私の強い想いを乗せた矢は、今度こそ一直線に瘴気の光に向かって行く。
そして…………光を貫いた。
「当たった!」
目を見開きながら、無意識に言葉にしていた。
その言葉を聞いて、隊長さんも瘴気を見つめる。
果たして、瘴気の中の光を撃ち抜いたらどうなるのか。
────矢に貫かれた光は、一瞬強く発光し、そして消えた。……気味の悪い瘴気とともに。
「…………終わった?」
瘴気が消えたことに一瞬安堵してしまったその時、不自然に視界が暗くなった。まだ夜でもないのにどうしたのかと上を仰ぐと、五階建てのビルくらいはあるであろう高さから、巨大化した蛇の魔獣がその大きな口を開けて私を見下ろしていたのだ。
「え……」
シャー、と鳴く声と合わせて、蛇は涎を垂らしながら迫ってきているが、私は恐怖で一歩も動けない。
……なに。なんで? 動いてよ……!
「聖女様!」
ガッ
「……っ」
蛇に丸飲みにされてしまうと思った瞬間、隊長さんが私の腰に手をかけて、無理矢理蛇の真下から逃がしてくれた。
しかし、蛇はそのまま方向転換して私たちを追ってきた。
その早さに追いつかれそうになり万事休すと思われたが、蛇の動きが目の前でぴたりと止まった。
「……?」
「ふう、危なかったですね」
「怪我はねえか?」
突然動きを止めた蛇はそのまま地面に突っ伏し、蛇の体の陰からは、ナディアさんとフランキーさんが颯爽と姿を現した。
私は思わず名前を呼んだ。
「ナディアさん! フランキーさんも!」
どうやら二人が巨大な蛇の息の根を止めてくれたらしい。
ナディアさん達はすぐにタタッとこちらに駆け寄って来てくれた。
「大丈夫ですか、聖女様?」
「はい、私はなんとか。隊長さんのおかげで、」
「おい隊長、その足!」
心配してくれているナディアさんに笑顔で無事なことを伝えようとしたところ、フランキーさんの顔が険しくなり、彼は隊長さんに向けて声を荒げた。
「騒ぐなフランキー」
……足?
フランキーさんが叫んだので、私は隣に立つ隊長さんの足元に視線を落とす。すると、布で覆われているはずの隊長さんの右足が剥き出しになり、そこには火傷のような大怪我を負っていた。
「隊長さん、そんな怪我いつの間に……!?」
「あの蛇、毒持ってやがったか」
「!」
フランキーさんがそうぼやくのを聞いて、ハッとした。
あの蛇は涎を垂らしていて。
丸呑みになりそうな私を、隊長さんが危険な場所から退避させてくれたのだ。
もしあの時……私を退避させる時に、蛇の涎が隊長さんの足にかかってしまっていたとしたら?
そしてあの涎に毒が含まれていたのだとしたら?
多分毒は、怪我の様子からして含まれているのだと思う。
「俺のことは良い。お前たちは討伐に戻れ。瘴気はさっき聖女様が消してくれたから、あとは今いる魔獣を倒せば終わりだ」
「ご心配なく。あとの魔獣は班員たちで片付けられる程度の小物しか残っていませんから。私たち無しでも問題ないでしょう」
「だが……」
ナディアさんたちを元の配置に戻そうとした隊長さんだったが、ナディアさんはそれをスパッとお断りしていた。
「それよりも今は、隊長の足の治癒の方が優先です。あの蛇、隊服を溶かすような危険な液体を口から垂らしていたってことですよね? それが皮膚に触れてそんなに爛れているんですから、かなり痛いはずですよ? さ、早くそこに座ってください」
ナディアさんはそう言って隊長さんに座るように指示をしていた。
ここで私は、怪我人をいつまでも立たせていたことに気づきハッとして、隊長さんに慌てて肩を貸した。そして彼を適当な場所に座らせた。森の中に椅子なんてものはないので地べたではあるが、背をもたれかからせられる太い木の幹付近の地面に。
「すみません、聖女様」
「それはこっちのセリフですよ」
私が支えになったことに対して隊長さんは謝ってきたが、謝罪はそっくりそのままお返しする。隊長さんの怪我は私を助けようとして負ったのだから、謝るのは私の方だ。
……さっき、あの蛇に怖気付いて足が動かなかった。私のせいでまた、隊長さんが怪我を負ってしまったのね……。
申し訳なさすぎて、かなりへこむ。
「治癒係を連れて来ましたよ」
「お、ランドール。さすがだねえ」
私が落ち込んでいると、今度はランドールさんが治癒係の隊員さんと一緒に現れた。どうやら離れたところにいながらこちらの様子を見て、治癒係が必要だと気づいたらしい。
そんなランドールさんの仕事の早さをフランキーさんが褒めると、ランドールさんは当然だと言わんばかりにドヤ顔を決めていた。
「……隊員たちの治癒は間に合うのか?」
「今回はそれほど重傷者は出ていないので、問題ありませんよ」
「そうですよ隊長。さっきの私の話聞いてなかったんですか? 今最優先すべきはあなたの足です」
「そうか……」
この期に及んで隊員さんのことを心配するとは、隊長さんの部下を思う心には恐れ入る。
しかしそこへ文句を言うナディアさん。私もナディアさんと同意見だ。今は絶対、隊長さんの足の怪我が一番に治癒されるべきである。
そんな隊長さんは、ナディアさんに怒られたことで、しゅんとして肩を落としていた。
そして、治癒係の隊員さんが、班長さんと隊長さんのやり取りが落ち着いたところでみんなの目の前で治癒魔法を発動させた。
「では。……『ヒール』」
私が奇跡的に発動できたときよりも、光は小さい。
……普通はあれくらいなのかな? 私のときはどうしてあんなに発光したんだろう?
人が使う魔法と、自分が発動する魔法では発光具合が異なるのか?
なんとなくそこに引っかかりを覚えたが、今話せる内容ではないので私は黙って治癒風景を見守った。
「あれ……?」
少しして、そう呟いたのは治癒係の隊員さんだ。
治癒魔法を受ければ隊長さんはすぐ元気になると思っていた。怪我なんて跡形もなく無くなると。
『ヒール』を受けて確かに隊長さんの足の爛れは消えたようだが、彼の顔色は悪いまま。……なんだか雲行きが怪しい。
治癒係の隊員さんは、班長さんたちにこう告げたのだ。
「すみませんランドール班長。私ではこれ以上隊長の治癒は……できません」




