竜の神様、初めてのお留守番。
荷物に入ったキャリーケースを持って、家の中をチェックして、玄関の鍵を掛ける。
「よし!準備万端!」
私がそういって後ろを振り返ると、大変だるそーな顔のオミさんが立っている。
‥あの、そりゃ今日から修行で嫌かもしれませんけど、そんな顔をしなくても。
「えーと、それで蛇神様の所へは‥」
「ああ、ほら、手を貸せ」
オミさんが手を差し出すので、ちょっと照れ臭いけど手を握ると、目の前がまた光で一杯になって慌てて目を瞑る。
と、ふんわりと花のいい香りがして、
目を開けると、針葉樹に囲まれた大きな木の二階建ての建物が目に入る。一階には広いデッキがあって、前面が二階ともガラスの窓が大きくあるので日差しがよく入っている。
「「え、こ、これ、別荘??!!」」
「蛇神が言うには、玄関は右から入って、バイトに行く時は左を開けて入れだとさ」
「何もかも凄すぎる‥」
「お前、今日バイトなんだろ?」
「そ、そうだった!!荷物を置いたら早速行かなくちゃ!!」
慌てて中へ入って行くと、一階にリビングとキッチンに水場、二階にトイレと寝室があったけど‥。
「「あれ!!?寝室が一個しかない!!!」」
「‥どうせ一緒に寝るんだからいいだろ」
「「ご、誤解を招く言い方ぁあああ!!!」」
「世界一安心だろ」
「「あ、安心‥の、定義」」
寝室の窓から光が射し込み、大きなベッドがデーンと真ん中に置いてあると、なんていうか…めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。いや、何もないよ!??ないけどさ!!!
とにかくバイト、今はバイトだ。
キャリーケースを開けて、バイトに行く為のショルダーバックを出す。
「オミさんは、もう修行するんですか?」
「‥おう。葉月の方には行けないって言ってある」
「え??いつの間に??」
「あと、シキがお前の警護をしつつバイトを手伝う」
「「ええ???ねぇ、いつの間に??!!」」
あの、私は一緒に行くとは聞いてたけど、働くなんて初めて聞いたんですけど!?昨日の今日ですごい手早くない?神様‥。ちょっと驚きつつ私は一階へ急いで降りていく。
えーと、左側から‥だっけ?
私は扉の前で、確認するように後ろから付いてくるオミさんを見ると、ジーンズのポケットに手を突っ込んでちょっとブスッとした顔で立っている。
な、なんだよ、その顔。
置いていかれる子供みたいだな?
オミさんは片手をポケットから出して、私のマークが付いている手をそっと握ると、ゆっくりトカゲのマークを指の腹で撫でる。
それだけ。
それだけなのに、なんだか心臓がぎゅっと痛くなる。
「‥なんかあったら呼べ」
「‥‥はい」
「帰りは、シキが送ってくれる」
「‥‥はい」
言葉がうまく出てこなくて、オミさんを見上げる事もできなくて、ただオミさんの熱いくらいの指が私のマークを撫でる姿を見ているしかできない。
うう、ど、どうしたんだ!!自分!
しっかりしろ!!!思わず目をギュッと瞑ると、オミさんの指がピクリと動いた気配がする。
ん?
何??
「「おはようございます!!!シキでございます!!」」
「わ、わぁあああああ!!!???」
ガラガラと、引き戸が大きく開かれた音と共に、シキさんの挨拶に驚いて私の体が飛び跳ねた。
後ろを振り返ると、子供のシキさんでなく、大人のシキさんになってる!?
白髪でなく、銀髪の灰色の瞳で、外人さんみたいだけど‥。白いシャツに、白に近いアイボリーのパンツを履いていて、大変素敵ですね!?びっくりですね!?
「し、シキさん、大人に‥」
「はい!蛇神様に大人にして頂きました!ワンチャン、これで狙えと言われました!」
狙うって何を???
私が首を傾げると、オミさんが「あぁ!??」って突然不機嫌な声を出すけど、何?!何で殺気を出すんだ!ひとまずここで喧嘩を起こされても困る!
私はシキさんの手を引っ張って、慌てて左側の扉を開けて後ろを振り返る。
「「オミさん、行ってきます!!」」
「わかったけど、手は離して行け!!!」
「え、ええ????」
なんで??
そう思っているとシキさんが「あらあら」と言いつつ、面白そうに笑って私の手をしっかり握って扉を閉めた。‥神様の世界、本当に意味が分からない。




