竜の神様、鬼神になる。
そうして、あっという間に週末だ。
撮影のやる場所へオミさんと一緒に出掛けると、カメラやセットが置かれてすでに交通規制までされている。大きな時計塔がシンボルになっている我が街。
結構年季の入っている時計塔をバックに今回撮影するらしい。
「わぁ、すごい‥」
「人が多い‥」
オミさんは撮影を見に来た人達や準備している人達を苦い顔で見ている。‥まぁ、撮影ですしね。
「オミさん、今日は私だけ仕事になるんで側にいる際は見えない方が‥」
「分かってる。おら、手を出せ」
「はいはい」
トカゲのマークがついている手の甲を差し出すと、オミさんはその手をそっと掴んで、ゆっくり親指で撫でる。すぐ手を離すと思って、手を引こうとするとオミさんは「まだだ」と言って、私の手をしばらく握っていた。
「‥‥え、えーーとオミさん???」
「おう、いいぞ」
そっとオミさんが私の手を離す。
なんか随分と入念に触ってたけど、しっかり消えようとしてたのか??
不思議に思いつつも、受け付けに行って、案内された場所へ行くとすぐに着替えるというので、オミさんに外で待って貰う。
どうも私は着物に着替えるらしい。
なんか撮影を担当する人に、色々説明されながら手早く着替えをさせられ、化粧をされたけど‥。
「えっと〜、今回恋人役の子が怪我しちゃって出られないんで〜〜。ここのセットの橋に立って、とりあえず抱き合ってて欲しいんですよね。あ、セリフはないから大丈夫!!安心して下さい」
「「な、なな???!!!」」
全然大丈夫じゃない案件が来た!!??
撮影の説明をしてくれたお兄さんは、爽やかな笑顔で「じゃ、スタンバイしてて!」と言って、軽やかに何処かへ行ってしまった‥。
え、
え、
ええーーーー!!!
どうしよう!!オミさんに抱き合うシーンなんて間違っても私のようなモブの顔はないって断言したのに!!これは絶対怒られるんじゃないか??
痛む頭を抱えて衣装部屋から出てくると、出口の壁に腕を組んで立っていたオミさんを見上げる。とにかく説明だけはせねば‥。今更辞退できないって言わないと。
「‥オミさん、あの‥」
私が顔を上げてオミさんを見る。
と、オミさんは目を丸くしている。
そうして、急にキョロキョロと周囲を見る。‥何をしているんだ?
「オミさん?どうかしました?」
「‥え、あ、青葉?」
「?そうですよ?」
オミさんは、目を見開いて固まった。
なんかあったの?首を傾げると、オミさんは「あ」とか「う」とかしか言わない。大丈夫、言語中枢??
「オミさん、あのねどうしても断れない案件があって、私‥」
私が言いかけたその時、
「「あ〜〜、いたいた!!君、恋人役の子だよね??こっち来てくれる?」」
「え、あ、あの‥」
私はグイグイとスタッフさんに引っ張られてしまって、オミさんに説明する間もなく撮影現場に向かっていく。ああ〜〜、これは絶対大変な事になる。
セットの橋へスタッフさんと行くと、橋の上に着物を人が立っていて、その人がこちらをゆっくり振り向く。
「「え??長谷君??」」
「「あれ?!なんで青葉?!!」」
「いや、エキストラのはずだったんだけど、なんか恋人役の子が都合悪くなっちゃったみたいで‥」
私が説明すると長谷君は「うわー、マジか!」と言いつつ、ニコニコしている。
え?なんか嬉しい事あったの?
「エキストラでもいいから出ないって誘おうと思ったんだけど‥」
「あ、それで週末の予定聞いたの?」
「‥まぁ、それ以外でもちょっと」
チラッと長谷君は照れ臭そうに私を見て、
「恋人役‥、俺なんだけど」
「あ、そうなの?」
「あの、」
長谷君が何か言いかけた時、背がゾクリとした。
な、何??
何かいる!??
慌てて周囲を見ると、オミさんがセットの前で腕を組んでものすごーーくこっちを見て睨んでいる。お、鬼がいる!!!神様のはずなのに、鬼がいる〜〜〜!!!!抱き合うなんてまだ言ってないのに〜〜!!なんでそんなに睨むの?!
長谷君が「どうした?」って聞いたけど、まさか私のすぐ近くに神様が視線だけで殺すんじゃないかって睨みつけているとは言えない。
「‥えーと、持病の癪が??」
「もう役作りしてるのか?」
思わずそう答えた自分だけど、撮影できるのだろうか。
ものすごく気が遠くなった‥。




