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怒らせてはいけない人

 夢を見ていた。


 パキィッ……パキキィッ


 亀裂が広がるような音が鳴り、視界が断裂する。


 地が割れ、海が裂け、天がひっくり返る。


 全てが破壊され、宇宙空間に身体が放り出された俺は暗闇で包み込まれた。


 そして、何も残らない世界でただ終わりを迎える。


 ただ、ただ、無に帰す。


 今は理解できる現象も目が覚めたら夢になる。


「ルシファーさん、聞いてますか?」


 リンの恐る恐るの呼びかけに意識が覚醒した。


「へ? ああ、すまん……バッチリ起きてた」


「嘘だよ。ぐっすり寝てたの間違いだね」


 ルナがクスクス笑いながら指摘してくる。


 どう誤魔化そうか考える前に、隣に座るルナによって速攻嘘が暴かれた。


 えっと、何してたんだっけ。


「ル、ルシファーさん、疲れてるなら今日はここまでにしますか?」


 俺がリンに顔を向けると、彼女はビクッと震え後ずさる。


「いや、続けてくれ。俺は平気だから」


 意識がはっきりして思い出す。ルナとリンと俺の三人での話し合いの途中だった。


 今はリンにこの施設周辺の地理について教わっていたところだ。


 俺達は脱走してハイ終わりと言う訳にはいかない。


 むしろそこからが本番で、しばらく逃亡生活が続くのだ。


 安定した逃走経路を頭に入れて置かなければならない。


 俺とルナは右も左も分からない状態でこの施設に連れて来られたせいで、外の事は全くと言っていいほど無知だった。


 今後の為に大事な話だ。


 寝ている場合ではなかった。


「という訳で、ここは惑星アルティクリスの最西端に位置しています」


 ほうほう、なるほどなるほど。


 わからんな。


 戦争孤児で、まともな教育を受けてこなかった俺には、そもそも元いた場所がどの辺りなのかもわからない。


 アルティクリスと言う名前の星に住んでいた事も初めて今知った。


 そんな俺が人並に頭が使えるのは、隣に座る頭が良すぎる妹の影響だろう。


「ふむ、となると私達の“家だった”場所には、徒歩ではまず帰れないね。うん、帰る気なんてもちろん無いけれどね」


 ルナは俺に確認するように言う。


 今更一人で帰れとは言わないよ。


「凄いじゃないか。よくわかるな。地図なんて見たこともないはずだが」


「凄くないよ。一度、君に町に連れて行ってもらった事があったよね? その時に、店頭に置いてあるのを見せてもらったから」


 小さい頃、育ての親に内緒で町にルナを伴って遊びに行ったことがあった。


 教会でお菓子を貰えるという噂を聞いて、ルナに食べさせてやろうと思ったからだ。


 結局お菓子は食べられなかった。


「ずっとお前の腕を引いていたから覚えているが、店になんて立ち寄ってなかったはずだろ」


「三秒もあれば覚えるよ。だからこの施設の場所さえわかれば、脱出後の逃走経路は臨機応変に決めていける」


「凄いじゃないか」


「凄くないよ」


「凄いと思います。物覚えがいいんですね。心強いです」


 良く言ったぞリン。


 ルナは自分を過小評価していると思う。


 ルナに普通でしょ? って感覚でいられると、その普通の事も出来ない俺はミジンコ並みの馬鹿なんですか? ってなる。


 ルナを褒めるリンも、広い知識を持っていて、深い教養を感じさせられる。


 ここへ来る前は育ちの良いお嬢さんだったのではないだろうか。

 

 リンは敵対する者たちに嵌められて、人攫いにあったらしい。


 借金がある訳でも罪がある訳でもなく、奴隷としてこき使われている。


 本当に、理不尽で酷い話だ。


 彼女も無事に脱出させたいと思う。


 最初はルナからの接触をとりあわないで、無視していたらしく不安だったが、俺が仲介したら土下座してルナ謝っていた。


 仲間にするにあたって余計な不安を持たれても嫌だったから、噂は全て嘘だとも伝えた。


 だが彼女は「わっわわ、わかってます。そういう事にしておくのですね!」と返してきた。


 そういう事にしておくも何も、そういう事なんだが。


 聞き入れてもらえない。


 だが、その辺は時間が解決するだろう。


 実際には穏やかな気性の俺が、たとえ無理に狂人のフリをしていたとしても、すぐばれてしまうと思う。


「さしあたっては仲間を増やす必要があるんだったか。仲間にしておきたい奴が何人かいるって言ってたよな」


 ルナが昨日そんなことを言っていた気がする。


「そうだね。ただ、次は一筋縄じゃいかないんだ。時間がかかるかもしれない」


「それは誰なんですか?」


「烈剛族のライゼルって奴だよ」


「……正気ですか?」


 ルナの回答にリンは戦慄していた。


「本気なんですか?」


 リンの問にルナは頷く。


 いやライゼルって誰だよ。


「烈剛族ってなんだ?」


 俺の疑問にリンは丁寧に答えてくれた。


「宇宙で最も素の身体能力が高く強靭な種族とされています。帝国上級騎士などにも多くの烈剛族が名を連ねていますね。一般の人間ではまず太刀打ち出来ません」


「そしてライゼルってのがね。犯罪奴隷側を暴力で支配しているんだ。本気で暴れられたら騎士でも連れてこないと止められないと言われていてさ。奴隷看守も下手に彼を刺激する事は無いらしいよ」


 続けてルナが補足するように教えてくれた。


「またヤベー奴がいるものだな」


 俺は素直な感想を口にした。


「え?」


 リンが驚きの表情で声をもらす。


何のえ? だよ。どういう驚きだそれは。


「今の君も似たようなものだよね。要注意人物だね」 


 ルナはクスクス笑いながら俺をからかう。


 リンの驚きは、お前が言う? って驚きか。


 主にルナのせいだ。


「それで、どうしてそんな危険な奴を仲間にする必要があるんだ」


「単純に事を起こした時に奴隷看守や警備の兵を抑えて貰う為だよ。ライゼル以上に腕が立つ人間は、この辺にはそうそういないだろうからね」


 まあ、別の用途もあるのだけれど、と付け加えてルナは説明した。


 そいつはちゃんとコントロール出来るのかよ? 面倒な奴を引き込むのは気が乗らない。






 ルシファーと最初の接触を図る前、リンは隠すことも出来ないほど焦燥感を募らせていた。


 日に日に身体が弱っていく恐怖が精神を追い込んでいく。


 元々一般人よりも健康で丈夫なはずの身体も、環境のせいで衰えていった。


 だが、リンは他人を頼ることはせず、徹底して孤独を貫いていた。


 些細な動作や言動から身分を類推される恐れがある。


 自分の身分がバレる事を警戒していたリンは他人を拒絶し、無視を決め込む。


(そろそろ半年位経ってしまったかな。いっその事身分を明かして助けを求めてしまおうか……いや、利用しようとする者に先に知られれば、今よりも酷いことになってしまうかもしれない)


 こんなところからすぐにでも逃げ出さなければならない。


 ルシファーと出会う前からリンも脱出の機を待っていた。


 あれこれと色々な計画を立てては確実性がないと、破棄していく。


 駄目だ届かない。


 やはり自分一人では難しいか。


 魔法を駆使したとしても道半ばで体力が尽きてしまうだろう。


 騒乱を巻き起こしてくれる起爆剤のような存在が必要だ。


 自分一人に全力で追手をつけられたら逃走は不可能だが、騒動のスキに逃げ出せば、十分可能性がある。


 少数の追手くらいなら対処できる自身がリンにはあった。


 だが、それに相応しい人材がここにはいない。


 いつまでも待ってなどいられない。


 急がないと、全てが取り返しのつかないことになってしまう。


 そんな時、他の奴隷の会話がリンの耳に入ってきた。


「最近入ってきたルシファーって知ってるか?」


「知らねえが、また変わった名前の奴だな」


「そいつが看守バーンの嫌がらせをことごとく跳ねのけるもんで、俺はもう一週間は鞭で打たれずに済んでんだ」


「そいつはすげぇな!」


 この段階では、リンにとってそこまで気になる情報ではなかった。


(優秀な人間でも奴隷になるものなのかしら。私が言えたことじゃないか)


 リンは少し自虐的になり、会話に興味を失う。


「ただな。そいつ妙な威圧感があって近くにいると息が詰まるんだよな。何されるかわからねえ恐怖があるっていうか、とにかくあまり近づきたくはない奴だ」


「何いってんだ。犯罪奴隷じゃあるまいし。ビビりすぎだろ」


「お前も一目見ればわかると思うぞ」


 それはちょっと面白そうな人だ。


 ルシファーと言う少年にリンは少しだけ興味を持った。


 数日後リンの耳に再びルシファーの噂が入ってきた。


「ルシファー様が看守バーンを事故に見せかけて殺しやがった!」


 その情報にリンは大きな衝撃を受ける。


 正気じゃない。


 看守殺しをした奴隷などなぶり殺されてしまう。


 そんなリスクを犯せるものなのか。


「俺はいつかやると思ってたぞ。ルシファーの奴、前の施設でも暴虐の限りを尽くして追い出されてきたんだろ? 既に数十人看守が死んでるそうじゃねえか。何でそんな奴が債権奴隷なんてやってるんだよ!」


「おい、口のききかたに気をつけろよ。呼び捨てにしたら殺すって周囲の奴隷皆に釘を刺してたからな。お前なんて簡単に殺されるぞ」


 それはどんな暴君だ。


 こんな雑な嘘がよくも浸透したものだと感心した。


 噂もここまで誇張されると純粋に興味を惹かれる。


 試しに一目見てみよう。


 この後、軽はずみでルシファーに興味を持ったことをリンは後悔した。


 彼を前にして目を合わした途端全身に鳥肌が立つ。


 なんだこれは?


 こんな人間がいるの?


 震えが止まらない。


 自分が矮小な人間として完全に屈服してしまっている。


 特に強面の男という訳でもない。


 だが、常軌を逸したバケモノが人間の皮でも被っていると言われても納得できる。


 私に対応出来るような存在ではない。


 恐ろしい。


 理由もない恐怖に身体が硬直して動けない。


 リンは今までに感じたことの無い恐怖の縁にたたされていた。


 それでもリンは止まれなかった。


 同時に確信していたのだ。


 彼以上に騒乱の渦の適役はいない。


 この機を逃しては間に合わなくなる。


 間に合わないのであれば、死んだも同然。


 死ぬくらいなら何でも出来る精神で、リンはルシファーに立ち向かい、結果的に仲間として受け入れられた。


「どうしたんだ? 手止まってるぞ」


「いっいえ、大丈夫です。何も問題ありません!」


 ルシファーの声に反射的に身体がビクつく。


 食堂でリンとルナ、そしてルシファーの三人で食事を取りながら作戦を練っている最中。


 ふと、リンはルシファーと初めて顔を合わせた時の事を思い出して密かに震えた。


 今でも怖い。


 だが、話が出来ないような人間では無い。


 少なくともいきなり仲間に危害を加えるような事はしないとリンは理性では理解している。


「足りないなら俺のを少し分けてやろうか?」


「ルシ、君の分がなくなってしまうだろう。だったら私のを上げるよ」


「それは駄目だ」


 ルナと言う可憐な少女が普通にルシファーと会話をしてる事がリンには不思議だった。


 この威圧感を彼女は感じないのだろうかと疑問に思う。


(この子はこの子で隠しきれない高貴な気を放ってるのよね。たぶんここにいるような身分でない私側の人間。いったいどんなコンビなのよ)


 三人が食事を終えた頃、犯罪奴隷の集団から離れて近づいてくる四人がいた。


 リンは四人を見て緊張した。


 烈剛族のライゼルとその取巻きだった。


 取巻きも烈剛族だ。


 揉めたら人間のリン達はただじゃ済まない。


 余裕な表情で、どう遊んでやろうかと思っていた取巻き達は、ルシファーに近づくに連れて顔を青くする。


 足を止めて、下がろうかと迷うもプライドが邪魔をしてライゼルに続いた。


(わかるわ! 今頃ルシファーさんの威圧感に近づいた事を後悔してるわね)


 ライゼルだけは大物なのか鈍感なのか、ルシファーに平気で声をかけた。


「最近調子の良いルシファーってのはお前か?」


「あ?」


 ルシファーが顔を上げるとライゼルは小さく身体を震わせて目を見開く。


「何だお前は!」


 ライゼルは恐怖を隠すかのように声を張り上げる。


「何だお前はっておかしくね? 声かけてきたのお前の方だろ。俺達に何か用か?」


 ルシファーは相手がライゼルだと認識していなかった。


 会ったことが無い為当然ではある。


「いや、債権奴隷に生きのいい奴がいるって聞いたから、少し挨拶しとこうと思っただけだ」


「そりゃご丁寧にどうも」


 この時ルシファーは、ライゼルの事を誰だか知らないけどいい奴らだなくらいに思っていた。


 ライゼルも別に揉め事を起こす気など毛頭なく、最近噂になってるのがどんな奴か興味を持っただけだった。


「ルシ、そろそろ戻ろう。ここでは注目を浴びすぎて話し合いも出来ないよ」


 ルナがルシファーの腕を引っ張って去ろうとする。


 そこで取巻きの一人が爆弾を落とす。


「お前ライゼルさんの邪魔するんじゃねえよ! また痛い目見てえのか? 反対の頬にも綺麗な痣作りてえのかコラァ」


 ルナに向かって暴言が放たれた。


 パキリィッ


 この時、亀裂の入るような音が鳴ったと感じ、周囲の者は周りを見渡すが特に変化はなかった。


 リンは何故か身体が震えるのを抑えられなかった。


「なあルナ……その頬の痣って転んでついたって言ってなかったか?」


 冷たい笑みでルシファーはルナに問う。


「まあ、転んだようなものだよ。私は全然平気だからさ。さあ部屋に戻ろう」


「俺等の周りをうろちょろしてて邪魔だったから蹴飛ばしてやったんだ。あれは傑作だったな! ひゃっはっはーーへぶっ!」


 リンが気づいた時には、烈剛族の取巻きの一人が高速回転しながら宙を舞い、地面に叩きつけられた所だった。


 取巻きがいた場所にはルシファーが拳を振り上げていた。


「何してんだお前!」


 ルシファーを取り押さえようと二人の烈剛族が動こうとした時には、二人の顔面がルシファーの両手に鷲掴みにされ、地面に叩きつけられる。


 半分くらい後頭部が地面に埋まっていた。


「揉めるつもりは無かったが、手出してきたからには黙っちゃいねえぞ」


 ライゼルが常人の目では追えない速度の蹴りをルシファーの腹部に放つ。


 乾いた音が鳴り響きルシファーは半歩後に下がった。


 パキッ


 次の瞬間、ルシファーの姿が振れた後にはライゼルが壁に叩きつけられ、気絶していた。


 拳を握り直すルシファーは気絶した取り巻きに近づいていく。


(バ、バババケモノ。あ、悪魔の化身よ。何なのこいつ。烈剛族四人を簡単に沈める存在が人間である訳ないわ。戦力の為にライゼル仲間にするって言ってたけど、必要ある?)


 リンはあまりの恐ろしさに涙を流しながら震える事しかできなかった。


「もういいよルシ! それ以上は使い物にならなくなる」


 心配するところがずれている。


 ルナがルシファーの腕を引くとハッとして動きを止める。


「お前、あんまり嘘つくなよ。俺だって怒るからな」


「ごめんてば」


 リン含めたその場に居合わせた奴隷達は、絶対にルシファーを怒らせないと誓った。

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