技術者
看守ドンマーが来てから3日が経った。
毎日どこかしらの班が残業をさせられている。
バーンと違って、精神的負担の方が辛い嫌がらせをしてくる為、奴隷達もどこかピリピリした空気を出していた。
そんな中、とある理由で、俺は今本格的に脱走の為の計画を練っている。
廊下。
ゴンゴンとコンクリートの壁を拳で小突く。
鈍い音と振動が手に帰ってきた。
「ここは行けるな」
壁の強度を確認して、ボソッとひとり言つ。
俺が不審な行動を取っていても、何か言ってくるものはいない。
誰も関わりを持ちたく無いからだ。
次は廊下の対面の壁に移動し、再び小突く。
重厚な音が帰ってきた。
「ここはギリギリ行けるか」
何度か感触を確認してその場を離れ、食堂に入る。
次は入り口の鉄扉を注視する。
食堂の反対側の扉は犯罪奴隷の区画になっている。
犯罪奴隷とは、言葉通り犯罪によって罰で奴隷に落とされた者だ。
ならず者が多い為、食堂以外では基本近づかない。
俺やルシは債権奴隷。
借金を返せば解放されることもある。
「あの、ルシファーさん。何をしているんですか?」
「あ? 壁と扉の強度を確認してるだけだ」
俺は後からかけられる質問に、思案に耽っている中、無意識下で反射的に返事をした。
「その……行けるってのは?」
「強く殴ればたぶん壊せるやつ」
しばらく無言になるが、俺は前の鉄扉に集中している為気にならない。
この鉄扉はキツそうだな。まだ隣のコンクリートの壁を壊す方が楽そうだ。
「えっと、もしかして素手でそのコンクリートの壁を壊せると言ってるんですか?」
「もしかしなくてもそう言ってるだろ」
ゴクリと息を呑む音が聞こえる。
何メートルもの分厚いコンクリートでもなければ、殴れば誰でも壊せるだろ。
「それは……もしかしなくても脱走を考えて……ですか?」
「それ以外に何があるん……」
ここまで言ってハッとする。
誰だこいつは。
まずい、独り言聞かれてたのか?
俺は部外者に何を言うつもりなんだ。
迂闊にも程があるだろ。
「誰だお前」
初めて俺は声の主を認識し、正面に立った。
伸びほうけた青髪に、切れ長の青目の少女がいた。
理知的な雰囲気を持っているが、歳は俺とそんなに変わらなそうだ。
俺が正面から軽く見下ろすと、彼女は身体をビクッと震わせて怖がるように後ずさる。
いや、何もしないよ?
というか、話しかけてきたのお前の方だよな?
何もしてないのに酷い怖がられ方をしてショックを受けるが、それも全部ルナが吹聴してくれた噂のせいだ。
噂だと俺はとんでもない狂犬らしい。
「立ち聞きしてごめんなさい。私はリンと申します」
続けてリンと名乗った少女は決意のこもった目で続ける。
「私も一緒に外へ連れて行ってください!」
失敗したらどんな目に遭うかもわからないのに、よく便乗する気になるな。
見た目のか弱さに反して大胆な行動に感心する。
だが、荷物を増やしたせいで脱出に失敗したら洒落にならない。
「無理だ。足手まといになる」
「お願いします! 私は役に立ちますよ!」
俺を恐れているくせに、なかなか強情だ。
「絶対に駄目だ。話はこれで終わりだ」
彼女と揉めて人が集まって来ても困るので、切り上げて自室へ戻ろうとした。
だがリンは、俺の後を着いてくる。
「あの」
「……」
少し可哀想だと思うが、俺は無視を決め込む。
どこまでついてくる気なんだろうか。
自室まで来る気か?
首筋に何かを、当てられる。
「話を聞いてくれないのであれば、一度痛い目にあってもらいます。これは、この工場の部品を集めて作ったスタンガン。簡単に人を気絶させる事が出来ます。意識を失ったあなたを縛り付けてから、ゆっくり話をする事にしましょう」
奴隷が危険物を持ち込むのは不可能だ。
本当に、拡張人間のパーツを改造してスタンガンを作ったのか?
何者だこいつ。
「待てって、落ち着ッ」
なんか首筋がざわざわする。
振り向くとリンは一瞬驚くが、すぐさま俺の胸にスタンガンをあてる。
バチバチ鳴りながら光っている。
マッサージかな?
「おもちゃじゃねえか!」
俺は、スタンガンとか言っていたおもちゃをはたき落とした。
「バカな!? ば、バケモノ?」
真面目な顔して何いってんだ?
こんなおもちゃ効かないくらいでバケモノ扱いはないだろ。
もしかしてウケを狙っていたのか?
だとしたらちょっと面白かったよ。
いきなりバケモノとか言われて吹きそうになったよ。
再び俺は歩き始める。
もう相手にしてやらん。
「待って! 連れて行ってくれないのであれば、看守にあなたが脱走を計画してることバラします」
俺はピタリと足を停めた。
それは……非常に困る。
あれだけ凶悪な噂の流れている俺をまだ脅すのか、命知らずにも程があるだろ。
まあ全部嘘なんだが。
俺はリンに凄みをかける。
「俺に喧嘩を売るという事がどういう事なのかわかっていないようだな」
ちなみに俺もわかっていない。
噂のルシファー様はとてもおっかないらしい。
だから恐れて早くどっか行ってくれ。
「ひぃっ、はっ、はっう、ひぐっ」
凄みをかけた効果は絶大で、身体をガタガタ震わせたリンは過呼吸になり座り込んだ。
とても苦しそうにしている。
大丈夫かこいつ。
なんかすまん。
そこへ、偶然通りかかった奴隷がこの光景を見て、
「ひぃぃっ、あ、悪魔の目だ……見つめただけで相手を恐怖のドン底に突き落とす」
何それ怖い。
俺に勝手に変な能力つけるな。
鬱陶しいそうに通りすがりの奴隷を見ると、腰を抜かし、這いつくばるようにして俺から逃げていった。
死にかけの虫のような動きだった。
どいつもこいつも面白過ぎるだろ。
「うっ……出られないのなら……はうっ、死ぬのも……一緒」
リンは乱れた呼吸で精一杯搾りだすように言った。
そこまで追い込まれてるのか。
ここの奴隷生活がロクでもないのは間違いない。
俺とルナが脱走を計画してるくらいたからな。
「わかったよ。だから、落ち着けって」
どうにか落ち着かせた俺は、こうして行き連れを増やしてしまった。
自室
俺は勝手に仲間を増やした事をルナに謝罪しなければならない。
ルナに顔を向ける。
彼女の頬には痣が出来ていた。
俺が急いで脱出を決意した理由だ。
躓いて転んだ拍子にぶつけてしまったのだと言う。
この工場はもちろん奴隷に配慮した作りになどなっていない。
そこらに危険が転がっている。
傷が残ってお嫁に行けなくなったら、お兄ちゃん泣いちゃう。
本当に気をつけてもらいたい。
「ルナに一つ言っておくことがある。リンという女性を一緒に連れて行くことになった」
「本当かい? 凄いね君、流石だよ!」
満面の笑みでルナに褒められる。
文句の一つでも言われると思っていた俺は反応に困った。
「実は、ここから脱走するにあたって必ず仲間にしておきたい人物が三人いるんだけど、リンはその中の一人さ」
そんな重要人物だったのか。
マジか、流石だな俺。
「リンは技術者だ。表では拡張人間の設計や管理を行う仕事についていた。でも、裏ではハッカーとしても名を馳せていたみたい」
「優秀な奴だったんだな」
「しかしとても厄介な事に、彼女は警戒心が強くて誰にも心を開かない。そして、凶器を所持しているみたいで、無理やり近づくと意識を奪われるらしい。私も何度か接触を試みたのだけど、何を話し掛けても終始無視され続けてね。半分仲間にするのを諦めていたんだよ。いったいどうやって仲間に?」
特に何もしてないんだよな。
最初から向こうが絡んできたしな。
「大したことはしてない。まあ、凶器ってのはガセだな。スタンガンで襲われたが、あれはおもちゃだった」
「あっ、そうだね……彼女の気持ちを察するよ」
遠い目をしてルナは呟く。
何処にリンの気持ちを察する要素があったんだろうか。
「とりあえず、リンを仲間に出来たなら計画を進行できるね。彼女にはまず、看守室のコンピュータからこの施設の地図、あるいは設計図をハッキングして手に入れてもらう」
そうだ。
俺達はこの施設の広さを把握していない。
食堂、廊下、債権奴隷区画、犯罪奴隷区画、看守室。
これらの外側を知らなければならない。
「始まるよ“君”の脱走が」
「“俺達”のだろ」
そうだね……とだけ、何か含ませることがある表情で言った。