ルシファーって呼ぶな
「よっしゃー! 俺に任せろ! おりゃりゃりゃりゃりゃっ」
俺は与えられた仕事を両手をフルに稼働させ高速でこなしていく。
「すっげぇ。こりゃあ人間業じゃねえよ」
周囲の同僚が関心して俺を褒めたたえる。同僚というか俺含めて皆奴隷なのだが。
俺が行っている作業は右のレーンに流れてくる電子機器を左のレーンに移すという作業だ。
終点には圧縮機によって形が整えられる。
右のレーンと左のレーンの間には空間がある為に、誰かが持って移動させないと電子機器が地面に落ちてしまうのだ。
ただの難しくもない単純作業だが、定期的に“奴隷看守バーン”の嫌がらせにより、とんでもない量の電子機器がレーンに流される。
これを一つでも落としてしまえば連帯責任で鞭打ちの刑となってしまう。
「ふんっ今日はここで終わらせんぞ! 今日から特別に倍速機能をつけてやったんだ。目にものを見せてやる!」
そう言い看守バーンが手元のスイッチを押すとレーンの速度が加速した。
「うりゃりゃりゃあああ! 負けるか!」
速度の増したレーンの作業をさらに体を俊敏に動かして対応していく。
「目に追えねえよ。マジかよ。この速度をさばくのかよ。さすがは“空間を埋めし者”ルシファーだ!」
周囲の奴隷たちがクソダサい二つ名で俺を呼ぶが、今は反応する余裕がない。
「ルシファーって呼ぶなああ!」
咆哮とともに最後の電子機器を移し終えた。
ルシファーとは俺の名前。育ての親が誰よりも強く生きろと、強そうな名前を付けた。
名前負けしていてすごく恥ずかしい。
周囲から歓声が上がる。俺が作業をこなしたことによって皆の鞭打ちが回避されたから当然だ。
皆を守ることができて俺もうれしいよ。
「おいルシファー! てめえ生意気だなあ! 十分後に俺の部屋に来い! 鞭打ちの刑だ!」
理不尽だ。
だがいつものこと。
気が収まらない看守バーンは、結局俺だけに鞭打ちの刑を科すのだった。
他の奴隷の仕事もフォローしながら自分の仕事も完璧にこなす俺は奴隷の星に違いない。
一番鞭打ちの刑を受けるのも俺だけどな。
目をつけられてしまったから諦めが肝心だ。
「クスクス……ルシも大変だね。でも面白いよね」
笑いながら僕のそばに寄ってきた綺麗な白髪の少女はルナだ。
大きな碧色の目に、セミロングの白髪、色白の肌を持った美少女。
血は繋がってないが、一応俺の妹みたいなものだ。
幼い頃同じ戦場で拾われ共に育ったが、十五歳になったタイミングに俺だけ経済的な理由で奴隷として売られた。
ルナは物凄く頭がいい。
何をやらせてもすぐに覚えるし、困ったことがあればその智謀で解決してくれる。
利用価値を認められルナは奴隷に売られることはなかった。
なかったのだが、何故か黙って親元を離れて俺についてきた。
当然帰れと言ったんだ。
君から離れたらどの道長くは生きられないよ、と言い、かたくなについてきた。
奴隷になるよりは生き残る可能性はあるだろう。
ましてや彼女の知恵があればどうとでも生きていける。
馬鹿でもわかることなのに、聞き入れない。
確かに彼女の知恵が傍にあれば心強いので、あまり強くは言わなかった。
今はこうして共に奴隷だ。
付いてきてしまったからには最後まで守らなければならない。
「何がそんなに面白いんだ?」
「だってバーンてば、君に仕事をミスさせる為だけに、わざわざ倍速機能つけたんだよ? これが面白くないとは言わないでよ」
「え、さすがにそれはないだろう」
「それはどうだろうね」
ルナはクスクス笑いながら細身の体を震わせる。
こんな奴隷生活だからまともな栄養がとれていないはずだ。
すくなからず俺のせいでもあるので、この生活を早くどうにかしてあげたい。
……やはりここから逃げるしかないか。
「ルシ、君は他人のことを考えるのもいいけど、もっと自分を大事にするべきだよ。バーンの鞭打ちでもう何人も命を落としてるみたいだし、ほどほどにね」
それは怖いな。
でも、あいつの鞭打ちって痛くないんだよなー。
奴隷生活が始まってから一月ほど経った。
ここは拡張人間のパーツを製造している工場だ。
拡張人間とは、中に人が入ることで搭乗した人間の身体能力をそのまま引き継いで稼働できる巨大ロボット。
現代の戦争の主力兵器となっている。
それぞれが片付けの準備に入ると揉め事が起こった。
「お前らの班だけいつもずりいぞ! 毎度毎度鞭打ち回避しやがって。そいつをこっちによこせ!」
他所の班の奴隷が、俺と同じ班の奴隷の胸倉を掴み一触即発になっているようだ。
どうやら俺が原因らしい。
「誰がやるか! ルシファーは俺らとが一緒が良いって言ってんだ。なっそうだよな!」
当たり前のことのように俺に確認を取ってくる。
「えっと、それは……」
正直どっちでもいい。
だってどっちにしろ俺だけは鞭打ちされるんだもん。
後、大声でルシファーって呼ぶな恥ずかしい。
でも揉め事だけは勘弁してもらえないだろうか。
看守が戻ってきたら面倒だ。
「こらあ! 貴様ら何をしている!」
ほらこうなった。
「また貴様かルシファー、ここでぶっ殺してやる!」
「えっいや、ちが!」
俺の話が聞き入れてもらえる余地はなく、バーンは鞭を振り上げる。
体を丸くして衝撃に備えようとした時、たまたまルナが視界に入った。
その眼には、殺意の込められた恐ろしいものが宿っていて、バーンのことを刺すように睨んでいた。
驚いて二度見した時には困ったような顔で俺を見ていた。
なんだ見間違いか。
次の瞬間パシーンッと乾いた音が鳴り響き、何度も俺に鞭がしなる。
大きな音がなる度に周囲の奴隷も顔を歪ませて目を背ける。
鞭打ちの刑を受けている俺を見ていられないのだろう。
だけど、これ全然いたくないんだわ。
いつもやられてるが全然痛くなくて、実はバーンは俺のことが大好きなのではないだろうかと、思う。
息を切らせながらも必死に痛くないように鞭をしならせてるのではないだろうか。
ルナは何人も死者を出しているというが本当か?
俺をビビらせても面白くないだろうに。
「ぜぇはぁ……頑丈な奴め。いったいどんな体してるんだ。貴様のせいで体重が五キロも減ったわ!」
意識高いなこいつ。
俺を鞭で打つフリをしながら体を絞るエクササイズを同時にしていたのか。
すげえよお前。
そうしているうちにバーンが振り上げた鞭が自身の腕に巻き付き絡まってしまう。
「ッチ、解けルシファー」
バーンは偉そうに絡まった鞭を解くように俺に命令した。
「はい、すぐに」
返事をして俺はバーンに絡みついた鞭を軽く引っ張った。
だが、思った以上に力が入っていたようで、バーンの体を浮かせ、鞭ごとレーンの上になげてしまった。
「何をするんだ貴様!」
バーンはぶち切れている。
そりゃそうだ。
いきなり投げられたら誰でも怒る。
「すみません! すみません!」
慌てて俺はバーンに駆け寄ろうとして、つまずき転倒した。
その拍子に右手がスイッチに触れレーンが作動してしまった。
ゆっくり流されていくバーン。
「馬鹿野郎! 早く止めろ!」
バーンの怒鳴り声が建物内に響く。
俺は急いだせいで手が滑ってスイッチを地面に落としてしまった。
「この木偶の坊が!」
「すみません! すみません! 今停めます!」
俺は焦って混乱しながらもスイッチを拾い素早く押す。
倍速で流れていくバーン。
「うわ!? ちがっ! まっ! うわああああああああ!」
看守バーンは叫び声を上げながら圧縮機に飲み込まれていった。
「…………」
シーンと静まり返る建物内。
何秒たっただろうか、あるいは何分たっただろうか、しばらくの間俺は起こったことを理解するのに時間がかかった。
周りも似たようなものだろう。
静かな空間で誰かが言った。
「“看守殺しのルシファー”だ」
俺は混乱した頭の中で言い慣れた言葉だけが出てきた。
「ルシファーって呼ぶな」