トビーの虹
星屑による星屑のような童話。
お読みいただけるとうれしいです。
ひだまり童話館 第23回企画 「つんつんな話」参加作品。
ここは、南半球にある小さな島です。
ぽかぽかとしたやさしい陽射しに、しっとり柔らかな潮風。
その上、お母さんの笑顔のようにゆったりと水をたたえた海が、島を取り囲んでいます。
今日も、いつもと変わらない、まんまると穏やかな時間が過ぎていました。
そんな、どこからどう見てもとがった角など見当たらない平和な島に、見た目も気持ちもつんつんととがったペンギンが一羽、住んでいました。
名前は、トビー。
人一倍――いや、゛ペンギン゛一倍つんつんとした髪の毛が特徴のオスの『イワトビペンギン』で、にぎやかな大陸から離れた静かなこの島が子どものころから大嫌い。その上、鳥なのに空を飛べないペンギンという自分に対しても、ずっと腹を立ててきました。
そんなこんなで、トビーの見かけと態度はいつもつんつんしていました。
もちろん今日も朝から、つんつくつんつん。
トビーに近づいて話をしようなどという仲間など、おりません。
島の隅にある岩場を、たった一羽、不機嫌な顔をしながらぴょんぴょんと岩から岩へと跳び跳ねていました。
そのときでした。
トビーは、ぬるぬるとすべる岩で足を滑らせ、転んでしまったのです。
「うわっ」
そこは飛べない鳥の悲しさ。
トビーは、おでこを固い岩にしこたまぶつけてしまいました。
「いてててて……」
と、トビーにわき上がった残念な気持ち。
――翼の生えた鳥だったら、転んでなんかいないで空に羽ばたけたのに。
そう思ったら、ますます気分がつんつんしてしまいました。自慢のつんつんヘアーも乱れてしまっています。
悔しさいっぱいの中、ズキズキするおでこを手でさすっていたときのことでした。トビーの後ろの方で、大きな声がしたのです。
それは、イワトビペンギンの仲間の声でした。
「すっごい虹が出てる!」
「あら、本当ね。ちょっと色がキツくて目がチカチカするけど」
見上げれば、なんとトビーの真上――つまりはつんつんとした髪の毛の上の辺りから、目が痛くなるようなつんつんした色合いの七色の虹が、空に向かって伸びているではありませんか!
「うわわっ!」
思わずその場所から飛び退き、海の浅瀬にしりもちをついてしまった、トビー。
すると虹の゛根っこ゛がぽきんと音を立てて折れ、トビーの頭から離れました。慌てて岩場から陸地に上がってみると、虹は思ったよりも大きく、反対側の虹の根っこは海の向こうの沖の方にあるようなのです。
と、先ほどの仲間の一羽が、言いました。
「ずいぶんと立派な虹ね。これってもしかして登れるんじゃないかしら」
「うん、確かに。よし、登ってみよう!」
驚いて声も出ないトビーの目の前で、夫婦らしいその二羽が、トビーの頭から飛び出した大きな虹を左右に体を揺らしながらよちよちと登っていきます。
――虹って登れるんだ。
二羽のペンギンが両手を振り振り歩くその姿は、まるで空を飛んでいるかのようでした。空を飛びたい――それはいつもトビーが心に秘めていた願いごとです。
「きれいな景色!」
「空って、こんなに広かったのね」
二羽のそんな会話を聞いてしまったトビーは、もういてもたってもいられません。気が付いたら、虹に飛び乗っていました。
無我夢中で手を振り、虹の上を進んでいきます。
すると、トビーの見える景色がどんどん空に近づいていきました。代わりに、島の景色がどんどん小さくなっていきます。
こんな経験は、もちろん初めてのことでした。
「オレ――今、空を飛んでるよ」
思わず、トビーの口から飛び出した言葉。
先に登っていた二羽を追い越し、トビーは虹の頂上へとまっしぐらに進んでいきました。
「これが、空を飛ぶ『鳥』が見れる景色なんだね」
虹の頂上にたどり着いたトビー。
子どもの時からの夢がかなった瞬間――そんな気がしました。
と、足元の虹が、目の前の青空のようにみるみる澄み渡っていくのがわかりました。目が痛くなるほどのつんつんとした色がまろやかになり、今ではすっかり小さくなってしまった島と果てしなく広がる海の景色にぴったりな、やさしい色になったのです。
トビーは、今までつんつんととがっていた自分の気持ちが、まんまるになっていくのを感じました。そして、こんな素晴らしい景色に比べれば、自分がとんでもなくちっぽけなものに思えてきたのです。
――これからは、仲間のペンギンたちにやさしくできるかも。
そんな気がしてならない、トビーなのでした。
(おしまい)
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