2 廉という男
「えっ…と」
「チッ…」
俺が言葉に詰まっていると、横で廉が舌打ちをする。そして、おもむろにそのお札をはがし始めた。
「な、何してるんですか!!」
裕子が慌てたように、廉が地面に捨てたお札を拾う。
「えっと…これは?」
「お札ですよ!折角していただいたのに…」
「えっ?」
次の言葉も待たずに、廉がつかつかと裕子
の元へと向かう。そして、手にもってお札を奪って、真っ二つに裂いた。
「なっ…な、何てことをしてっ……!?」
裕子は悲鳴にも近い声をあげる。
「俺らの前にも呼んでたやつがいたのか」
さらに一歩詰め寄る。
「余計なことしあがって、面倒事増やすなよ」
突然怒られたことに驚きつつも、眉間にシワを寄せて、廉を見上げる。
「い、意味がわかりません!確かに、事前にその旨を伝えなかったのは申し訳ありませんでしたが、そこまで言われる筋合いはないでしょう!?大体、あなたさっきから何なんですか?綾小路さまに言われるならまだしも、助手だか何だか知りませんが、何であなたにそんなこと言われなければならないんですか!?」
裕子は、それまでの不満を爆発させるように捲し立てた。
ああ、やっぱり。
「はぁ?」
奴は怯むどころか、またさらに詰め寄る。
「俺が綾小路だけど、何か文句ある?」
よく勘違いされるのだ。無理もない。サイトでも、コイツの顔は一切載せていないし、依頼を受けるときもメールか電話である。(そして、電話も大抵俺がとる) 実際に会った際も、話は俺がメインで進めてしまう。そうしていると、依頼人の大半は俺のことを『探偵の綾小路廉』だと認識し、廉のことを助手か何かだと思うのだ。
「あーっと、すみません!コイツ口悪くて!」
唖然とする裕子と、イライラとしている廉の間に割って入る。裕子は俺の顔を見て、何か言おうと一度口を開いたが、少し考えて、再び閉じて、目を伏せた。それを見て、胸を撫で下ろす。ここで衝突してしまい、仕事がおじゃんになってはたまったものじゃない。ここまでは遠かったのだ。
「これを貼ったの、いつだ?」
「え、えっと……声が聞こえた頃だったから、一ヶ月前くらいかしら…」
「それから?マシになったのか」
「ええ、しばらくは気にならなくなりましたね。きっと効力があったんだと思っていたんですけれど…」
「また音が鳴りだした、と」
今度は俺が口を出す。
「ええ、二週間前くらいから。効力が切れてしまったのかしら。同じ方をまた呼ぼうかとも思ったんですが、どうにも連絡がつかなくて…それで綾小路さま達のお話を耳にしたので、お電話させていただいたんです」
「よかったな、次に呼んだのが俺で」
異常なまでの自信家。コイツは謙遜という言葉も知らない。
「それってどういう…?」
「コイツは、怪異を''成長''させる呪いがかけられた札だ」
「か、怪異を成長……!?」
裕子は両手で口を隠すようにして、目を丸くした。
「で、でも、しばらくポルターガイストはおさまっていましたよ?」
「成長するために、眠ってたんだろうな。人間だって、寝てるときに成長は促進されるだろ?それと一緒だよ」
「それじゃあ、最近また始まったのは…」
「力が有り余ったやつは、暴れたくなるもんだ」
一連の見解を聞いた裕子は、ゆっくりと視線を地面に落とすと、ぶつぶつと何か呟き始めた。
「まさかそんな…いや、でもこの人が本当のことを言ってる確証だって……」
「チッ、まだそんなこと言ってんのかよ」
廉が大きく舌打ちをする。
「あのなぁ、別に信じねぇのは勝手だ。だがな、俺らはアンタらに依頼を受けてやってんだよ。金を貰うんなら、その分の仕事はきちんとやるのが俺の流儀だ」
俺も何かフォローしようかと思ったが、ここで何を言っても余計な気がして、黙って見ていた。裕子は少しの間の後、顔を上げた。
「祓っていただけますか」
それを聞くと、廉はニヤリと口角を上げた。
「了解」
…この顔を見たら、信じられないのはよくわかる。
「古河、依頼人連れて下がってろ」
「わかった」
俺は裕子を誘導する。五メートルほど離れて振り返ると、廉は大丈夫というように頷いた。
「大丈夫、アイツああだけど、腕は確かなので」
不安そうにしている裕子に声をかける。
「俺も、助けられてるんで」
裕子は俺の顔を見上げ、「そう…」とだけこぼした。
一方で、廉は蔵の戸に手をかけていた。俺は怪異が飛び出してくるのではないか、と身構える。しかし、廉は特に身構えることもなく、まるで何か荷物でも取りに来たかのように戸を開けた。
「何が起きているのかしら…」
黙って見ていた裕子が、ポツリと呟く。
(みえない方がいい)
俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
廉は蔵前にしばらく立ったままだった。そして、ゆっくりと瞬きをする。目を開けきったのと同時に、パンッと大きな音が響いた。廉が手を強く叩いたのだ。
「下がって」
始まる。
俺は、裕子をさらに一歩下がらせた。
「ビビってんのかぁ?出てこいよ」
廉がもう一度手を叩く。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。何度も叩く。その間隔はどんどんと短くなっていく。数秒あった間隔は、三秒、二秒、一秒となり、間隔がなくなったときに、廉は口角を大きく上げた。
「きたァ!」
ガタガタガタガタッ!
辺りが、大きく揺れる。
「じ、地震!?」
裕子が慌てて辺りを見回す。
「いや……蔵からです!」
よく見ると、蔵が大きく揺れている。その振動で、ここまで揺れているのだ。
「ふはっ、溜め込んでんなぁ!」
廉がバッとこちらを振り返る。
「おい!こんなかのモン、壊しちまっても大丈夫か!?」
「えっ!?…も、もう何でも構いません!だから早く!!」
頭を抱えるようにしている裕子が、大声で返す。それを聞くと、さらに楽しそうな顔になる。
「よっしゃあ!」
少し中に入ったかと思うと、廉は長い棒状のものをもって出てきた。金色の装飾が施されていることは目視できる。
「あれは…」
「うちの家に代々伝わる刀です」
「かたっ…!?」
ずいぶんと金持ちなのだとは分かっていたが、ここまで絵に描いたような金持ちとは。
廉は刀を鞘から出す。そして、切先を自分の人差し指に当てた。
「そ、それ真剣ですよ!」
裕子が慌てて忠告する。
「見りゃ分かる」
しかし、そんな忠告を無視し、廉はそのままその刀でつぅ、と指をなぞった。その跡からは赤い雫が浮かび上がる。
「何を…」
そして、その血のついた指を鎬に這わせた。まるで何かを書いているように。それを書き終えると、廉は刀で大きく空を切った。風を切った音がここまで聞こえる。その直後に響いたのは叫声。
「っ!」
耳をつんざくようなその音に、俺は思わず耳を塞いだ。そして、目をぐっと瞑る。
ああ、臆病者め。
「癇癪あげんな、ガキかよ」
今度は連続で空を切る。切るたびに声が響き渡った。その声は、耳がビリビリとするくらいの大きな音であったが、毎回違う声のようであった。
「最後はてめぇだ」
そう呟いたかと思うと、こちらに駆けてくる足音が二つ。嫌な予感がした俺は、思わず目を開く。 そして、咄嗟に後ろにいた裕子を更に後ろに突き飛ばした。
一撃。
俺の目の前で、廉が刀を突き刺す。
すると、今までで一番の声が響いた。脳に直接響くような、甲高い声。
目の前では爬虫類の様な、はたまた人間の様な、おぞましい姿の化け物が、刀に貫かれていた。
「もうちょっと離れてた方がよかったな」
廉は、ニヤリとした笑顔で俺を見上げた。
「……遅い」
どっと出た汗を背中に感じる。
そして、先ほどまで廉が使っていた刀がボロボロと崩れていった。
「こんな立派なやつじゃなかったら、とっくの前に崩れてたろうな…よくやってくれたよ」
「それ、ここに代々伝わる刀らしいぞ」
「まじかよ、俺は知らねぇぞ」
廉は、すっかり砂のようになってしまったそれに、手を合わせた。
そして、俺は感じていた違和感を口に出す。
「……本当に、終わったのか?」
その言葉の意味を理解している廉は、小さく頷く。
「ああ、まだだ」
そのときやっと、廉がやたらと後ろを見つめていることに気がついた。
俺が慌てて振り返ると、そこでは裕子が横になって倒れていた。
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