第5話 カッシアの咲く丘で
十六夜の月の光に照らし出された森の中の道を歩きながら、ウィルはなぜ先程、自分自身が情けなくなったのか考えていた。
「はぁ…。いきなり戦争って言われてもついていけないよ。でも、トーマス兄さんやクラスティは俺より年下なのにカッコ良かったな。それに比べて俺一人ビビっちゃって情けないなぁ…。」
いくらこの世界で生きていたウィルの記憶があろうと、それは単なる知識としてのものであり、実際に雄介自身が身を持って体験していなければ感情がついていかないのは仕方のないことだった。
そして何より、雄介はほんの一週間前まで戦争のない日本という国で平穏に暮らしていた、トレンディドラマ好きの単なるおっさんだった。
「うーん、何だかなぁ…。」
ウィルがトボトボと森の中を歩いていると突然、目の前の視界が開けた。
目の前には小高い丘があり、一面をカッシアの花が咲き誇っていた。
黄色い花びらには月の光が降り注ぎ、花の色を青白く変化させている。
さらには夜空に光輝く星々も相まって、まるで自分が宇宙空間に浮いているかのような幻想的な光景が広がっていた。
「おおっ!?こりゃあ、すごいな!」
そんな幻想的な光景に見とれながらも丘の上まで進むと、ウィルは地面に寝転がり夜空を見上げた。
「ふぅ…。気持ちいいな。」
すると、今まで無風だった丘に風が吹き始め、カッシアの花びらが夜空に舞い上がった。
次の瞬間、つむじ風が発生しその中から羽衣をまとった透き通るような青い色の髪をした絶世の美女が現れた。
突然の出来事に唖然としているウィルを見下ろしながら、美女は訝しげに口を開いた。
「何か良からぬ気配を感じて来てみれば、おぬし何者だ?」
女が地面に降りると同時につむじ風は消え、舞い上がっていたカッシアの花びらがひらひらと地面に落ちる。
「答えよ。おぬし何者だ?」
その見た目とは不釣り合いな圧倒的なまでの威圧感にウィルは後ずさりしながら答えた。
「ウィ、ウィル・バークリー・サウストンと申します。あ、あなたは?」
美女はウィルの名前に首を傾げ少し考える。
「サウストン?ああ、そういえば、この辺りはブライトが治めている土地だったな。して、おぬし何者だ?」
美女は肩ほどの髪をふわっと靡かせウィルのすぐ近くまで来ると再び名前を聞いた。
「あっ、あの、ウィル・バーク……」
「おぬし、我を愚弄しているのか?我はおぬしが何者か問うておる。」
美女は、不快感をあらわにし、ウィルを殺気のこもった瞳で睨みつけた。
「ひっ、すみません!」
その殺気にウィルは背筋が凍るような感覚を覚えさらに後ずさりする。
「どうした?名乗れぬのか?」
とその時、ウィルの脳裏にある考えが浮かんだ。そして、ウィルは一か八か賭けに出た。
「お、俺は吉口雄介といいます。異世界の日本という国からこの世界に転生して来ました。あなたはどなた様でしょうか?」
ウィルはいつのまにか、その場に正座をしていた。
美女は口元に笑みを浮かべる。
「やはり転生者か。名乗りを上げた事は褒めてやろう。だが、次に我を愚弄したら殺すからな。」
「は、はい!」
賭けに勝ったのも束の間、ウィルは美女の目が笑っていない事に気付き身を強張らせた。
「我の名はカルデ。この世界の風の神だ。おぬし、ここで何をしている?」
風の神カルデはこの世界に存在する6人の神々のうちの1人で、マクグラン王国を加護している女神である。
当然、ウィルの記憶の中にもカルデに関するものはあったが、なにぶんカルデは神様である。
まさか目の前に現れるとは思いもよらず、ウィルは驚きの表情を浮かべた。
その反応を面倒くさそうにカルデは手をヒラヒラさせ話を促した。
そして、どこからともなく巨大な玉座を出現させると、その上に座り足を組んだ。
「驚いていないで、とっとと話をせよ。」
「は、はい!わかりました!」
ウィルは、カルデの愚弄したら殺すという言葉を思い出し、何をどう話せば良いのか戸惑いながらも、意を決してカルデに異世界転生の経緯を話すのだった。