第4話 予期せぬ祝宴
ここは屋敷の大広間。
楕円形の大きなテーブルにはアイスバインやシュニッツェルをはじめ、様々な料理が並べられそれを囲むようにサウストン家の人々が席に着いていた。
席にはアリスも着いている。アリスはメイドであるが家族としての扱いを受けており、食事も一緒にとっていた。
「良い食事を。」
「良い食事を!」
ブライトが食事の挨拶をすると、その場所にいる家族全員が復唱し、各々が酒や料理に手を伸ばす。
ウィルは無意識に近くにあったビールの入ったジョッキをを手に取ると、一気に飲み干した。ちなみにこの世界の成人年齢は16歳である為、ウィルの飲酒自体は問題ない。
喉の中を炭酸のジリジリとした爽快感が流れていき、それと共になんとも言えぬ満足感が押し寄せる。
「ぷはああっ!うまい!」
所詮中身は32歳の元サラリーマンである。
だが今日のウィルは薪割りの疲労感も相まって、長年続けてきたこのお決まりとも言える反射的行動をを自制するのを忘れていた。
一斉に家族全員の視線がウィルに集まる。思わずアリスが立ち上がった。
「ウィル様!そっそれは、トーマス様の!というかウィル様お酒飲めましたっけ!?」
そう、今は雄介ではなくウィルであり、以前のウィルは酒が飲めなかった。
「あっ!これは…。あはは。」
ウィルが酒を飲めない事をを思い出し言葉につまっていると、ブライトは自分の飲みかけのビールを一気に飲み干し、空になったジョッキをテーブルにドンッと置いた。
「がはははっ!ウィルもようやく酒を飲めるようになったか!?フライヤー伯爵にでも教えてもらったか!いやぁ結構!結構!がはははっ!」
やはり、どの世界の父親でもいつかは息子と酒を酌み交わしたいと願うものなのだろう。
ブライトは息子の成長?を感じて満足げに笑っている。
「すまんが、俺とトーマス、それとウィルの分のビールのお代わりを頼む。」
ブライトがメリーに目配せをすると、メリーはニコニコしながらキッチンへ向かい、アリスとララもその後を追うように席を立った。
「いやぁ、驚いたよ。去年の成人式のパーティーでビール一口で倒れて、アリスに担がれて帰ってきた奴とは思えないな。フライヤー伯爵様の所は飲めないと出世出来ないと聞いていたが、ウィルお前、頑張ってたんだな!それをクビにするとは…。」
さすがのトーマスもウィルの中身が変わっているとは思いもせず勘違いしていた。
「あはは。ま、まあね。」
ウィルは愛想笑いをしながら、ブライトとトーマスの勘違いに乗っかった。
「ウィル兄さん、いいなぁ!僕も成人したら飲んでみたいなぁ。」
クラスティはぶどうジュースを片手にウィルを羨ましげに見ている。
その横では赤毛の男の子が美味しそうにポテトを頬張っている。
「もぐもぐ。」
この仏頂面の男の子はトーマスとララの息子のラスク・シルバリオン・サウストンである。
ブライトいわく、いつか世界を救う勇者になるらしい。
しばらく男性陣だけで談笑していると、キッチンに行った女性陣が何やらはしゃいでいる。
「はーい!お待たせしました!」
女性陣がキッチンから戻って来ると、その手にはそれぞれ、ビールがなみなみと注がれた大きなジョッキを2つずつ持っていた。
「ウィルもお酒が飲めるようになった訳だし、快気祝いも兼ねて私達も飲んじゃおうと思いましてね。
ねっ?ララちゃん、アリスちゃん?」
メリーは二人を見てウインクすると、ブライトにジョッキを手渡した。
「はい!ウィル様と一緒に飲んでみたいです。成人式の時は気付いたら潰れちゃってましたから。」
アリスがウィルにジョッキを差し出すと、ウィルは少し気まずそうにジョッキを受け取った。
その横では燃え盛るような真紅のロングヘアーの美女がトーマスにジョッキを差し出した。
「祝宴にお酒は必要ですわ。ねっ?貴方。」
トーマスはやれやれといったそぶりをすると美女からジョッキを受け取った。
この神秘的な美女はトーマスの妻のララ・シルバリオン・サウストンである。
燃え盛るような真紅のロングヘアーの神秘的な美女。
おっとりとしているが強い意志と行動力を持っている。
火の神が加護するボルケニア帝国の名門シルバリオン公爵家の長女であり、メリーと同じく上級魔法学校を主席で卒業した才女。
3年前のとある事件をきっかけにボルケニア帝国を離れ、マクグラン王国で当時王宮筆頭騎士だったトーマスと出会い結婚しラスクを授かる。
ジョッキが行き渡ると家族全員の視線がブライトに集まった。
ブライトがニヤリと笑いジョッキを持ち上げると、呼吸を合わせるように皆がジョッキやグラスを持ち上げた。
「乾杯!!!」
それを合図にいつもの夕食は、祝宴へと変わり、ウィルが意識を失っていた時間を埋めるように楽しい話はとめどなく続くのだった。
サウストン男爵家のウィルの快気祝いは夜遅くまで続いていた。
屋敷にはメリーが演奏するフルートの美しい音色が流れ、ララがその音色に合わせ華麗な舞を披露している。
ブライトもトーマスも愛おしそうに優しい目でそれぞれを見ていた。
『パチパチパチパチ』
「母上もララ姉さんもとても良かったです!」
クラスティは拍手しながら喜び、その横ではラスクが幸せそうに寝ていた。
そんなラスクをララは優しく抱っこし、椅子に座った。
「ララさん、さっきの踊り素晴らしかったです。あれはどういう踊りなんですか?」
ウィルの記憶にはララが踊っている姿はなく、初めて見たその踊りは心なしかどこか日本舞踊に似ていた。
「ありがとうございます。これはシルバリオン公爵家に伝わる舞ですわ。お気に召して頂けた様で良かったですわ。」
「はい。とても綺麗でした。」
ウィルは、ふとこんなにも優しく楽しい家族達がいるのであれば、トレンディドラマのような人生を望まなくても十分幸せになれるのではと思っていた。
そんな思いを知るわけもなく、ウィルの視界にアリスがいきなり割り込んできた。
酔っ払っているのか目が座っている。
「もう!ウィル様ったら鼻の下なんか伸ばしちゃって!ララ様はトーマス様のお嫁さんなんですからね!」
アリスはそんなウィルを見て少し面白くなさそうにしながら、話を変えるようにブライトに質問した。
「そう言えば旦那様、先日王都から使いの方が来られてましたが何かあったのでしょうか?」
唐突なアリスの質問にブライトは少し驚くが、何かを納得したかの様にうなずいた。
「ふむ…。皆も揃っているし話しておくか。」
「あれは王宮からの招集命令でな。
近々王都へ向かう事になった。
どうやら、ボルケニア帝国の皇帝が危篤らしくてな。
親マクグラン王国派の第1王子チャールズと反マクグラン王国派の第2王子マイセンの継承争いがきっかけで、内乱が起きているそうだ。」
その話に一瞬ララの身体が強張るが、トーマスがそっとララの肩を抱き寄せた。
ブライトは乾いた口を潤すようにジョッキの中のビールを流し込む。
「もしこのまま第2王子が次の皇帝にでもなったら、マクグラン王国とボルケニア帝国で戦争になるかも知れん。」
戦争という言葉に重たい空気が流れるが、トーマスの飄々とした声により一瞬で重たい空気は消える。
「なるほど、それに備えての招集命令ですね。確かにボルケニアが相手だとすると、国王軍だけでは厳しいでしょうからね。それで私達の出番という事ですか。」
トーマスの表情が引き締まる。
「ああ。トーマス頼むぞ。」
「はっ、承知しました。」
トーマスは静かに立ち上がり敬服した。その姿は気品溢れる騎士の立ち振る舞いだった。
「あの父上、僕は?」
「うむ、クラスティはまだ成人していないから、な。領地に残り、もしもの時は家族を頼むぞ。」
クラスティは家族を見回すと、何かを決心したように力強くうなずいた。
「はい、父上。僕の命に変えても守ってみせます。」
ブライトはそんなクラスティを誇らしげに見つめうなづくと、メリーとララとも目を合わせた。
二人は静かにうなずいた。
その表情は、それまでの子供を想う優しい母親の顔ではなく、
サウストン男爵家を背負う男達の妻という凛とした顔になっていた。
「あっ、あの!ウィル様は!?」
アリスが居ても立っても居られないといった様子で、ブライトのいる方へ身を乗り出した。
アリスの表情からは先程までの酔いは消えていた。
「うむ、ウィルは既に我が家を一度は出た身だ。サウストン家としての召集もない。それに仕官先もないからな。意識も戻ったばかりだ。しばらく、ここで休息するのはどうだ?」
アリスはウィルの招集がない事に安堵しほっと胸を撫で下ろした。
ウィルはうつむきながら黙っていた。
戦争という言葉を前に自分達の立場から何をすべきかを理解し行動しようとしている家族を見て、ウィルは何も言葉が出なかった。
結局、ウィルがブライトの問いかけに何も返せないまま、祝宴はお開きとなるのだった。
「ウィル、今日は楽しかったな…。
お前の人生なんだ。焦らず決めたらいいさ。それじゃあ、また明日な。」
ウィルは玄関前でトーマス一家の見送りをしていた。
ラスクはトーマスの背中で気持ちよさそうに眠っている。
「楽しかったですわ。ウィル君、アリスちゃんをもう泣かせちゃダメですわよ。それではおやすみなさい。」
ララはそういうとトーマスの腕にそっと抱きつきながら敷地内の別邸へと帰って行った。
そんなララのさりげない一言にウィルは戸惑いながら、屋敷内のダイニングに戻るとブライトとメリー、クラスティの姿は無く、アリスは椅子に座ったまま、コクリコクリと居眠りをしていた。
ランプのやわらかな明かりに照らし出されたその顔はどこかあどけなく可愛かった。
ウィルはその寝顔を見てホッとすると同時に、何だか自分自身が情けなくなってきた。
「ふぅ、酔い覚ましに散歩でもしてこようかな…。」
そう小さく呟くとウィルは近くにあったブランケットをそっとアリスの肩に掛け、ダイニングを後にした。
「ん、んん、あれ?ウィル様?」
ウィルがダイニングから出て行く気配を感じアリスは目を覚ました。
アリスは立ち上がり、ふと窓の外を見ると屋敷の裏手の道を森の方へと歩いて行くウィルの姿があった。
「ウィル様…。」
そうして、アリスはウィルの後を追うのであった。
ラスク・シルバリオン・サウストン
男性 2歳
トーマスとララの息子。
赤毛で仏頂面の男の子。
無口でポテトが大好物。
ブライトいわく、いつか世界を救う勇者になるらしい。
ララ・シルバリオン・サウストン
女性 20歳
トーマスの妻であり、ラスクの母親。
燃え盛るような真紅のロングヘアーの神秘的な美女。
火の神が加護するボルケニア帝国の名門シルバリオン公爵家の長女であり、上級魔法学校を首席で卒業した才女。
3年前に起きたとある事件をきっかけにボルケニア帝国を離れ、マクグラン王国で当時王宮筆頭騎士だったトーマスと出会い結婚。翌年、ラスクを授かる。