第34話 懐かしの味
ウィル達は帝都バーナを取り囲む西側の壁にある関所をテスカの用意していた身分証明書を使い、難なく通り抜け街の中へと入っていた。
レオナルドは流石に帝都バーナのような都会の町では目立ちすぎるという事もあり、射的で手に入れたライオンのぬいぐるみに憑依させアリエルが抱っこしていた。
既に陽は沈み空は暗くなっていたが、街の中は石造りの様々な建物から漏れる明りや街頭に照らされ、たくさんの人々で賑わっている。
ウィル達はしばらく街の中を進み、ボルケニア城から程近くにある首都バーナでも屈指の五つ星宿屋に部屋を取り、歩き疲れて眠ってしまったアリエルをベッドに寝かしつけると、宿屋の隣にある酒場へと食事をしに来ていた。
先に飲み物を注文し、メニューを見て注文する料理を選び終えるとウィルは店内を見回した。
「結構賑わってますね。なんか街の中もそうでしたけどゴツい人達ばかりですね。」
酒場の中は、ボルケニア帝国の内乱の影響からか見るからに傭兵や冒険者の格好をした者が多く、そんな連中が大声で談笑しながら酒を煽り盛り上がっている。
「ああ。少し前に皇帝派と神聖派の戦いがあったからねぇ。傭兵や冒険者にとっちゃあ名を上げるチャンスだからねぇ。また戦いがあるのを見越して集まってるんだよ。」
「なるほど。だけどやっぱりテスカ様、目立ってますね。街の中を歩いていた時みたいに絡まれたりしなければいいんですけど…。」
実はウィル達が関所を通過してから宿屋に到着するまでの間だけで、10人以上の男がテスカの色気に引き寄せられ声をかけてきていた。
その度にウィルはウンザリしながら、そういった輩を磁力操作で作った足枷で地面に繋ぎ止めてはその場をやり過ごしていた。
「まぁ何かあったらウィルが守ってくれるから安心さねぇ。」
せめてそのエロすぎる服装をなんとかしてくれればと思いながらウィルはため息をつくが、テスカはそんなウィルの思いを知ってか知らずか、どこからともなくキセルを取り出し口にくわえると色っぽい笑みを浮かべながら煙を燻らせた。
「はーい!お待ちどう様!ビールと熱燗だよ。それとこれはお通しの枝豆ね。料理の注文は決まったかい?」
恰幅の良い女店主が飲み物とお通しをテーブルの上に置いた。
枝豆は緑色ではなくビビットなオレンジ色をしている。
「それじゃあ、このボルケニア地鶏の水炊きと焼き串盛り合わせ、それとこの山盛り伯爵いもフライと、おまかせジャンボサラダを下さい。あっ、それとこの骨つきドデカ唐揚げもお願いします。」
「あいよ!毎度!」
ウィルがまるで日本の居酒屋のようなメニューに懐かしさを感じながら注文を終えると、テスカの音頭で乾杯し食事は始まるのだった。
「あー!ビールに唐揚げ美味すぎる!焼き鳥も美味いしサイコーです!」
しばらくして料理も揃い、ウィルが久しぶりの慣れ親しんだ居酒屋メニューの味に舌鼓を打っているとテスカが口を開いた。
「美味しそうに食べるねぇ。宿屋の食事じゃなくてここに連れてきて正解だったよ。それで元いた世界とどっちが美味いんだい?」
「料理は負けないくらい美味しいですよ。でもビールはあっちの方がキンキンに冷えてて美味しいですね…あっ!?」
テスカのさりげない問いかけに、ウィルは自分が転生者である事を隠していたのを思い出し、思わずドデカ唐揚げを摘んだ箸が止まる。
ウィルの間の抜けた顔を見てテスカが吹き出した。
「プッ!アハハハハハッ。なんだいその顔は!」
「えっ!?知ってたんですね。カルデ様から聞いてたんですか?」
テスカは首を横に振るとおちょこの酒をクイッとあおった。
「いや、カルデからは強大な無属性魔力を持った男をそっちに送ってやるけど手を出したら殺す、としか言われてないさねぇ。」
「じゃあ何で気が付いたんですか?」
「フフッ、それはねぇ。この世界に無属性魔力を持つ者は300年前から1人も生まれてないんだよ。それが突然現れたんだ。転生者だと思うのが自然さねぇ。それにさっきのヘクト狩りの話を聞いても妙に落ち着いてたしね。普通ならテスカポリトカとなったあちきに嫌悪感や不信感を抱くもんさねぇ。」
ウィルはテスカが何を言いたいのか察すると少し考えてから口を開いた。
「うーん。でも今のテスカ様はグラヴィザードさんと一緒に他属性と無属性の共存を望んだイツトリさんなんだから、嫌悪感や不信感なんて抱く訳ありませんよ。」
ウィルは神代が神になる時にどんな事が起きるのかは知らなかったが、今目の前にいるテスカポリトカとヘクト狩りの話に出てきたテスカポリトカは明らかに別人であり、なんとなく自分が転生した時と同じような事が神代が神になる時にも起こっているのだろうと考えていた。
テスカは嬉しそうに微笑んだ。
「フフッ、ありがとう。そう理解出来る事自体がアンタが転生者である何よりの証拠さねぇ。
それでアンタの本当の名前を教えてくれるかい?」
「はい。吉口雄介と言います。でも今はウィルなのでウィルと呼んでくださいね。」
「雄介か。良い名前じゃないか。わかったよ。ならあちきの事もちゃんと呼び捨てで呼んでもらわないとね。最初に呼び捨てでって言ったじゃないかねぇ?」
そう言うとテスカは身を乗り出しウィルの顔に近付いた。ウィルの目の前に今にもはだけんばかりの胸元が迫る。
「あっ、いや、あのテスカ様は神様ですし、そのさすがに呼び捨ては恐れ多いというか…。」
「あちきが呼び捨てが良いって言ってるんだ。ほらぁ言ってごらんよぉ。」
さらにテスカの顔がウィルの顔に近づく。テスカの甘い香りがウィルの意識を混濁させる。
と、その時、今までウィルとテスカの様子を面白くなさそうに見ていた赤い鎧を纏った数人のガラの悪い騎士達がテーブルを取り囲んだ。
「オイオイ!随分と見せつけてくれるじゃねえか!ネエちゃん、そんなひよっこ相手なんかしてねぇでオレ達と遊ぼうぜ!可愛がってやるからよ!」
男達の中で一番ガタイの良いスキンヘッドのアタマに炎のタトゥーを入れた男が何かを揉むような、いやらしい手つきをしながらテスカに近付いた。
目線はテスカの胸元に釘付けになっている。
だがテスカはそんな男たちなど気にする様子もなく相変わらずウィルに迫っている。
「ほらぁ、ウィル、呼んでごらんよぉ。」
ウィルはそんな男達の動きに注意を払いながらもテスカの両肩にそっと手を添え引き離した。
「わ、わかりましたから少し離れて下さい。テ、テスカ。」
その言葉にテスカが瞳を潤ませ頬を赤く染めた次の瞬間、無視され続けたタトゥーの男はテーブルをひっくり返そうと怒鳴り声を上げた。
「てめえら、イチャつきやがって、このオグニイーナ神殿騎士団のムスク様を無視してんじゃねぇぞ!…あれ?動かねぇな。フンッ!!ふぬぬぬっ!なんだこのテーブルは!?オイッ、お前らも突っ立ってねぇで手伝え!」
テーブルはウィルの磁力操作で作った重りでしっかりと固定されビクともしない。
そんなテーブルをひっくり返そうと大の男達が顔を真っ赤にしながら踏ん張り続けるという滑稽な展開に、いつしか店内からは笑い声とともにそんな男達を茶化すように声援が飛び始めた。
「騎士様、全然動いてないぞー!」
「もっと腰入れろー!オグニイーナ様が泣くぞー!」
挙げ句の果てにひっくり返せるかどうかで賭けを始める輩も現れ酒場は異様な盛り上がりを見せ、ムスク達も引くに引けない状況になっていた。
ウィル達はそんなムスク達を無視しながら食事を終えると、女店主を呼び会計を済ませ席を立った。
「ご馳走さまでした、とても美味しかったです。」
「毎度!これサービスだよ。また来てね!」
女店主は山盛りの焼きそばが入った袋をウィルに手渡した。
「おおっ!焼きそばじゃないですか?ありがとうございます!また来ますね。」
その間も引くに引けないムスク達はテーブルをひっくり返そうと顔を真っ赤にしながら踏ん張っている。
店内のヤジが一際大きくなる。
「賭けしてんだ!中途半端で止めるなよー!」
「オイオイ!騎士さまがだらしねぇぞ!」
「よそ見してねぇで踏ん張れー!」
焼きそばを受け取ったウィル達が酒場を出ようとすると、ムスクはテーブルをひっくり返すのを諦め追いかけようとするが、いつのまにかムスク達の足にはウィルが作った足枷がはめられテーブルと固定され動けなくなっていた。
「な、なんだこれは!?て、てめえら!待ちやがれ!くそっ!外れねぇ!畜生!覚えてやがれぇぇぇぇっ!!!」
だがウィル達はムスクの叫び声など無視して酒場を後にしたのだった。
ムスク・ギャン・ヘイルマン
男性 28歳
オグニイーナ神殿騎士団団員。
スキンヘッドの頭にオグニイーナを表す炎のタトゥーを入れている。
短気で素行が悪くいつも数人の手下を引き連れ酒場を飲み歩いては客に絡み、問題を起こしている。




