第32話 ヘクティア 前編
遥か昔、この世界には無属性魔力を持つヘクトと呼ばれる人々が存在した。
しかし他の属性魔力とは異なり、魔法を使用する際に属性神を媒介する必要のないヘクト達は神への信仰心が乏しく、また一部の力あるヘクト達は属性神を必要としない自分たちこそが真の神であると主張し始めた。
そんなヘクト達を、神達は忌み嫌い恐れた。
そして、徐々に世界の人口が増えるにつれヘクト達の存在は属性神達が加護する国々の統治にも支障をきたし始めた。
属性神達とそれぞれの国を統治する者達は話し合い、この世界からヘクト達を共通の敵として抹殺する事を決め、これを期に全世界でヘクト狩りが始まった。
それまでは友好的だった他属性の人々も自分達を加護する属性神の教えや国の方針には疑問を持つ事さえせず、ヘクトであれば例えそれが自分の妻や子供、親兄弟であっても、まるで害虫を駆除するかの如く殺し始めた。
それからヘクト狩りは数百年続き、ヘクト達はそれぞれの国を追われ、長い年月を経てとある島へと集まりヘクティアという小さな国を作った。
ヘクティアがある島は属性神達が加護する6つの国から遠く離れた海の終わりという海域を超えたその先にあった。
この海域は数十年に一度の皆既日食の1日を除き、常に嵐が吹き荒び船による通過は勿論の事、例え神の飛行魔法であっても通過する事は困難であった。
その為、ヘクト狩りの手が及ぶ事はなくヘクト達は自分達の存在を脅かす者のいない安寧の地で幸せに暮らしていた。
それからさらに年月は過ぎヘクティアの人々の心の傷も少しずつ癒え始めたある日、1人の若い女がヘクティアの海岸に打ち上げられた。
その女の名前はイツトリ。健康的な小麦色の肌に美しい紫色の髪をした妖艶な美女だった。
イツトリはすぐに捕らえられ、ヘクティア城の地下牢へと閉じ込められた。
イツトリは海に打ち上げられた時には自分の名前と闇属性魔力を持つという事しか覚えていなかったが、それを信じようともしない者達により、訳もわからず拷問をされ続ける日々が続いた。
イツトリの精神が限界に達しようとしていたそんなある日。
地下牢に焦げ茶色の髪に無精髭を生やした、お世辞にも格好良いとは言えない若い男が現れた。
その男はイツトリの前に来るなり地面に自分の額をこすりつけ謝罪の言葉を口にした。
イツトリが何故その男が謝罪しているのかわからず困惑している間も、その男は地面に額をこすりつけ皮膚が裂け血が流れても、謝罪の言葉を口にし続けた。
そして夜が明け、イツトリが許すからもうやめてと懇願するまで男は謝罪し続け、その言葉を聞くと涙を流し喜んだ。
すると男は安堵し気が抜けたのか、あどけなさの残る少年のような笑顔を浮かべながら、そのままイツトリの前で寝てしまうのだった。
この男の名前は、グラヴィザード。
ヘクティア国王であると共にヘクティア最強の戦士である。
イツトリは地下牢から出され客人として扱われることになった。
そもそも、イツトリが地下牢に入れられ拷問されていたのはグラヴィザードの指示ではなく、他属性に恨みを持つ大臣の指示で行われていた。
グラヴィザードはたまたま耳にした噂でイツトリの事を知り駆けつけたのだった。
グラヴィザードは、一貫して属性神や他属性の人間達への復讐は望まず、共存する未来を望んでいた。
だが他属性への、ヘクティア国民の恨みは根強くグラヴィザードの言葉に耳を傾ける者は少なかった。
それでも、粘り強く国民に他属性との共存の未来を説き続けるグラヴィザードにイツトリも徐々に心を許し、その考えを支持し活動を手伝うようになっていた。
そして、行動を共にする時間が増えるにつれ2人は互いを意識するようになり、それが愛情だと気付くのにさほど時間はかからず、ある満月の夜イツトリとグラヴィザードは結ばれた。
その後はイツトリの助力もあり徐々に他属性との共存というグラヴィザードの考えに賛同する者も増え、今からちょうど300年前の皆既日食の日にヘクティアから、属性神達が加護する国々に共存への第一歩として友好交渉を行う為の使節団を派遣する事になった。




