第20話 クラスティ
ここはボルケニア帝国北西部に位置するカイロン砂漠にある古代遺跡跡。
容赦のない太陽の日差しが降り注ぐ中、辺りには建築物に使われていたであろう巨大な石材が無造作に転がり、それらは一年中吹きすさぶ砂漠の風により風化が進んでいた。
その中にある崩れかけた神殿の広間の空間が歪むと、眠ったララを抱きかかえた天使の羽根を生やしたすみれ色の髪の色をしたベリーショートの女が現れた。
そして、それに続くようにクラスティが空間の歪みから現れる。
「おっと!?…ジェレミエル様!?」
クラスティは歪みから出るとすぐ後ろに立っていたジェレミエルの殺気に気付き距離を取った。
すぐさまジェレミエルは魔法の詠唱を始めるが、クラスティは両手を挙げて戦う意思のないことを示す。
「待ってくださいよ。あれ?ジェレミエル様はオグニイーナ様から何も聞いてないんですか?僕はオグニイーナ様の配下ですよ。」
その言葉にジェレミエルは魔法の詠唱を中断し、怪訝な表情を浮かべた。
「何も聞いてない。嘘をついても無駄。」
クラスティは挙げていた両手を頭の後ろで組むと嬉しそうに答えた。
「うーん、困ったなぁ。サウストン屋敷に転移出来る転移結晶をオグニイーナ様にあげたのは僕ですよ。
ララ姉さんをを取り戻すのに協力したら配下にしてくれるって言うから一年もかけて転移結晶を5個も生成したんですよ。」
転移結晶は転移したい場所に漂う微量な魔力を時間をかけて結晶化したもので、これを使用する事で好きな場所から結晶化した場所へ一回だけ転移する事が出来た。
しかし、悪用する者が後を絶たず、現在ではほとんどの国で生成する事自体を法律で禁止していた。
「何も聞いていない。信じられない。」
転移結晶はいくら高位の術者でも一個生成するのに3ヶ月以上かかるという認識だったジェレミエルはクラスティの言葉を信じなかった。
ジェレミエルが身構えて再び魔法の詠唱を始めようとしたその時、クラスティはどこからともなく出したナイフで自分の左目を躊躇なく突き刺した。勢いよく血が飛び散る。
「うぎゃああああっ!!!」
クラスティはあまりの激痛にしゃがみこむが、しばらくするとナイフを抜いてフラフラしながら立ち上がった。
母親のメリーにそっくりな美しいその顔は、片目が潰れ血まみれになりながらも不気味な笑みを浮かべて笑っている。
「うひゃひゃひゃひゃ!痛い!痛いですよ!これでも僕を信じてもらえないですかぁ!?」
狂ったようなクラスティの行動を見てもジェレミエルは、無反応のまま様子を見ている。
「それじゃあこれなら信じてくれますかぁ!?」
そう言うとクラスティは腹にナイフを突き刺し、左から右へと切り裂いた。
再び血が飛び散り先程よりも凄まじい激痛に、クラスティは叫び声を上げながら地べたをのたうち回る。
そんなクラスティをジェレミエルは相変わらず無反応のまま見ている。
「うぐっ!はあ、はあ、はあ…し、信じてもらえないですか?次は何をすれば…いいですか?」
その間もクラスティの腹からは血が溢れ出し、砂漠の乾いた地面に大きなシミを作っていた。
「はあ、はあ、はあ…ジェレミエル様も疑い…深いですね。ここまでして、ダ、ダメなら、もう、はあ、はあ、はあ、こ、こうするしかないですね…!うがっ!?」
クラスティは腹に突き刺さっているナイフを抜くと、勢いよく自分の心臓目掛けて振り下ろした。
僕は物心ついた頃から、ウィル兄さんが大嫌いだった。
そして、そんなウィル兄さんを特別扱いする家族も大嫌いだった。
なんで、僕の方が可愛いのに。
なんで、僕の方がお絵かきが上手なのに。
なんで、僕の方が速く走れるのに。
なんで、僕の方が勉強が出来るのに。
なんで、僕の方が魔法が使えるのに。
なんで、なんで、なんで…ウィル兄さんばかり褒めて、僕は褒めてくれないの?
ウィル兄さんがいるからいけないんだ。
みんながウィル兄さんを甘やかすからいけないんだ。
そうだ。こんな思いをするのなら、みんないらないじゃないか…。
2年前、たまたま王都へ家族で出かけた時に、迷子になって路地裏を歩いていた時に声をかけてきたのが、オグニイーナの側近を名乗る初老の男だった。今思えば僕の心の闇に気付いていたから声を掛けてきたのだろう。
初老の男の話はとても刺激的で興味深く鬱屈していた僕の心を満たすには十分過ぎる程だった。
そしてその後も家族の目を盗んでは初老の男と会い、オグニイーナ様の配下になる為にこの計画を手伝う事になった。
そう。いつか、ウィル兄さんを殺してもらう為に…。
そう。いつか、家族を殺してもらう為に…。
クラスティが自分の心臓目掛けて振り下ろしたナイフは、突き刺さる事なくはじき飛んだ。
クラスティの薄れゆく意識の中にオグニイーナの声が響く。
「クラスティ。良く頑張ったわね。約束通り、配下にしてあげるわ。だから、今はゆっくり眠りなさい。」
それを聞いてクラスティの意識は遠のいていった。
そして、この数日後クラスティはボルケニア帝国神殿騎士団筆頭騎士に史上最年少の12歳という若さで任命されたのであった。
ちなみに神殿騎士団とは神自身が直轄する騎士団であり、国王や皇帝が直轄する王宮騎士団と並ぶ、最高峰の騎士団である。
入団は上級以上の強さで認められ、その中でも、団長や副団長、筆頭騎士などの幹部クラスは超級以上の強さを誇る猛者が担っていた。




