第15話 恵比寿ラブストーリー2
ヨウタのサオリへのプロポーズが不発に終わってから一ヶ月が経っていた。
ここはヨウタの住む、とある恵比寿のデザイナーズマンション。駐車場には赤や黄色の高級外車が並んでいた。
部屋の間接照明の柔らかな光が、ベッドに横たわる男女のシルエットを浮かび上がらせている。
ヨウタはおもむろにベッドから出ると、ワインレッドのバスローブを羽織り、ガラステーブルの上にあったタバコの箱を手に取った。
「今日はもう帰れよ。」
そして、タバコをくわえ火をつけるとゆっくりと煙を吐き出した。
「フゥー…。」
ヨウタがタバコを吸いながら窓の外に広がる夜景を遠い目をしながら見ていると、チサトはベッドから起き上がり上半身をシーツで隠しヨウタをにらんだ。
「嫌よ。今日は泊まっていくわ。」
ヨウタはチサトの方を見ていない。
「帰れよ。」
チサトは一瞬ムッとするが、話題を変えるようにヨウタに近づくとその首に両手を回した。
シーツが床に落ち、チサトの一糸まとわぬ姿が露わになる。
「ねえ、私たち付き合わない?」
ヨウタは目をそらしてチサトの手を振り解いた。
「そういうのお前には求めてないから。早く帰れよ。」
煩わしそうにヨウタはタバコの火を消すと、シャワールームに入っていった。
ヨウタのあまりにもぞんざいな扱いにチサトは枕を手に取るとシャワールームのドアに投げつけた。
「ナメないでよ!」
そう言い捨てチサトは手早く服を着ると、ヨウタのマンションを出て行った。
そんなチサトを気にする事など無くヨウタは壁にもたれ掛かりシャワーを浴びながら、一人の女の事を思い出していた。
「ん…んん…夢?恵比寿ラブストーリーにあんなシーンあったっけ?…ここは?」
ウィルが夢から覚めるとそこは見慣れない豪華な装飾が施された部屋のベッドの上だった。
部屋の窓からは優しい光が差し込んでいた。
「もしかして、また転生したりしていないよな?」
ウィルはこの世界で目覚めた時の状況を思い出し、今の状況と重ね合わせていた。
そして徐々に意識がハッキリすると、気を失う直前の出来事を思い出しベッドから飛び起きた。
「そうだ!俺はあの男に蹴り飛ばされて…みんなは!?」
ウィルが部屋から出ようとドアノブに手を掛けたその時、いきなりドアが開くとそこにはカルデが立っていた。
「あっ!?カルデ様!」
ウィルは咄嗟に声をかけるが、カルデはウィルの下半身を見て固まるとみるみる顔が真っ赤になり、目の前にある顔面を殴り飛ばした。
『バキッ!』
「こ、この愚か者!服を着んか!」
ウィルの身体は華麗に宙を舞い再びベッドに戻った。
「あべしっ!」
そしてベッドの上で自分が素っ裸である事に気付き、慌ててシーツで身を隠した。
「す、す、すみません!粗末なものをお見せしました!」
カルデはなんとか平静を装いながらベッドのサイドテーブルの上にたたんである服を指差した。
「気にするな。そんなに粗末なものでもなかったぞ。
そ、それより、とりあえずそこの服に着替えたら声をかけろ。我は部屋の外にいるからな。」
カルデが部屋から出て行くと、ウィルは誰が自分を裸にしたのか考えドキドキしながら、サイドテーブルの上にあった服に着替えた。
「カルデ様、お待たせしました!」
その声でカルデは部屋に入ると窓際にある椅子に座り、ウィルに向かいの椅子に座るよう促した。
「カルデ様、ここは何処ですか?それにあの後どうなって、というか皆は?」
聞きたい事が多すぎてうまく言葉が出ないウィルを制し、カルデはテーブルの上にあった水差しからグラスに水を注ぎ手渡した。
「ちゃんと話をしてやるから、これでも飲んで落ち着け。」
ウィルはグラスを受け取ると一気に水を飲み干した。
「ぷはぁ!うまい。」
「そうだろう。ハーブをいくつか漬け込んであるからな。どうだ?頭がスッキリしただろう。」
ウィルがうなずくとカルデは今までにない優しい声で話を続けた。
「それでは話すとするか。まずここはフルーリー山脈にある我の別邸だ。オグニイーナ達はおぬしが気を失った後、すぐに転移結晶で逃げよった。」
それを聞いてウィルは悔しげに奥歯を噛み締めた。
「その後、我はブライトの屋敷に向かったんだが、そこにいたのはトーマスとその息子ラスク、それとメイドの娘アリスと言ったか?この3人しかいなかった。
見つけた時は3人とも重体だったが、我の魔法で回復して今は別の部屋で休んでいる。」
ウィルは一瞬安堵するも、他の家族の名前がない事に不安を感じながら口を開いた。
「他の皆は?」
「ララはおぬしも知っての通りボルケニアに連れ去られたが、ブライト、メリー、クラスティの行方は配下の者に探させてはいるがまだ見つかっていない。」
ウィルはその言葉に黙り込むが、カルデはわざと明るく話を続けた。
「まぁ、簡単に死ぬような奴らではない事はこの風の神カルデが保証するから安心しろ。
それにそろそろトーマスやアリスも目覚める事だろうし、何か知っているかも知れん。そう落ち込むな。大丈夫だ!」
カルデの元気付けようとする気持ちが伝わり、ウィルは涙腺が緩みそうになるのをグッとこらえると顔を上げた。
すると目の前には窓からの光に照らし出され微笑むカルデの姿があった。
思わず見とれていると、ドアがノックされた音がしてウィルはふと我に返った。
『コンコン!』
「カルデ様、皆さん、目を覚まされましたわ。如何しましょう?」
ドア越しに若い女が話しかけてくると、カルデは座ったまま答えた。
「大広間に通せ。それと食事の用意をするよう従者長に伝えてくれ。我らもすぐ向かう。」
「わかりましたわ。」
ウィルは聞こえてくる柔らかな声とは裏腹にドアの向こう側から只者ではない気配を感じていた。
「あの、今の声の方は?」
「ん?我に仕える大天使のハニエルだ。おぬしのボロボロの服を脱がして身体を拭いたのはあやつだ。ほ、本当は我がやると言ったのだがやらせてもらえなくてな…。
後で礼を言っておくと良い。」
途中、カルデは顔を赤らめながら人差し指の先を合わせモジモジと何かを言っていたが、ウィルは何故その時に気を失っていたんだというやるせない想いもあり途中からカルデの言葉は耳に入っていなかった。
それもそのはず、ウィルの記憶によると大天使ハニエルはここマクグラン王国ではカルデと双璧を成す絶世の美女であり熱狂的なファンクラブが存在する事で知られていた。
そしてウィルはなんとか気を取り直すと、カルデの案内で大広間へと向かうのであった。
ここはフルーリー山脈の霊峰ストロベ山の神聖領にある風の神カルデの別邸。
城と言っても過言ではない真っ白な石造りの神殿の外壁には美しい彫刻が施され、庭園には山の中腹とは思えない程の色とりどりの花々が咲いていた。
そして敷地を覆う隠蔽結界は、外部からの侵入者を一切許さないセキュリティを誇っていた。
「なんかさっきから騎士の人達に睨まれているような気が…。それにしても豪華な内装ですね。」
時折、神殿内の警備をしている神殿騎士から何故か殺気のこもった視線を向けられながらも、ウィルは壁や天井の装飾や飾られている調度品の数々に目を奪われていた。
「ふむ。普段は穏やかな奴らなのだがオグニイーナの件もあって気が立っているのではないか?
ちなみに神殿の内装は我の趣味ではないぞ。ハニエルの奴がこだわってな。さぁ、この部屋が大広間だ。」
2人が神殿の中央にある大きな扉の前で立ち止まると、両脇に立っていた神殿騎士がカルデに敬礼しウィルを殺気のこもった視線で睨みつつ扉を開いた。
「やっぱり、睨まれてるよなぁ。」
神殿騎士たちからの視線が気になりながらもウィルの目の前に巨大な空間が広がり思わず声が漏れた。
「おおっ!?」
大広間の天井には巨大なシャンデリアが飾られ壁や天井には美しい壁画が描かれていた。
部屋の奥にはカルデの石像が飾られている。
カルデは部屋の中央にある円卓の奥の席に座ると、ウィルに正面の席に座るよう促した。
ウィルが席に着こうとしたその時、大広間の扉が開き、天使の羽が生えた淡いピンク色の長い髪の絶世の美女がトーマスとアリスを連れて入ってきた。
トーマスはラスクを抱き上げている。
すると、ウィルが声を出す間も無くアリスが抱きついてきた。
「ウィル様!無事で良かった!」
椅子に座ろうとしていたウィルの顔面にアリスの柔らかな胸が密着し一瞬で無酸素状態になる。
「ふごっ!?」
「えーん!ウィルさまぁー!無事で良かったよぉー!」
ウィルは手足をばたつかせなんとか息をしようとするが、アリスが頭を胸の谷間でがっちりとロックしていて逃げる事が出来ない。
「コホンッ!」
ウィルが酸欠で意識を失いかけたその時、カルデの不自然なまでに大きな咳払いが大広間に響き、それに気付いたアリスがロックを解除した。
「す、す、す、すみません!わたしったら、カルデ様の前で!すみません!」
「ま、まぁ良い。互いの無事を喜ぶのは悪い事ではないからな。」
言葉とは裏腹にカルデの眉は激しくピクピクしている。
そんなカルデを気にする余裕もなくウィルはようやく生命活動に必要な酸素を確保するとアリスの頭を優しく撫でた。
「アリスも無事で本当に良かった。」
すると、それを見ていたトーマスがラスクを片腕で抱き上げながらもう一方の腕でウィルの肩を抱き寄せた。
「ウィル、無事で良かった。アリスやハニエル様から聞いたよ。カルデ様をお守りしたんだってな。よく頑張ったな。」
トーマスが涙をこらえながらウィルを強く抱きしめると、ラスクがいつも通りの仏頂面のままウィルの頭をポンポンと撫でた。
「トーマス兄さんもラスクも無事で良かった…。」
ウィルの脳裏にさまざまな言葉が浮かぶが声にならない。
やがて、何かの糸が切れたようにウィルの目から涙が溢れ、それを見たトーマスとアリスも互いの無事に安堵しながらも、ブライト、メリー、クラスティ、そしてララの身を案じ涙を流すのであった。