第1話 恵比寿ラブストーリー
ここはとある都心の夜景が一望出来る、高級イタリアンレストラン。
真っ白なテーブルクロスの上には、ドンペリニヨンが注がれたグラスと色とりどりの料理が並べられていた。
そしてそのテーブルでは、2人の美男美女が見つめあっていた。
「サオリ、誕生日おめでとう。君の瞳に乾杯!」
「ヨウタ君、ありがとう。乾杯!」
そう言うと2人は微笑みながら静かにグラスを合わせた。
その後、しばらく2人で食事を楽しんでいると、ヨウタが軽く指を鳴らした。
『パチンッ』
それを合図に店内の照明が薄暗くなり、ムードのあるピアノの生演奏が始まった。
すると、ヨウタは席から立ち上がりサオリの座っている横に片膝をつくと、ジャケットの内ポケットから小さな正方形のケースを取り出し蓋を開けてから差し出した。
ケースの中には、光り輝くダイヤモンドのあしらわれた指輪があった。
「サオリ、俺と結婚してくれないか?」
「えっ!?何でヨウタ君……。」
「俺じゃダメか?俺ならサオリを幸せにしてみせる!」
「ヨウタ君、私…。」
突然のプロポーズにサオリが困惑していると、出入口の両開きの扉が勢いよく開いた。
『バンッ!!!』
その音にヨウタとサオリを始め店内にいた全ての人の視線が出入り口に集まると、そこには、くしゃくしゃになった真っ赤な薔薇の花束を持った一人の男が立っていた。
「エイジ…。」
サオリの唇から思わずその男の名前が漏れると、ヨウタは近づいて来る男の前に立ちはだかった。
「エイジ、何しに来た?」
「どいてくれ。」
しかし、エイジは睨みつけてくるヨウタをよそに、サオリの前まで行くと薔薇の花束を差し出した。
「サオリ、遅くなってゴメン!誕生日おめでとう。
やっぱり俺にはお前を忘れるなんて出来ない!愛してる!」
エイジの言葉に思わずサオリの潤んだ瞳から涙が零れ落ちると、次の瞬間。
サオリはエイジに抱きついた。
「ずっと、その言葉待ってた!私も愛してる!」
「サオリ、愛してる…。」
いつしかピアノの生演奏も止まり店内が静まり返る中、人目を憚らず抱き合う2人を見ていたヨウタは静かに微笑むと肩をすくめた。
「フッ、お前ら手間かけさせやがって。
今度俺のためにコンパセッティングしろよな。」
そう言うと、ヨウタはレストランから去っていった。
そして、それを見送るとサオリとエイジは見つめ合い、ゆっくりと唇を重ねるのであった。
〜To Be Continued〜
TVには男性シンガーのソウルフルなテーマ曲と共にエンディングロールが流れ、その前では缶ビール片手に目頭を熱くする1人の男がいた。
「あーーー!マジ、ヨウタかっちょいいぜ!」
この男は吉口雄介。本編の主人公である。
実家暮らしの独身32歳で彼女いない歴15年。小さな下請けのソフト会社に勤務するサエない三十路男である。
趣味はトレンディドラマ鑑賞で、俺もいつかはトレンディドラマのような恋愛がしたいと思いながらも、そんな願いが叶う訳もなく現在に至っていた。
「つーか、何で20代半ばの若造があんな高級レストランで食事できるんだよ。俺だってあんなところで食事したことないぞ。
あーーー、でもこれがトレンディードラマだよな。憧れるぜ!」
雄介は家の2階にある自分の部屋で、最近発売されたトレンディドラマの金字塔である恵比寿ラブストーリーのデジタルリマスター版のブルーレイボックスを見ていた。
ちなみに、トレンディドラマとは1980年代後半から1990年代前半の日本で制作された恋愛ドラマの事である。
特徴としては、その当時の最先端の流行を過剰に取り入れ、職業は広告代理店や建築設計事務所などの、当時の若者たちに人気のあった職業が多用され、20歳代半ばと言う設定にもかかわらず高級レストランに頻繁に行き、高級ブランド品のバックやスーツを着込んでいたりした。
挙句の果てには数億円はするであろう都心の一等地にある高級マンションに住み、高級スポーツカーを乗り回す。
そういった浮世離れした世界観で繰り広げられる、美男美女による恋愛ドラマを総じて指し示すのがトレンディドラマであった。
エンディングロールが終わると雄介はつまみのポテチを口一杯に頬張り、それをビールで流し込んだ。
「ぶはあっ!俺も生まれ変わったら、あんな恋愛してみたいぜ…。おっと、続きを見る前にビールとポテチでも持ってこようっと。ついでに便所も行っておくか。よっこいしょ。」
だらしなく尻をボリボリ掻きながら雄介が1階に降りようと階段に差し掛かった、その時。
思いのほか酔いが回っていた雄介は足を滑らせて階段から転げ落ちた。
「うわあああああっっっ!!!」
『ドタッバタッガタッバーーーン!!!』
そして、床に頭を強く打ちつけた雄介は半ケツを出した状態のまま、あっけなく死んでしまうのだった。
雄介が目を開くと、そこは真っ白な何もない空間だった。
何が起きたのかもわからずに雄介がぼーっとしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「やぁ、目覚めたかな?」
「声?誰か居るんですか?」
雄介は、周囲を見渡すが辺りには誰もいない。
「僕のことは見えないだろうから気にしないで。」
再び雄介は周囲を見回すが、やはり辺りには誰もいない。
そして、ふと雄介の脳裏にある考えが浮かぶ。
「あのー、もしかして俺って死んじゃいました?」
「うん。」
その淡白な答えに、雄介はせめて恵比寿ラブストーリーのブルーレイボックスの特典として付いていた、お宝秘蔵メイキング映像だけでも見ておけば良かったと思いながらも言葉を続けた。
「そ、そうですか…。それじゃあ貴方はもしかして神様だったりするのでしょうか?」
「そうだよ。」
「なるほど。やっぱり神様でしたか。と言う事はここは天国か何かでしょうか?」
「ここは天国じゃないよ。簡単に言うなら次元の狭間かな。」
「次元の狭間ですか?それなら俺はこれから天国に送られるんでしょうか?あっ、それとも地獄とか…?多分、そんなに悪い事はしていないと思うので、出来る事なら天国でお願いします。天国ならアイツも居るかもしれないし…。」
どこか寂しげに雄介が希望を伝えると、何も無い空間に神の笑い声が響いた。
「あはははは!そんな所には送らないよ。君はまだ死ぬはずじゃなかったんだけど、どうも僕の想定を超える力が働いたみたいで死んじゃったみたいなんだよね。」
「想定を超える力ですか?」
「まぁー、手違いみたいなものだよ。ただ、まだ君に死なれては色々と都合が悪くてね。このまま生き返してあげてもいいんだけど、せっかくだから違う世界に転生させてあげるよ。」
雄介は何故手違いで死なせたからとはいえ、ご丁寧にも異世界に転生してくれるのか分からなかったが、まぁこんなものなのだろうと深く考えない事にした。
「ちなみにどんな異世界に転生させてもらえるのでしょうか?」
「何か希望はあるかい?」
「それじゃあ!トレンディドラマのような恋愛が出来る異世界へ転生させてください。」
間髪入れずに答えた雄介の瞳は先程までとは打って変わりキラキラと輝いている。
「トレンディドラマ?
うーん、抽象的だなぁ。まぁ最近流行のアレみたいな…。」
「あるんですか?それじゃあ、その異世界でお願いします!」
「うん。それじゃあ転生させるけど、ついでに僕からも贈り物があるから受け取ってくれるかな?」
すると、どこからともなく光の玉が現れ、雄介の身体の中へと入っていった。
「神様、今のは?」
「僕からの贈り物だよ。転生した先で分かるから、お楽しみにね。」
「何かよく分からないけど…。ありがとうございます。」
雄介は誰もいない空間に向かってお辞儀をした。
「それじゃあ、頑張って行っておいで。」
神がそう言うと、次第に雄介の意識は遠のいていくのだった…。