表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

世界が滅びます

作者: モノ カキコ


挿絵(By みてみん)


香水ならレモングラスがいい、と取り留めのないことを考えついてそのままびしょ濡れている。

絶対いい。

──絶対。

傘は破損した。水色の傘だから、しばらくすればやがて水に(かえ)るだろう。


なるべく現実から遠いことを考えていれば、現実を見ずに済む。泣いたりするのはもう面倒臭い。あれは結構体力を使う。

水はすでにじゅわじゅわと足首までも浸からせて、靴下にまで染みていた。無心である。

無心のはず、である。


水位はもう(すね)まで来た。


──知ってる? クラゲって痛覚がないんだって。

じゃあ、とわたしは思う。

そんなら実質、あれはただのゼリー寄せと同じじゃない。ただのゼリーに刺されたり、意思ある生き物のように動いたり、そんなものは全部こちらの勘違いなのだ。

だって痛みがないんだよ。痛くないのは生きていないのとおなじだよ。

だったら、そのゼリー寄せに勝手にレモングラスの香りを移してしまおうか。そうしたらとても素敵に決まっている。考えてみてもご覧よ。無色透明の形の定まらない無生物を捕まえて、無機的な水槽にインテリア然とした装飾としてリビングに置くの。近づくとレモングラスの香りがするの。いいでしょう。


四十日四十夜、降り(そぼ)つ。穏やかな降水だけれどさすがにこの日数続けば世界のほとんどが様変わりする。


目の前の白い壁に、珊瑚がひっついている。名もわからぬ海藻が揺れる。


──あのね。

なに、とわたしは言った。

いつの間にやら海中である。そしてわたしは(さめ)である。

──なんで現実から逃げるの。

逃げるってなに。

──逃げるの。

逃げてないし。

──痛みを感じぬように感じぬようにとしているのなら、あなたはあなたがさっき「生きていない」と切り捨てたクラゲと同じだよ。(さめ)ではない。あなたは

「うるさいな」

声は(エラ)から分散して思ったような音声にはならなかった。

わたしを揶揄(からか)ってくるのはいったい誰なんだ。お前は誰だ。わたしの何を、知っているというのか。

──会いたい人はいる?

問いかけの主は怯みもせずに問いをまた投げる。わたしも懲りずに少しだけ考えてみる。会いたい人。

いないな。

そのことに、ちょっとだけ救われる。



“世界が滅びます。世界が滅びます。各自衝撃に備えてください。ごきげんよう。”



ああ、でも虹が出ているからさ。世界は水害では滅びないよ。

──じゃあ、良かった。水死はえげつないものね。

駄目だよ。現実的なことを考えちゃあ。せっかくクラゲや、鮫や、レモングラスの夢を見ていたのに。

ゆっくり、ゆっくりだったね。何千年も掛かったね。






ふと考える。

日の光を浴びたクラゲは、虹のように七色に光るだろうか。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なろうに来た時に御作品と出会い、心から感動したのを思い出しました。 年の瀬にこうして再読することができて嬉しいです。 挿絵もずっと頭に残っています。本当に素敵ですね。 読ませていただきあり…
2023/12/28 20:12 退会済み
管理
[良い点] 終末を描いた物語ですが、悲壮さよりも幻想感が勝るお話ですね。鮫だと思っていたのにクラゲになってしまった主人公は、謎の声の主に鑑賞されていたのかなと思いました。
[一言]  夢見心地のままに、読み終えてしまいました……。彼女の目には、どんな世界が映っていたのでしょう……。荒廃した、絶望的な光景だったのでしょうか。それとも、滅びを感じさせつつも、静かな世界だった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ