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交流110

 4階の教室を出て、一緒に帰る純のクラスに行く前に、ほとんど日課になっている廊下の窓からグラウンドに目をやると、今日も真崎先生はそこにいて、サッカー部の子たちに何やら声をかけていた。放課後はこうして真崎先生の姿をグラウンドに見つけることもでき、愛美は自分の方が先に純を迎えに行ける日の状況を有難く思っていた。


「寺井、またそこにいたのか」


 その声に振り向くと、そこには担任の増本がいた。

 

 真崎先生が、ちょうどこちら側に顔を向けていたため、こっちを見ないかなぁと念を送ったわけではないが、つい見入ってしまったようだ。……と、ふと増本の言った、「また」という言葉が引っかかった。


「またって……ただ友達待ってるだけです。ただ待ってるのもつまらないから」


語尾に多少の力を込めて言った。


「はははっ、そうかそうか」


 はははって、その言い方が何か含みがあるような気がして、ちょっとだけ不快だ。それにしても、「また」と言われるほどそこからグラウンドを見ていることに、増本には気づかれていたということか。この前の、ここに戻ってきたいと思ってるのか云々もあり、こいつは油断ならないななどと増本を見送って、またグラウンドに目を向けると、真崎先生の姿はそこになかった。


 いよいよ冬休みに入る。次に学校に来て真崎先生を目にするときには、愛は直人の前から消えている。それを思うと、大きな石を飲み込んだように胸が重く詰まる。だが、愛美はそれが自分のためであり直人のためでもあると信じている。直人を絶望させないため……である。



 『愛さん、ただいま。今日は遅くなっちゃった。でも明日から冬休み。とはいっても年末までの間に部活が3日ほど入っているけど、だいぶゆっくりできるかなと思っているよ。明日はイブコンサート、そしてクリスマスとさすがに部活も休みだけどね。ここでこんなふうにお喋りできるのも、あと1週間だね。新しいサイトのブログでは、メッセージとしてやり取りできるけど、今までのようにはいかないのかもしれないとも思っているよ。でも、こうして愛さんとの時間を大事に思っている自分には、愛さんがいてくれるだけでいいんだけどね(笑)明日、どんなケーキを作るのか決まった?』


 今日は遅くなっちゃったんだな。明日から学校がお休みで、何やら忙しくしていたのだろう。


 直人のひと言ひと言が今はより大切に感じる。直人は今日、明日からの休みということで、気分が上がり気味のようだ。よかった。


 『直人さん、おかえり。実はね、今、ケーキ焼いています(笑)結局ね、普通にスポンジ焼いて、生クリームにイチゴっていう、いわゆる一般的なクリスマスケーキにすることになったんだ。やっぱそれがいいって、家族の意見も尊重してね(笑)ということで、今夜のうちにスポンジを焼いて、ひと晩寝かして、明日帰ってきてからデコレーションするよ。って、デコレーションだけなら私じゃなくてもいいでしょって話だけど(笑)あと1週間……そうして限られた日数を文字にすると、よりそれを実感してしまうね。大切な時間、本当にそうだね。直人さんとここで出会って、私は少しだけ自分を変えられた気がしているよ。どこがって聞かれると困っちゃうんだけど、ひと言でいうと活動的になれたかなって感じかな。直人さんが活動的だからかな(笑)』


 嘘をついた。


 ケーキを焼くのは明日の朝だ。平日のクリスマスイブに朝からケーキを焼くとは言い難い。愛さんも仕事が休み?なんて話が出たら、嘘が増えるだけのように思え、嘘は一つだけにした。あと1週間、どれだけ嘘をついても、もうそれを覚えていなくても辻褄を合わせる必要もなくなる。が、やはりそう簡単に嘘をつくことはできない。直人が信じている誠実さに応えるには、できるだけ嘘はなくしたい。


 『一般的なショートケーキね、いいね。また写真見せてよ。愛さんのデコレーション見たい見たい!(笑)それから……いつか愛さんの手作りケーキを食べてみたいと思っている直人です(笑)今まで自分の周りにケーキとか作っちゃう子がいなかったからさ、なんか新鮮だよ。それから、愛さん、自分が少し変われたって、今までと違う面を引き出せたのが自分だとしたら、やっぱり嬉しいよ。意外とさ、そのちょっと違う自分っていうのも、もともと自分の中にあったもので、そういう面を出したことがないと、出すことに臆病になっているだけかもしれないよね。自分はね、愛さんと出会って、落ち着くってことだったり、穏やかになるっていうことだったりな時間をもらってるって思ってるよ。今まではね、なんだかいつも急いでいたように思うんだ。止まっちゃいけないように思ってた。でも、止まったっていいんだ。進むのはゆっくりな時もあっていいんだって、そう思えるようになった。愛さんのおかげだよ』


 『私は、直人さんにたくさんの世界を見せてもらったよ。今まで知らなかった世界を。私、知らないことがたくさんあるんだって思ったし、それを知ろうとしていなかった。でも今は、いろんなことが知りたいって思う。いろんなことに興味を持つ直人さんに、しっかり影響されちゃってます(笑)もっと、もっといっぱい知りたい。直人さんが見ているもの、直人さんが感じたこと、直人さんがしていること、直人さんの過ごした時間、直人さんの笑顔、NAOさんの笑顔……時間って、当たり前だけど進んでいて、その人が持つ時間って、その人の命そのもので、そんな大切な直人さんの時間をこうして一緒に過ごせたこと、一生の宝物だなって思うし、もっともっと一緒の時間が欲しい、直人さんとの時間が欲しい……直人さんに触れたい』


 『いつでも触れられるよ。いつだって、愛さんが触れてくれるのを待っているよ。自分だって、直人だって、愛さんが欲しいんだ。愛さんとの時間、愛さんと触れ合える時間……いや、欲しいのは時間じゃない。欲しいのは、愛さんなんだ』


 込み上げてくるこの感情を、どうしたら直人に伝えられるのだろう。いつだって、言葉は想いに足りなすぎる。



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