2-29:バイセル・オルガ支部長③
噛み合わない会話って好き。
「私が恐れているのは、君達……。いや、君の存在によってこの宙域に戦乱の風が吹く事だ」
「戦乱ですか? 民間防衛組織と宙賊との衝突が戦乱になるとでも?」
「君達の戦力から見て、宙賊など鎧袖一触だろう。だが、共和国軍が出てきたらどうなると思う?」
「共和国軍ですか……」
ボルジア共和国。現時点では、彼らが再びガルメデアコロニー宙域へと戦力を向ける様子は確認されていない。フォラフ自治国家を占領下には置いているが、それ以上の動きも見せてはいない。帝国と連邦との戦争に戦力の大部分を割いている現状で、再び此方へと抽出した艦隊戦力を差し向ける余力があるのか怪しい。そもそも、ナターシャ嬢を追跡する為に艦隊を動かしたのも、自治国家への示威行為が主目的だった。流石に、共和国が本気で彼女を求めているとは思えないしな。
「我々と宙賊との戦闘に、わざわざ共和国が介入してくると?」
「宙賊自体は、共和国に取ってもどうでも良い存在だ。無論、余計な手出しをすれば叩くだろうがな」
「……つまり、我々が共和国の関心を引いていると? そして、それが共和国軍の宙域展開へ繋がると貴方は危機感を抱いている」
「そうだ。既に君の保有する戦力は、辺境の私企業が持つレベルを遥かに上回っている。帝国及び連邦と2つの戦線を抱える共和国にとって、今まで警戒していなかった方面に無視出来ない戦力が出現すれば意識せざるを得まい?」
まぁ、オルガ支部長の懸念は分かる。元々は、各勢力と距離を置いている教団だ。その教団が治める地域に、3大勢力の1つ共和国の艦隊が展開しようものなら、他の勢力から邪推されかねない。例え、それが辺境の私企業に対して起こした軍事行動の一環だとしても、他の勢力からすれば教団と共和国が何らかの取引でもしたかと疑う可能性はあるな。
「我々の行動に共和国が触発され、更には他の勢力すら引き寄せ兼ねないと……」
「その可能性も十分にあり得ると私は思うがね?」
「……」
「私の懸念が、現実のものとなってからでは遅いと思うのだよ」
前回は、3個艦隊だったな。ガルメデアコロニー攻防戦によって、共和国艦隊は事実上の全滅であった訳だが、次はどの程度まで戦力を増やしてくるだろうか? 此方は現状で巡洋艦4隻、駆逐艦28隻、補給艦2隻。その内で、戦闘艦は補給艦を除いた32隻。以前、ソフィーが1対10でも負けないとは言っていたが、戦力差10倍は流石にリスクにしかならないと考えると、安全マージンは5倍程度を見た方が良いかな。そうすると、160隻前後までになるな。とは言え、共和国側が此方の保有していない戦艦やら空母まで投入してくると話は変わってくる。それに、要塞の防衛戦力も必要だよな。
「……」
「教徒達は皆、平和で平穏な日々が続く事を願っているのだ」
「……」
「もし、共和国軍がこの宙域で軍事行動を取るようになれば、どれだけの不安を彼らに与える事か」
電子戦型に改良してない2隻も急いで改良した方が良いか。それに、戦艦や空母を考えると一撃離脱を狙う駆逐艦の隻数も増やしたい。旧式となる改アスローン級駆逐艦から8隻前後を要塞の防衛にまわすと、残りは巡洋艦4隻に、駆逐艦20隻。3個艦隊を編成するならば、巡洋艦を更に2隻と駆逐艦を10隻位は建造しておきたいな。これで、3個艦隊36隻になる。それと、艦隊の規模が大きくなるから補給艦が2隻ずつは欲しいところ。そうなると、更に4隻の建造は必須か。いや、これだけの艦隊規模になると、もう数隻は予備に用意すべきかもしれない。でも、補給艦の建造コストが痛い。待てよ? 確かウェクスフォード級の派生型には、僚艦に補給出来る簡易補給型があったな。何隻か、直接的な火力は下がるが改良するのもありかもしれない。しかし、そうなると軍港の拡張が必須になる艦数だな。そっちも計算しないと。後は、……あれ? そう言えば、ソフィーからまだ完了報告受けて無いよな。もしかして、対共和国戦でアレも使えるか?
「私はコンラッド支部を預かる支部長として、教徒らの日常を守る責務がある」
「……」
「君にだって分かるだろう? どれほど平和な日々が大切かと言う事を!」
「……」
40隻前後の戦力ならば、200隻前後までなら難なく対処出来るだろう。戦場は何処にする? ガルメデアコロニーなり要塞近辺まで、敵を引き寄せるのは愚策。流石に、後が無さすぎるからな。となると、コンラッドコロニーを含めたこの宙域だよな。廃棄されたコロニーや資源衛星の残骸も多いし、デブリ帯もある。何より、パルメニア教団のお膝元であるコロニーがある宙域だ。共和国軍側の動きをある程度は制限出来るだろう。流石の彼らも、パルメニア教徒が多数暮らすコロニーに弾を撃ち込む事はしないと思う。星系最大の宗教団体を敵に回す事になるからな。共和国にだって、少なくない数の教徒が暮らしているらしいから、彼らが反旗でも翻したら大変な事になるだろう。
「過激派に属する宙賊が居なくなれば、この宙域に平穏が齎されるのは確かだろう。だが、それが次の争乱までの合間でしかないのだとしたら、何の意味も無いのだ」
「……」
「無論、私とて過激派に属する宙賊達の愚行によって生じる被害には心を痛めている。だが、辺境の地で桁違いの戦力を保有する君がこれ以上動けば、更なる力を持った招かれざる客をこの宙域に引き込む事になるのだ」
「……」
思考爆雷や機動150㎜対艦砲も宙域に展開させたいな。それを『イースキー』や『オグマ』と組み合わせれば、そこそこの数の共和国艦を誘引出来るだろう。特に、相手側に空母があった場合に艦載機は真っ先に潰しておきたい。後は、切り札としての戦艦建造か……。艦載機を運用するとなると、空母は厳しいにしろ、航空巡洋艦とか欲しいな。後で残りのSPと相談してみないと。
「教団上層部は、君をこの宙域に招き入れる危険性を正しく理解していない。過激派が掃討される事によって、自分達への寄贈品がより安全に届く様になる程度の認識だろう……。これでも神に仕える者達なのかと思うと、反吐が出る」
「……」
「君が、共和国の占領下に置かれているフォラフ自治国家のモルゴフ首相の1人娘を預かっているとも聞いている。教団のネットワークはそう言った情報も入って来るのでね。恐らく、君は彼女を……」
対共和国戦を想定して色々と脳内会議をしている訳だが、目の前のオルガ支部長が五月蠅いな。さっきから何やら訳の分からない事をグダグダと喚いているが、結局のところ何が言いたいのだろうか? 少なくとも、昨日の会談の感触を思い返す限りでは、宙賊掃討に対して教団上層部は乗り気だとオッサンは判断している。だから、目の前の支部長がどうこう言おうと、今後の方針を変える心算は無い。まぁ、教団から提供される情報に細工とかしてくるかもしれないから、念の為に警戒する程度だな。さて、無駄な時間はこれ位にしてさっさとランドロッサ要塞へ帰ろう。これから、忙しくなるからな。最後の挨拶位はしておくか。
「オルガ支部長。ご安心ください。」
「何を安心しろと言うのだ!? この宙域に悲劇が! 戦乱が起きるかもしれないと言うに!」
「……宙賊も、共和国軍も、纏めて潰しますから」
「はっ……?」
激昂から一転、ポカーンと間抜けな表情を浮かべるオルガ支部長。そんなに変な事を言ったかな? ギャーギャー騒ぐ宙賊も、ちょっかい出してくる可能性がある共和国軍も、オッサンに取っては邪魔な存在でしかない。何たって、此方は管理者からの依頼でフォルトリア星系に平穏を齎さなければならない訳だしさ。たかが教団の一幹部程度の懸念なんぞに時間を取られている暇は無い。
「では、お引き取り下さい。教団からの情報は昨日の打ち合わせ通り、サントス氏経由でお願いしますね? それから、喚くのは結構ですが……。大切なモノを護る力を持たない者達の戯言など、力ある者達によって吹き飛ばされて終わりですよ?」
「貴様!」
「喚く暇があったら、貴方がたの大好きな主神『ルーフェス』に祈ったらどうですか? 平穏無事に暮らせます様にってね? きっと、こう言ってくれますよ。『自分達でどうにかしろ』ってね」
「……っ!!」
今にも掴みかかってきそうだったので、さっさと部屋の扉を開けてソフィー達を招き入れる。もし、オルガ支部長が向かってきたとしても、彼女達がいれば容易く制圧が出来るからな。そして、そうなったら此方は教団に対して、以後の交渉にて強気に出れる格好の手札を手に入れる事になる。
「……朝から、失礼しました。皆様の、帰路の無事を主神『ルーフェス』にお祈り致します」
「ご丁寧に痛み入ります」
流石と言うべきか、扉を開けた瞬間に表向きの支部長としての皮を被りやがった。早々、簡単にはいかないな。まぁ、良いか。さて、要塞に帰ろう。やらなくてはならない事が山積みだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに。