2-24:本当の
主人公に後付けの暗い過去とかいらないと思う作者でした。
「貴女は、俺の兄に良く似ている。外面は完璧だが、内面はボロボロだ。崩れ落ちそうになっているのを、必死に抑え込もうとしている。でも、そう長くは持たないだろうな」
「……何故、そう思われるのですか? 私は、至って健康です」
「それは簡単な話だ。違和感の正体にさえ気づいてしまえば、後は先日と今日の貴女の一連の仕草や表情を思い浮かべるだけで、答えを導くに不足しているピースは埋められる。人間の言動ってのは、注意して見れば色々と教えてくれるものだ」
切っ掛けさえ掴めれば、足りてないピースを集めるのにそれほど苦労はしない。実際に、今思い返してみても、星女様は分かりやすい程にサインを見せていたのだ。ただ、それは言わば解く為の公式が手元に無ければ、何の意味も持たないものばかり。偶然か必然かは知らないが、公式を持つ俺が彼女と出会った事で答えが出る事となった。
「貴女は以前、ディーシー号の中で会った時に、何度も俺を一瞬だけ睨んでから視線を逸らしていた。最初は何か自覚していない所で恨みでも買ったかと思ったが、それは違った。あれは、貴女が本心を隠す為に、無意識にやっている芝居だった」
「私が何を隠していると言うのでしょうか?」
「あの時、貴女に渡っていたであろう情報から考えて……、宙賊だろうな」
「……」
あの時、星女様に渡っていた情報の中身は、民間防衛組織を名乗る俺達が宙賊の掃討を提案してきたという内容だろう。後は、入管時の写真程度だろう。ちなみに、街中での襲撃情報は意味を持たないのでこの場は除外出来る。宙賊関係で、何か彼女は本心を隠す必要があったと考えるのが妥当だろう。
「貴女は、穏健派の宙賊を守ろうとしていた。この宙域の安定化に欠かせない必要悪の存在として」
「それが、私の本心では無いと仰るのですか? 無駄な血が流れる事を星女として防ぐ事がおかしいと? この前も話しましたが、穏健派には私の家族も含まれるのですよ?」
「確かに、普通に考えれば星女としてごく当然の反応かもしれませんね」
「ならば、何故?」
そう、普通に考えれば彼女の言い分は正しい。この宙域に流れる無駄な血を減らし、何より大切な家族を守る事に繋がるのだから。でも、そもそもの想定が間違っているとしたら、全てが覆る事になる。
「貴女が、家族を愛していないとしたら? 宙賊なんぞ、滅んでしまえば良いと本心では思っているとしたら?」
「……どうして私がその様な事を?」
「貴女は以前、こう言っていた。『元々宙賊とは何らかの縛りを嫌い宙へと上がった者達なのです。彼らは自由を愛し、束縛を嫌います』とね」
「……」
星女様の実家は宙賊だ。自由を愛し、束縛を嫌う。彼女が星女に選ばれたのは今から8年前。彼女が12歳の時だ。既にその年ならば、自我はしっかりと形作られている。その彼女が、星女に突然選ばれ自由の無い、籠の鳥にさせられたとしたらどうだろうか? 自由を愛し、束縛を嫌う宙賊としての生き方を見て来た彼女に取って、それは地獄の様な日々の始まりだろう。
「貴女は、宙賊が愛した自由を奪われ、星女と言う肩書きの元で籠の中の鳥になった」
「……私は星女という立場に満足しています」
「本当にそうかな? 本来ならば、お姉さんが星女になる筈だったのに?」
「なっ……!?」
何でそれをって言いたかったのだろうか。でも、それ以上の言葉が出てこない位に驚いている様だ。彼女との初邂逅を終えた後、違和感の正体に気が付いてから大急ぎで星女の事を調べた。その時に次代の星女、つまり彼女を選出する際に双子の姉妹が候補に挙がったという、教団内の報告書を見つけたのだった。
本来ならば、星女候補に選ばれるのは例外無く1人のみ。そこで、管理AIが収集していた教団の内部情報を再度洗ってみると、原因は次代の星女を選ぶ為の神託ならぬ星託にあった事が分かった。前代の星女が受けた星託の解読に難航し、どちらが候補か決めきれなかった様だ。しかも、悪い事に2人とも主神『ルーフェス』の星託を授かる才を持っている事も判明し、星女の選出を担っていた教団上層部の人間達は大混乱に陥った。下手をすれば、2人の星女候補を巡って教団内で内部分裂すら起こる可能性があったからだ。
それだけ、星女の立場と言うものは大きいと言う事だろう。
で、その後に星託の解読が完了した事で漸く次代星女の選出は決着が付く事になった。選ばれたのは妹だった。つまり、俺の目の前にいる彼女だな。ただ、不思議なのはその時の星託の正確な解読内容を記した内部資料が1つも無い事だった。星女と言う教団に取って非常に重要な立場の人間を決める星託内容が残されていない事は明らかに異質だ。管理AIにもチェックさせたが、やはり星託の詳細は分からなかった。
「教団の内部資料を徹底的に洗ったのにも関わらず、星女を選出する星託の詳細な内容だけは何故か見当たらない。でも、貴女が選ばれた。双子の星女候補であり、双方ともに星託を受ける才を持っていた。にも関わらず、選ばれたのは貴女だった」
「……星託によって選ばれたのが私だったというだけです」
「確かに、普通ならばそれで終わりだろうな。でも、どうしても気になって調べた」
まだ認めはしないか。でも、確かに彼女が言う通り、星託が彼女を示していたのならばそれで納得出来た。でも、その決定的な情報が欠如していたのだ。だから、教団の情報を再度管理AIに調べ直させた。で、それを見直す中で見つけたのだ。
「教団の内部情報を調べ直す中で、ある教団関係者が私的に記録していた伝道日誌の一部を見つけた。そこには直接、星託の内容が書かれていた訳じゃないが、それを上回る情報が記載されていた」
「……」
「そこには、こう書かれていたよ。『この様な事はパルメニア教の歴史において1度たりとも起こり得なかった事だ。そこで教団はやむ無く教義に基づいて星女候補を選出しようとした。しかし、あの両親は伝統を守る為にと妹を差し出したのだ。我々はそれを受け入れた。これ以上、選出が遅れれば無用な争いが起きかねないからだ』」
彼女が息を呑んだのがハッキリと分かった。瞳は大きく開かれ、俺を真っ直ぐに見つめている。驚きと、後は何の感情だろうか? だが、話は此処からだ。
「パルメニア教の歴史において1度たりとも起こらなかった事が、今代の星女選出において起こった。そして、星託の解読内容が存在しない。つまり、解読に失敗したか或いは明確な答えが最初から存在しなかったんだろ?」
「……て」
「で、教団は教義に倣い、伝道者の後継を決める上で重要となる要素、つまり血統上位者である姉を星女として選出する事にしたんだ。でも、貴女の両親は宙賊の伝統に基づきそれを拒否した。宙賊もまた、代々血統上位者が次代を継いでいたからだ。結果、伝道日誌に書かれていた様に、君がお姉さんの身代わりとして星女に担ぎ上げられたって訳だ」
「……めろ」
パルメニア教団も、宙賊である彼女の両親も、双方が姉を手元に置く事を望んだ。そして、彼女は妥協の結果として星女に選ばれたのだ。教団側からも両親側からも、彼女は本気で必要とされた訳では無かった。双方が折り合いを付ける為に、彼女が担ぎ上げられたに過ぎない。
「君は、宙賊もパルメニア教団も、どちらも心底嫌っているんだろ? 両親からすれば、君は宙賊の長になるお姉さんのスペア。教団からすれば、君は本来ならば星女になるべきだったお姉さんのスペア。誰も、本気で君を必要としていた訳じゃない」
「……やめろ!! それ以上、私を否定するな!!」
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに。