2-13:方針会議-裏側-
たまには視点を変えてみる。
《思考の海に沈んでいるわね》
《ふふっ。相変わらずですわ》
一馬さんは何だかんだ、考えだすと思考の海というか沼に嵌る事がある。今も、恐らくはそうなのでしょうね。それにしても、パルメニア教の星女ですか。彼女が何を企んでいるのか、あの短い邂逅では残念ながら分かりませんでしたが、一馬さんが高みへと上がる為の踏み台として少しは役には立つでしょう。
《で、実際の所はどうですの?》
《……何が?》
《勿論、星女ですの。一馬様の悩みの種になった、小娘ですわ》
小娘ね……。正直、その呼び方が正解とは言えないと思う。アレは、外面と中身が大幅に噛み合っていないもの。継ぎ接ぎだらけのモザイク画よりも更に酷く醜い存在だわ。どうやったら、アレだけの歪さに成長出来るのやら……。パルメニア教は今代の星女の教育に失敗しているわね。もし、教団関係者の誰もがアレの歪さに気が付けていないのだとしたら、組織として最早末期症状だろう。逆に気が付いていながら放置しているのだとしたら、迷惑な事この上無いわね。自分達の不手際位、自分達に始末を付けろと言いたい。
《成長過程で何があったのかは知らないけれども、外面だけは立派な星女よ》
《なるほど。元々持っていた素質か、或いは外的要因によって変質したのか、何れにせよ面倒な代物が出来上がったようですわね?》
《えぇ。あの面を剥がした時に、一体何が噴き出してくるのか怖い部分もあるわ……》
《一馬様に、余計な傷を負わせないと良いのだけれども……》
出来るだけ、綺麗な形での決着を望むわ。そうでないと、アレは一馬さんに消えない大きな傷として残る事になる。とは言え、私達が手を出す事は出来ないだろう。それは、あの男が……管理者が望まない筈だ。一馬さんの補佐官として派遣されている私達だけれども、だからと言って何でも出来るかと言われれば、そうはならないのが口惜しいところ。あくまで私達は、管理者が許す範囲での助言や手助けしか出来ないもの。今回のアレの対処は、恐らく私達には手を出せない案件になる。その内、通知が……。
《案の定と言うか、タイミングを計っていると言うか、暇な男ね》
《同感ですわ……。えっと、【星女に関しては、助言も手出しも禁止】ですって。あの馬鹿に取っては、イベントの1つに過ぎないって事の様ですわ?》
《無性にあの馬鹿の顔面を殴りたくなるわ……》
《今度、会ったら一緒に殴りますの!》
《賛成よ》
顔を洗って待っていなさい、管理者。
《一馬様。今度は、天井を見つめ始めましたわ》
《どうやら、思う様に思考が纏まらないご様子ね》
《……もっと、シンプルで良いですのに。でも、それが一馬様らしいですの》
一馬様は、物事を難しく考える気質がある様ですわ。今回の事もそうですの。物事をもっと、簡単に、単純化してしまった方がどれだけ楽な事か。私達が、何を目指しているのか、どうしたいのか、それだけを基本に考えれば良いのですもの。
《シンプル?》
《元々、あの宙域にフォラフ自治国家方面への安全な侵攻ルートの確保する事が今回の目的ですわ。だから、障害となり得る全てを廃墟と残骸にしてしまえば問題は目出度く解決ですわ?》
《…シャンイン。貴女ね? 言いたい事は分かるけれども、それは一馬さんが1番選ばないであろう選択肢じゃない》
《私だって、それ位は承知しておりますわ。だからこそ、最善を求めて悩まれているのですし?》
やり方など、幾らでもあるのですわ。邪魔だから全てを排除するやり方も別に間違いでは無いですしね。少なくとも管理者は止めないでしょう。でも、一馬様がそれを選ばれる事は無い。以前、クロシバさんとの会話において滅ぼす側では無く、平和を願う人々の剣となり盾となるのかと問われ、それが自分の役割だと答えられたわ。故に、無辜の民を排除する事は決してなさらない。どれだけ困難な道になろうとも、最低限の犠牲で場を切り抜ける選択を選ばれる。それが、どれだけ一馬様ご自身を切り付ける結果となろうとも……。
《一馬様は、困難な道を選ばれるわ。何時でも、何処までも……》
《だからこそ、私達がいるのでしょ?》
《そうですわね。管理者からの制約によって出来ない事も多々ありますが、それでも出来る範囲で一馬様の負担を軽減するのが、補佐官たる私達の仕事ですもの》
《えぇ。今回もそうなるわ。管理者が横槍を入れられない範囲で、一馬さんを助けましょう》
《勿論ですの》
ソフィー共々、あの馬鹿にはキッチリとお礼しなくては気が済みませんの。覚悟なさい、管理者。
「……」
此処、ランドロッサ要塞の若い司令官である香月一馬君。彼と出会ってまだ3ヶ月にもならないが、中々に見どころのある若者だと思っている。本人が言う様に、1つの組織を率いる人間としては経験不足は否めない。しかし、それでも何だかんだと、此処まで来ているのだから才能もあるのだろう。無論、これから先の戦いが厳しくなるのは間違いない。我々の祖国、フォラフ自治国家の解放とその先の展望……。ボルジア共和国講和派と繋がるローガン中佐を引き入れたとは言え、未だ主戦派が大部分を押さえる共和国相手となれば厳しい戦いが続く事になる。その中で彼の真価が改めて問われる事になるだろう。そして、ナターシャ様を含めた我々は、それに賭けているのだ。祖国を共和国の支配から解放し、改めて独立の道を歩む為に……。
星女、パルメニア教、宙賊。一筋縄ではいなかいであろう相手を向こうにまわし、彼がどの様な道を歩むのか、それはまだ分からない。だが、きっと彼ならば何とかするだろうと確信めいた思いがあるのだ。古今東西、英雄と呼ばれた者達の多くは、多くの挫折と困難を乗り越えてその輝かしき座へと到達するのだ。彼の紡ぐ歴史はまだ始まったばかり。今後、彼には様々な困難や災難が降りかかるだろう。しかし、彼ならばそれらを乗り越え、成長出来ると思いたい。身勝手な思いと思われるだろうが、何時の日か彼が英雄と呼ばれる日を、先を行く人間の1人として見守れたらと思う。
「……」
ランドロッサ要塞。突如として、この辺境の地に現れた軍事要塞。我が祖国を始め、どの勢力下にも無い完全独立の軍事組織。そこを束ねる若き司令官、香月一馬殿。彼と私の関係は、時間と共に大きく変化した。最初は、正体不明の襲撃艦隊を率いて攻撃してきた敵将であったが、紆余曲折を経て今は同じ釜の飯を食らう仲。昨日の敵は今日の友などとも言うが、正に我々の関係はその言葉通りであろう。フォルトリア星系に平穏を齎す為に行動していると言うが、ある意味で帝国の皇帝と同じなのやもしれん。聞こえ響く噂では、あの男もまた3大勢力の統一による恒久平和とやらを目指しているらしい。もし、彼がこのまま道を見失わず、或いは途中に光潰える事が無かったとしたら、何れ両者はこのフォルトリア星系の何処かで相まみえるのでは無かろうか? 或いは、両者が争いでは無く、平和裏に手を結ぶという選択肢もあるやもしれない。何れにせよ、かつての銀河連邦の様に全ての人々が再び同胞として暮らす世界が来るとしたら、戦火で散っていった輩へのせめてもの手向けになるだろう。
彼は、我々シーバ族と何やら浅からぬ繋がりを持っている様に私は感じている。部族に伝わる我らが先祖の故郷の事を、彼が知っていたのも何かの縁なのだろう。何度かその話を振ってみたが、その都度のらりくらりと躱されてしまい、今日まで詳しくは聞けず仕舞いなのが非常に残念ではある。まぁ、今はするべき事が多々あるのだから、仕方が無いのであろう。だから、何時の日かこの星系に平穏が訪れたならば、是非彼を我が故郷であるヤアトに招待したいと思っている。そこでなら、彼もきっと色々と語ってくれるだろう。我らが遠き祖国、ニッポンにお手!
※シーバ族に取っての『お手』とは、最敬礼の様な意味を持つ大切な仕草である。けしてオヤツ欲しさにやっている訳ではない。
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに。