1.5-9:ランドロッサ要塞の日常⑨
権力闘争とかマジ面倒。
シャンインに起こされて、コロニー側の案内人と共にホテル内にある会議室へと足を運んだ。そこで待っていたのは、50代前半と思われる女性。顔立ちは整っており、若い頃はきっとモテただろうなって感じの、恰幅の良いオバちゃん。今の彼女を一言で表すならば、オカンだな。うん、間違い無い!
「初めまして。コロニーの生産部門を統括している、シャラナ・アートマンです。宜しくお願い致しますね?」
「初めまして。ランドロッサ要塞の司令官を務めます、香月一馬です。此方こそ、宜しくお願い致します」
先ずは、お互いに自己紹介から入る。まぁ、この辺は社会人として当たり前の流れだわな。問題は、此処からだな。俺と直接話をしたいとの事だったが、先方の狙いは何だろうか? 値段? 数量? 種類? 或いは?
「ごめんなさいね? お忙しいだろうに、お時間を頂いてしまって」
「いえ。直接お会いしてこそ得られる事も有りますので、お気になさらずに」
「あらあら。お若いのに、しっかりしているじゃない?」
「恐縮です」
うん、オバちゃんのペースに完全に持っていかれてるな。何て言うか、凄く居心地が良いんだよね? 安心感って言うのだろうか、不思議と嫌な気がしない。とは言え、何らかの交渉の場だと考えると気を引き締める必要があるな。
「ふふっ。そう、警戒しないで? 貴方に取っても、悪い話じゃないわよ?」
「そう願います。とは言え、私も要塞を預かる身ゆえ、ご容赦を」
「もう、私が虐めているみたいになっちゃうじゃない! 心外だわ?」
「滅相も無い」
やれやれ、ペース乱されまくりだわ。手強いオバちゃんってのは苦手だな。露骨に見返りを要求してくるオッサンの方が遥かに扱い易いよ。柔らかい微笑みの奥に、何を隠しているのやら。くわばらくわばら。
「つれない人ね、貴方? まぁ、良いわ。本題に入りましょう?」
「お願いします」
「……本当に、可愛げの無い子」
「お互い様では?」
「……それも、そうね」
どうやら、漸く本題に入れる様だ。まぁ、スムーズな商談には一見すると無駄に思える様なやり取りも重要になってくるから、必ずしも本題直球が良いって訳では無いのが難しい所だよ。場を整えるってのはお互いに取ってメリットが出るからな。さて、何が出てくるやら。
「サントスさんのお話では、嗜好品類を中心にコロニーへ輸出を考えられているとか?」
「えぇ。一般的な日用品であれば、コロニー内でも十分に供給があると考えまして、比較的少ないであろう嗜好品類に絞った輸出を考えています」
「仰る通り。資源に限りのあるコロニーでは、生活に必須な物が優先的に生産されているわ。だから、それ以外の嗜好品類は必然的に品数も少ないし、値段も高くなりがちね」
「ですが、それらの品々は人々の心を穏やかにし、豊かにもする。毎日とは言わずとも、定期的に手に入る様になれば、生活の質が向上した事を実感出来る品々です」
「そうね。確かに、罪の有無は別として流刑によってこの地へやって来た者は今でも多いわ。でも、此処で生まれ育った者達も多いの。彼らの故郷たる此処が豊かになる事は、私達コロニーを管理する側の人間に取っても、有益な事よ」
コロニー内の都市に初めて降り立った時に感じたのは、ごく普通の街並みだった事だった。犯罪を犯した者達が資源採掘の為に送られた場所だと聞いていたから、もっと最低限の生活空間しか無いものと勝手に思い込んでいた。でも、此処には確かに人々の穏やかな生活が息づいていた。犯罪者だから、人並みの生活を送るのはおかしいと思う人も中にはいるだろう。それも間違った意見では無いだろうが、この様な辺境の地に送られた事だけでも十分な罰を受けていると俺は思う。少なくとも、人として日々の暮らし程度は普通に送らせて上げても良いのではと思う。彼らはこの世界から出る事が許されないのだから。
「それで、アートマンさんは私に何を望むのですか?」
「……嗜好品類とは別に、医薬品や医療機器を輸出して貰えないかしら?」
「……貴女は、ご自身が言っている意味を分かっていますか?」
「えぇ。……サントスが医療関係品の輸出は認めないって貴方に言っている事は承知しているわ」
「……」
スキンヘッド紳士こと、コルネス・ディア・サンテスはコロニー内での医薬品や医療機器の流れをコントロール出来る立場にある。それが彼の権力の源ともなっているのだ。水や食料、インフラも人の生活には欠かせない物だが、医療と言うものも生活と切っては切れない関係にある。医者、薬品、医療機器、医療施設。これらを自身の管理下に置いているサンテスに逆らえる人間など少数だろう。ついでに言ってしまうと、水や食料、インフラ関係の部門を預かる人間は何れもサントス派の人間だ。
生産部門が水や食料を扱わないのかって疑問を最初は持ったが、実際にはそれらを担当しているのは食料配給部門が管轄している。かつてコロニー建造初期は水や食料を配給制にしていた名残らしい。目の前にいる彼女は、それ以外の生活用品等を生産する部署を任されているだけだ。
「何故、彼に逆らってまでそれらの品を望むのですか?」
「ガルメデアコロニーでは、ここ10年近く子供の死亡率が高いのよ。原因は色々とあるけれども、適切な薬や治療が受けられれば助かった命が殆どよ……」
「サントスが、原因だと?」
「……あの男が、医療分野の実権を握ったのが10年前よ。コロニー統括する立場になったのは5年前ね」
「なるほど……」
コロニー内での有力者同士の権力闘争の余波が、幼い子供達へダイレクトに影響したって事か? そうは言われても、内容が内容だけに下手に首を突っ込みたくは無い……。どうせ、サントスは彼女が俺にその話をする事を想定しているだろうしな。あの男、俺に踏み絵でもやらせる心算か? 気に入らないが、かと言って今あの男と争うメリットは低い。直接的な戦闘なら負けはしないが、共和国の捕虜もいるしな。
「お受けできませんね」
「……理由をお聞きしても?」
「我々は、コロニー内の政治には介入しない。それだけですよ?」
「多くの子供達を見殺しにしてもかしら?」
「殺しているのは、コロニー内で馬鹿な権力闘争に明け暮れる連中でしょ? それを、責任転嫁されるのは非常に不快ですね……」
責任転嫁も甚だしいとは、まさにこの事だろう。自分達の権力闘争ゆえの結果だろうに……。良心とやらに訴えれば、情に絆されるとでも思われたのかな? 生憎、俺はその辺は冷たい人間なんでね。
「……貴方の考えは分かりました。ごめんなさいね? 年寄の他愛ない話と思って、忘れて下さいな」
「此処での話は、無かった事にしましょう。お互いの為に……」
「……そうね」
それっきり、アートマンさんは黙ってしまった。静かにため息を吐く。全くもって、関わり合いが増えると、厄介事も増えるってのは事実の様だ。……ソフィーやシャンインの様に信頼出来る人材が手元に集まったら、ガルメデアコロニー上層部の首をそっくり全部挿げ替えるのも手だな。足を引っ張られるのはゴメンだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに。