6-31:オペレーション・サジタリウス⑭
こんな話があったとか無かったとか。
次回は、戦闘回(?)
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懲罰艦隊という名のボルジア共和国軍特別艦隊は、予定より幾ばくか遅れたものの、道中での脱落艦もなくフォラフ自治国家宙域へとあと一歩の所までやってきていた。とは言え、目的地に着いたから一安心とはいかない。当然だが、彼らの目的は非業なテロ攻撃を行ったランドロッサ陣営への報復の実施である。
既に、艦隊内には戦闘開始前の独特の空気が漂っており、乗組員達の緊張する様子が見て取れる。そんな空気感を、特別艦隊旗艦である戦艦『フォーダイス』に設けられた司令部にて敏感に感じ取っていた男は、周囲に気付かれない様に静かに溜め息をついていた。主に、自分の運の無さに。
彼の名は、ダグラス・レイモンド准将。元々、彼は戦闘艦乗りでは無く、軍歴の多くを輸送艦や補給艦と言った後方支援を主とする部隊で過ごしてきた発言権の低い非主流派に属する人物であった。そんな彼が、純戦闘艦たる戦艦に設けられた司令部にその身を置く事になったのは、偏に運の無さとも言えただろう。
全ての発端は、今回の特別艦隊の人選を巡り議会と軍が対立したことにある。資産家や世論の強い圧力を受けた議会は、自分達と関係性が近い人員を指揮命令系統に組み込むことを要求した。しかし、軍は議会からの執拗な介入を拒み独自の人選を行った。結果、両者は対立することとなる。
紆余曲折を経て、今回の特別艦隊であるSTF505の司令官に選ばれたのはレイモンドの上官であったリチャード・ミッチェル中将であった。彼もレイモンド同様に、その軍歴の多くを後方支援艦隊で過ごしてきた経歴の持ち主であり、軍内では穏健派寄りの中立派として知られる人物であった。
レイモンドとしては紆余曲折を経て上官が選ばれたことまでは、軍隊であり命令が絶対であるために仕方が無いと理解していた。だが、中将直属の副官が複数いる中で、自称最も影の薄い自分が選ばれたことが理解出来なかったのである。
同じ副官達の中で仕事はそれなりに出来る方だと自負していたが、少なくともこの様な色々と胡散臭い大任を任された上官に供を命じられるとは露程も思っていなかったのである。ちなみに、此処までの航海の際にさり気無く理由を問い質したところ、くじ引きによる人選だと聞かされ項垂れたのは言うまでもない。
後方支援部隊から、戦闘部隊への異動。昇進を望む者達からすれば羨ましがられる大抜擢だが、そこそこ長い軍歴の中で、後方部隊特有の緩さや居心地の良さにすっかり嵌り込んでいたレイモンドからすれば、全く喜ばしいものでは無かった。そもそも、戦闘部隊の指揮など士官学校時代に教練の一環として少しばかり経験した程度であり、実質的には何の役にも立たないのは明らかだった。
「どう思う、レイモンド准将?」
「はっ? どう思うとは?」
「どうもこうも、今回のことだよ。連続テロから特別艦隊の派遣までの一連の流れについてだ。君はどう思う?」
「それは……」
レイモンドからすれば、今回の一件に関しては色々と思うところがあり、それを口にする機会を欲している心の内もあった。しかし、それを馬鹿正直に口にできるほど彼の立場は軽く無い。現状、この特別艦隊STF505司令官付の副官であり、相応の立場にいるのだ。幾ら、上官からの問い掛けとは言え私的な見解を返す訳にはいかない。
「多少の混乱が有ったようですが、卑劣なテロに対し我が国の正義を果たす機会を与えられた以上は、全力を尽くすだけかと」
「……それは、君の本心か?」
「はっ! 本心であります」
「レイモンド准将。ここは、以前からの気心知れた者達で固めている。多少、口が滑った所で問題は無いと思うが?」
「それは……」
思わぬ返しに、返す言葉に詰まるレイモンド。確かにミッチェル中将が言う様に、彼がその身を置いている司令部の要員は、全て中将が選んだ人員が配置されている。何れも、後方支援部隊からの長い付き合いの者達ばかりであり、警戒すべき相手ではない。とは言え、だからといって何を言ってもいい訳では無い。
「ふぅ……。ならば先に私から語るとしよう。私は、今回の連続テロ事件はコールマフ連邦政府による自作自演と見ている。その目的は、言わずとも分かるだろ?」
「はっ、……はぁっ!?」
中将が発したその発言に、レイモンドは凍り付いた。それは、他の司令部要員達も同じであった。仮にもランドロッサ陣営への懲罰を目的とした艦隊のトップが、被害者の一員たる連邦の自作自演などと言い出したのだから当然の反応であろう。だが、彼らのそんな様子を見ながらも中将は冷静に言葉を紡ぐ。
「現在の連邦が置かれた状況を普遍的に見れば、それが一番可能性が高い。逆に、ランドロッサ陣営からすれば、このタイミングでテロを起こすことに対してメリットが少ない」
「し、しかし、自作自演だと言うならば……。コロニー襲撃ならまだしも、その後の民間船舶への攻撃は?」
「前者は引き締めのための粛清だと考えれば、理解できなくもない。1人の人間としては、吐き気すら催す悍ましい行為だがな。そして、後者は連邦に取って都合の悪い何かがあった。そう解釈すれば、さほど不自然では無いと思わないか?」
「司令。前者ならまだ理解できます。ですが、後者はランドロッサ陣営にも言えるのではないでしょうか? 連邦ではなく、彼らにとって都合の悪い何かがあったと」
「無論、その可能性は消せん。そもそも、コロニー襲撃自体もランドロッサ陣営の手によるものだと否定が出来んしな」
「それですと、そもそもの前提が崩壊しますが?」
「ん? それもそうか。悪くない考えだと思ったんだがな」
「はぁ……」
そう言ってから、手元の飲み物へと手を伸ばすミッチェル中将。中々の爆弾を司令部に投げ込んだ割に、彼は落ち着いた様相を見せている。一方で、落ち着いていられないのがレイモンド准将を初めとした彼以外の司令部要員である。
声を潜め、近くの者と言葉を交わす者。何やら思案顔をして上を見つめる者。今一つ話についていけず、オドオドしている者。総じて言えるのは、司令部内に混乱が生じているということだろう。これから迎えるであろう戦闘を前に、思わぬ事態が他ならぬ内部で発生したことにレイモンドは頭を抱えるのであった。
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