6-14:その男、悩む②
ウィリアム・ローズベルト。
何気に、書きやすくて作者的には好きなキャラだったりします。
(……なるほど。それが理由か)
何か重要なピースが決定的に足りていない。今起きている事態を理解する上で、そう実感していたボルジア共和国大統領ウィリアム・ローズベルトの下へとそれらが間を置かずして齎されたのは、彼が凶報に頭を痛めていたその時であった。凶報とは、自ら行っていた時間稼ぎの労も虚しく愚かにも議会で決議されてしまった、辺境の蛮族ことフォルトリア星系平和維持軍ランドロッサに対する報復攻撃。
自国に拠点を置く人道支援団体所有の船舶が攻撃され、多くの者の命が奪われた。確かにそれは、怒るべき事態だろう。だが、その背後関係も含めて不明点が多い中で交戦中の相手国家が発表した情報のみを鵜呑みにして報復攻撃に移るなど愚行でしかない。
その余りにも短絡的かつ感情的な議会の行動に、彼は大統領としてだけでなく私人としても心の底から怒りと呆れ、何より虚しさを感じていた。勿論、大統領として議会の決議に拒否権を行使することは出来た。しかし、それをした所で事態は好転しないこと目に見えいていた。議会も閣僚も、何より彼の強い味方である愚民も皆が皆、愚かな方向に一致していたのだ。
拒否権を行使すれば、自身は大統領を罷免されるだろう。そして、今回の決議に大きな影響を与えている富裕層の強い後押しを受けた議員が後釜に座るだけだ。そうなれば、今回以上の戦力を投じるのは目に見えている。下手をすれば、コールマフ連邦と休戦してでもランドロッサ陣営とやり合い兼ねない。どう転んでも、得をするのは連邦だと言うのに。
愚かな議会と、愚かな民衆。正に、影で愚衆政治とも言われる今の共和国の歪んだ在り方がそこにあった。とは言え、彼自身もまたその愚衆政治によって今の地位にいると言われてしまえばそれまでなのだが。それは、彼自身が最も良く理解していた。同じ穴の狢だと。
(それにしても、ここまで手の込んだ事をするのか)
彼の手元には出処が異なる2つの情報が齎されていた。1つは、ワルシャス帝国の諜報機関から帝国のトップたる皇帝にあげられた報告書の抜粋。これについては、共和国の首都『ステッサ』に居を構える帝国大使館から、直接彼の下へと齎されたものである。
そして、もう1つは今まさに話題に上がっていた、ランドロッサ陣営から複数の者の手を経由して彼の下へと齎されたもの。もし、この情報の出処が表に漏れでもしたら、彼は大統領の地位を追われるかもしれない、そんな危険性を孕んだ情報であった。
さて、彼の下へとやってきた2つの情報の内容は、非常に似たものであった。正確に言うならば、ランドロッサからの情報を帝国からの情報が結果として補完する形になっていた。前者は多分に推測を含んだ情報であるのに対し、後者はしっかりとした裏付けに基づく情報であった。
勘違いしてはいけないのは、後者の方が前者よりも情報収集能力に長けているという話ではない。極めて少ない情報で、ほぼ文句なしの答えに辿り着けている前者に対し、後者も優秀である事は否定しないが、それは多くの情報と長年の経験を基に答えを導き出しているに過ぎないのだ。
(外道に堕ちた獣を送り込む船と、墓場へと連れ出す船。そして、それらを実行者共々纏めて処理してしまえば、後は幾らでも好きな物語を綴れるか)
ローズベルトの思考に欠けていたピースが、偶然にもほぼ同時に齎された情報によって補完された。そして、それらを見終わった彼は確信した。これは、連邦による国内外への情報操作を目的とした自作自演の工作なのだと。
帝国からこの情報が齎されたことを見るに、彼の国は今回の事態に対し静観する姿勢を見せたと言えるだろう。もし、軍事を含めた何らかの行動に移るならば共和国側へとこの情報を流す必要はない。一方で、共和国は裕福層が創り出した世論の流れによって、ランドロッサ陣営と再び事を構える事態になっていた。
共和国にも帝国と同レベルの諜報機関があれば、結果は違ったであろう。裕福層がどれだけ民衆を煽り世論を創り上げようとも、それらを黙らせるだけの武器があるのだから。むしろ、対連邦で更に国内が盛り上がった可能性すらあった。だが、現実は愚かにも敵国の欺瞞情報に喜んで飛びついてしまっていたのだった。
(軍部から挙がってきた編成案では、報復に送り込まれるのは全部で100個艦隊。彼方此方から引き抜いた戦力の様だが、不幸中の幸いは連邦との戦線から戦力の引き抜きが行われなかった事だろうな。流石に、その程度の知能は軍の連中にも残っていたか)
正直なところ、未だに共和国軍ではランドロッサ陣営の戦力を正確に分析出来ていなかった。それなりに戦闘データを収集してはいたが、不足している情報も多々あり軍上層部ではデータ分析は正確性に欠けていると認識されていたのである。
実際のところ、最後に彼の陣営と事を構えたのはマーク・トゥウェイン要塞での戦闘と、それに続く主星『ステッサ』にあった研究所で発生した小規模な戦闘であり、それから既にかなりの時間が経過していた。その後に連邦領内でかなり大規模な通商破壊を行っていることから、相応の戦力を有していると見られてはいたが、それでも正確な全容解明には至っていなかった。
100個艦隊という戦力も、過去のデータを基に作成された精度の甘い予測をベースにして決定された数値であり、足りるかと問われれば答えに窮する者達も多くいるようなものですらあった。とは言え、膨れ上がっている世論に対し、そのような事は決して口に出来ないのだが。
それに、あくまで今回の艦隊派遣は先の自国民に対するテロ攻撃への軍事的な報復であり、極端に言ってしまえば民衆の不満に対するガス抜き目的であったため、不都合な事実には目を瞑ったのであった。その結果として、どれだけの被害が出るかなど気にしている余裕は無かった。
(戦力は勿論のこと、凡その居場所すら正確に把握出来ていない相手との戦。勝ち目すら見えない状況で、一体なにを成すと言うのだ? 今すぐにでも、この情報をぶちまけたいところだが……)
その結果は火を見るよりも明らかだと、ローズベルトは理解していた。今の愚衆は、自分の言葉を冷静に聴く耳を持ち合わせてはいないと。確実に、自分を排除する動きになるだろうと。政治的に、地位を奪われるだけならばまだマシであり、下手しなくても家族もろとも命すら奪われかねない現実がそこにはあった。
自分自身が綺麗な存在などとは、彼も思っていない。幾度となく、自らの手を汚してきた。直接あるいは間接的に、何度もその手を汚してきたのだ。そうしなければ、ボルジア共和国大統領という地位に今この瞬間に座ってなどいないのだから。多くの血と屍の上に彼は立っていた。
(結局、私も今回のことで民衆を扇動している裕福層の連中と同じだな。それを必要なことだと、正しいことだと、思っているだけだ。だが、それでも……)
1つ、大きな深呼吸をしたローズベルトは執務机の上に置かれた電話へと手を伸ばす。そして、何時も肌身離さず携帯している茶色の手帳のある1ページを開くと、そこに記載されている番号へと連絡を取るのであった。
「……私だ。1つ、君に頼みがあるのだがね?」
ウィリアム・ローズベルト。彼はフォルトリア星系を三分する勢力の1つ、ボルジア共和国の大統領であり、何より愛国者であった。
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次回もお楽しみに!




