5.5-12:変革の靴音⑫
通商破壊戦と並行して、暴れます。
「サウサン嬢。お待たせしてしまいましたかな?」
「いや、ベストなタイミングだぞ、ドクター。正に、今から始まるところだ」
「左様でしたか。それは、何より」
ドクター・ラクランがサウサンの城たる情報分析室を訪れたのは、仕事が一段落した昼少し前のこと。事前に内容事態は説明されており、特に何かを尋ねることも説明を受けることも無い。照明の光度が落とされ、薄暗くなった室内で、正面の大型スクリーンへと2人とも視線を向ける。
「大気圏突入。最終シークエンスへ入ります」
「針路上、脅威なし。突入コース、良好」
「降下角、最終調整完了。冷却システム起動……、正常」
「突入」
刻々と変化する状況を、オペレーション業務を担うアンドロイド達が淡々を読み上げる声だけが室内に響き渡る。スクリーン上では、露払いとして先行している4隻の改ベルマレット級重雷装潜航艦の姿が、大気との摩擦熱で朧げな陽炎の様に浮かび上がっていた。
そして、続いて外部モニターの映像を此処へと伝送しているルイスバーグ級潜航空母がその巨体を大気圏へと突入させていく。カメラが伝えてくる映像も赤く染まり、僅かながら上下左右へと小刻みに画面が揺れている様が見て取れる。
「しかし、良くこの様な策を実行する許可が下りましたな?」
「そうか? 一馬の場合、1度壁を抜けてしまえば、そこからの決断は早いと思うがな?」
「……なるほど。自ら定めた檻を破ってしまえば、むしろ良くも悪くも躊躇わなくなると」
「あぁ。まぁ、悪い方に転がりそうなら私達で止めてやれば良いだけの話だ」
「ですな。……それなら、私からも少しばかりお願いしてみますかな?」
「余程、酷い代物で無い限り、まず間違いなく許可は下りるさ」
「それは、実に楽しみですな」
常人では気付かない程度に、口角を上げて微笑むドクター。その笑みの意味を正しく理解したサウサンは、それ以上なにも言わない。ただ、その矛先となるであろう者達に対し、幾ばくかの同情をほんの一瞬だけ感じただけだった。
「全艦、大気圏突入完了。降下角修正。ミディール隊、降下ポイントまで120秒」
「コース上、敵影無し。広域電波妨害、正常に起動中」
「ミディール隊、全機稼働を確認。最終チェック完了。降下スタンバイ」
本作戦において最大の難関と言っても良い惑星『ボルクータ』への大気圏突入を無事に完了した、8隻の改ベルマレット級重雷装潜航艦と2隻のルイスバーグ級潜航空母。高度と速度を維持しつつ、攻撃目標へと針路を微調整しつつ進む。
小規模な奇襲艦隊が着々と攻撃目標へと近づく中、ルイスバーグ級潜航空母に搭載された計40機のミディール改もまた己の役割を果たさんと動き出す。何れも無人機ではあるが、変態的操縦センスの持ち主である一馬の戦闘データをつぶさにフィードバックされた戦闘制御AIにより、見た者が人の可能性などと錯覚するレベルでの戦闘行動を可能としていた。
「それにしても、アッサリと突入出来ましたな」
「まぁ、連邦勢力圏内でも最外郭に位置する辺境の惑星だからな。帝国とも共和国とも距離があるとなれば、戦略的にも価値は低くなる」
「産業は農業と幾ばくかの観光資源のみ。戦略的にも価値が低いとなれば、何時までも戦力を駐留させる訳も無し、ですな」
「……あぁ。結果として、反抗出来ぬようにと低レベルの武装しか持ち合わせていない哀れな治安維持部隊が、此方の敵として残るのみだ」
コールマフ連邦は、勢力圏に加わっている多くの惑星政府に対し連邦軍による防衛部隊駐留と引き換えに、軽武装の治安維持部隊の保持しか認めていない。それは全て、武力による反抗を恐れてのもの。無論、勢力圏に加盟後に引き続き惑星の統治を行う事となった旧来の政府からすれば、軍事費を予算から大幅に削れるメリットはあった。
だが、一方で軍事力による実効支配を受け入れるという構造が明確になり、また何かあれば中央から送られてきた監督役の役人達によってその力が自分達に降り注ぐ事は誰もが理解させられていた。護ってやると囁き、その力を持って支配する。抵抗しようにも、勝ち目など皆無。
「我々には、実に都合が良い話ですな」
「惑星『トゥーラ』防衛と通商破壊戦に対抗する為に、この手の星々の防衛戦力は全て引き上げられている。謂わば、中央から見捨てられたも同然だな」
「力によって見えざる圧力を掛けてきた者達が去れば、良からぬ事を企む者が湧いて出るは必定。地元の者達で構成される治安維持部隊は何もせんでしょうな」
「例え、中央から派遣されてきた犬が喚いた所で、誰も応えん。戦略的価値の低い辺境の惑星への再派遣など時間と金と何より戦力の無駄だからな」
「結果、哀れなピエロが吊るされて終わる。……まぁ、将来的には何らかの制裁が加わるかもしれませんが、それは未来の未確定の話に過ぎない」
サウサンとドクターは、淡々と事実のみを紡ぐ。抑え付ける力が消え、残されたのは幾ばくかの取り巻きを従えただけの中央の犬。遠からず、吊るされて終わるであろうその者達は、幸か不幸かそうはならない。果たして、それを救いと言えるかは別だが……。
「降下開始地点に間もなく到達します」
「ミディール隊、降下シークエンス開始」
「ハッチ解放。針路クリア。降下開始5秒前、4、3……」
正面のスクリーンに映し出される映像が、ルイスバーグ級の後方を進む改ベルマレット級からのものへと変わる。搭載しているミディール隊の降下のために、水平飛行へと移行した船体下部の両舷に動きが見える。2本の円筒形を並列に並べた形状の格納スペースの外郭に設置された、発着艦用のハッチがゆっくりとせり上がっていく。その内部から姿を見せたのは、灰色をベースに白と黒の幾何学パターンで塗装されたミディール改であった。
「2、1、降下、開始!」
その声と共に、金属製の巨人達がゆっくりとその身を重力へと預けた。
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