1-26:非情な決断
この手の決断も時には必要です。
胃がキリキリと痛い気がする。でも、我慢。オッサンは、我慢の出来るオッサンだ。
「ディグアンさん。資源の提供ですが、代わりに補給艦6隻以外の共和国艦艇を残骸含めて全て頂きます」
『あらあら。それは随分と大きく出たわね?』
「それ位は貰わないと、割に合いませんから」
『そう。でも、少し取り過ぎでは無いかしら?』
「取り分の交渉はしませんよ? 此方は力尽くで奪っても良いですしね」
『本気で言っているのかしら? 此処まで来て、私達と敵対すると?』
おぉ、笑顔が消えたおばちゃん怖っ! 目力半端無いな……。オッサン、ビビッて涙目になりそうなのを必死に隠す。ちなみに、腰からしたはガクブル状態なのはオッサンとの秘密だぜ?
「では、残念ながら交渉は決裂ですね。戦闘AI、艦隊及び戦闘機の撤収準備! 共和国側に、我々が撤収する旨を伝えろ」
『指令、受託。第1、第2、第3艦隊撤収準備を開始します』
「司令官様。宜しいのですか?」
「最悪、共和国が降伏を反故にして再度攻勢を掛けたとしても、ナターシャ嬢だけならアイザフ艦長達と協力して救出出来る戦力はある。その時の余波で第16コロニーがデブリの仲間入りするかもしれないが、必要な犠牲だろ」
「あらあら、過激ですわね? ですが、そんな司令官様も素敵ですわ!」
「9を切り捨てて1を救う。普通なら非難されるだろうけれども、9の方は流刑になった連中だ。誰も気にしない。むしろ、称賛すらされるかもな?」
勿論、本心ではない。戦闘AIには向こうから見えない位置でハンドサインを出して振りだと伝えているし、シャンインも見えない位置でウインクをしてきてる。資材提供を巡る交渉を有利に運ぶ為の演技だ。まぁ、向こうもそれ位は見抜いているだろうけどな。交渉ってのは、狐と狸の化かし合いなんだよな。正直なだけでは、食い物にされて終わるだけだ。
『中々、新米坊やにしては、喰えないじゃないか? 巡洋艦を寄越しな』
「おや? 交渉は決裂では? 駆逐艦1隻」
『譲歩してやるって言っているんだよ。欲張ると痛い目を見るよ? 駆逐艦2隻』
「品質の悪い資材が混ざるかもしれませんね。大事故に繋がらないと良いけれども……。被弾した駆逐艦2隻」
『本当に、口の減らない坊やだね。傷無しと傷有り1隻ずつ。これ以上は譲れないね』
「では、それで手を打ちましょう。良い取引が出来て良かった」
『アンタがコロニーに来た時は盛大に歓迎してやるよ。逃がさないからね』
「お手柔らかに」
思いっきり舌打ちしつつ画面から消えていくディグアンおばさん。サントスが珍しいものを見たとばかりの表情で俺の方を見てくる。スキンヘッドのオッサンに見つめられても、オッサンとしてはちっとも嬉しくない。
『君は見た目に反して中々にがめつい様だな。彼女相手に一歩も引かないどころか、交渉を優位に進めるとは』
「いえ。実際のところ、彼女が本気を出したら俺なんて足元にも及ばないと思います。今回は俺に花を持たせる為に引いてくれただけでしょ?」
『ふっ……。まぁ、それは想像にお任せするよ』
やっぱり、予想通りか。実際問題、犯罪者だらけのコロニー内で相応の立場にいる以上、この程度の交渉なんぞお手の物だろうしな。新米司令官程度で勝てる相手じゃないさ。
「さて、通路の切り離しは此方から共和国艦隊へ通知します。反応がまだ読めませんが選択肢は向こうにも無いでしょうしね」
『そうだろうね。命令に従わない兵士など、向こうの指揮官も手に余るだろう』
「ですので、少しだけ時間を頂きますが、回線はそのまま繋いでおいて下さい」
『良いだろう。君の手腕に期待しているよ』
期待とかしないで欲しいね。オッサンはプレッシャーに弱い生き物なんだからさ。ディグアンおばさんとの交渉も心臓に悪かったけれども、ローガン中佐との交渉も同じ位に反動有りそうだよな。だって、仲間の兵士を宇宙に放り出しますとか提案する訳だしな。コロニーから放り出した後に回収して救助出来ないのかって? 実際の所は、出来なくは無いと思う。ただ、停戦命令に従わなかった連中を救助しようとした所で、更に抵抗されるだけだろう。一応、無駄に苦しめない為に艦砲射撃を行う心算ではあるが……。
「戦闘AI。フリーダム号のローガン中佐を呼び出してくれ」
『了解しました。通信回線、開きます』
正面ディスプレイが2画面に分割され2人の人物が同時に映し出される。片方は今まで会話していたサントス。もう片方は柴犬ことローガン中佐。相変わらず、二度見したくなる顔だよな。ちなみに、タヌキ顔だな。
「ローガン中佐。状況は如何ですか?」
『……貴官も既に把握しているだろうが、芳しく無いな。一部の部隊が停止を拒み戦闘を継続している状況だ』
「ローガン中佐。我々としては北星条約に基づき最大限、人道に配慮した対応を行いたいとは思っています。しかし、彼らが戦闘を止めないと言うならば、コロニーを守る為には強硬な手段も選ばざるを得ません」
『それは……』
「仲間を思う貴方の気持ちも分かりますが、これ以上の損害増大は此方としても看過出来ません」
『……もう1度だけ、停戦命令を出させて欲しい。それでも駄目ならば、そちらに任せる』
苦渋の表情を浮かべるローガン中佐。まぁ、俺が彼の立場だったら同じような表情を浮かべると思う。しかし、此方としても出来るだけのの譲歩はしている。コロニー側へ損害が増えると、後々拠出する資源量が増えるしな。オッサンとして、これ以上は勘弁して欲しい!
「分かりました。後1度だけ待ちます。それで駄目ならば、彼らには名誉の戦死を遂げて頂きます」
『……了解した。止むを得ん』
そこで、一旦フリーダム号とは通信回線が切断された。果たして、ローガン中佐の訴えは彼らを動かす事が出来るだろうか。頑なに、拒否して戦闘継続に突き進む様な予感しかしない。彼らが意義ある選択をする事を願おう。
『話の感じからすると、期待薄かな?』
「元々、多くの部隊は命令に従って停戦していますからね。今なお戦闘を継続している連中は最初から聞く耳を持たないのでしょう」
『なら、止む得ないな。切り離しの準備をしておこう』
「……此方も、艦砲射撃の準備をします」
『気にするなとは言わないが、背負い過ぎない事だ。君はまだ若い』
「人生の先輩からのアドバイス、胸に刻みますよ」
顔に出ていたのか、余計な気遣いをさせてしまった様だ。戦闘とは言っても、此方へと反撃出来ない相手を一方的に打ちのめすってのはね……。えっ? 最初の奇襲も似たようなものだろうって? あれは、共和国艦隊側も察知さえすれば攻撃出来たから、オッサン的にノーカンだよ。今回のは、切り離された箱に閉じ込められた兵士を一方的に砲撃で滅多打ちにして潰すのだから、奇襲とは訳が違う。オッサン、意外とナイーブなんだぜ?
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに。