5-28:彼の宙は戦場である⑤
仕事も忙しいし、狩りも忙しい。
でも、頑張って書く。
※次回の更新は、5/6の朝6時となります。
艦長が設定したタイムリミットまで、残り僅か。艦長室を後にして、艦橋に上がってきた4人は各々の持ち場でその報告が来る時を待っていた。
「……」
静寂が支配する艦橋。分厚い艦橋のガラス越しに見える宙は、艦長が良く見ている普段の宙と何ら変化がない様にも見えた。しかし、実際には刻一刻と敵は彼らの元へと迫って来ていた。自身の定位置となる席にへと深く腰掛けた艦長は、外の様子を睨みつつ先ほど下した己の判断が果たして正しかったのかどうか、些かの不安を覚えていた。
機器の不具合ならば、良い。まぁ、それはそれで別の問題を後々引き起こすかもしれないが、どうにでもなる。だが、もし敵艦であった場合、10分とは言え敵に距離を縮める時間を与えた事になるのだ。無論、その間にただ時間が過ぎるのを待っていた訳では無い。データ解析を急がせるのと同時に、艦隊を構成する各艦へと戦闘準備を急かしていた。
「……間も無くですな」
「……副長。実際、どう思う?」
「十中八九、敵だとは思います。……とは言え、確固たる証拠を示さねば、今の上は動きますまい」
「だろうな。先のくだらん騒ぎのせいで、部下を危険に晒さねばならんとは……」
「心中、お察しします」
先の騒動は、未だに多くの影響を残していた。その一つが、上層部の大規模な人事異動に伴う意思決定の遅さ。正確に言うならば、遅さというよりか腰が重くなったと言うべきだろう。焦りと欲で、暴走し友軍同士で騙し合いや抜け駆けが横行し、終いにはあろう事か同士討ちすら演じ掛けたのだ。
その結果、更迭され一新された上層部は、極めて判断を慎重にならざるを得なくなった。もし、またしても先の様な失態を繰り返せば、次は極寒の地へ送られるだけでは済まされないのは、誰の目にも明らかだった。故に、石橋を叩いて渡るどころか、叩き割るレベルで慎重になっていた。それもまた、共和国の防衛ラインを突破出来ない遠因ともなっているのは、皮肉な結果だろうか。
「……私だ。……あぁ。そうか……。それで……。……。……分かった。引き続き、続けてくれ」
タイムリミットギリギリで、観測室から報告が上がってきた様だ。その報告を受けている観測士官の表情を見る限り、彼らの運命は決まったようだった。
「やれやれ、どうやら当たりを引いた様だな?」
「その様で。まぁ、準備が出来るだけマシでしょう」
敵来襲と確信し、覚悟を決める艦長と副長。規模の小さな偵察艦隊では鎧袖一触であろうが、最後の最後まで敵の情報を集め続け、味方に送り届けるのが彼らの仕事だ。それらの情報が、多くの仲間を死地から救うやもしれないのだから。我ら死して、輩を護る。
「艦長!」
「大尉。敵か?」
「……はっ。艦影を多数確認、また我が軍の識別装置に反応ありません」
「そうか、ご苦労」
「はっ!」
手短に艦長へと報告し、再び自身の席へと戻っていく観測士官。その背中を見つめながら、どうこの先の流れを進めるか思案し始める艦長。一方で、報告を終えた観測士官は、緊張から唾を何度も飲み込んでいた。実は、彼は艦長に対して虚実の混ざった報告をしていたのであった。
実際のところ、10分程度の短時間では膨大なデータを解析し尽くし、データに歪みが発生している要因を特定する作業は困難を通り越して不可能なものだ。実際、彼の元に観測室から来た報告もそれを改めて伝えるものだった。
歪みの原因特定には至らず、時間も不足している。そう観測室から最初に観測士官は告げられた。その一方で、データの歪みに時間経過と共に変化が見られる事も合わせて報告がされた。そして、敵味方を識別する装置に依然として何の反応も無い事も。
それらの報告を聞きながら、解析士官はどう報告するかを短時間で思案しつつ、誘導する為に表情を引き締めた。彼の上官たる艦長達の様子では、敵であるとほぼ断定しているのは明らかだった。であるならば、自身がどの様な報告を上げるのが彼らの背中を押すのに一番良いか。彼は、そう考えてしまったのだ。
もし、間違っていたら。普通ならばそう考えて報告するが、観測士官は此処である種の賭けに出てしまった。これが吉と出れば、自分の様な観測士官にももっとスポットが当たる様になると。航法士官や、火器管制士官等に比べ、観測士官は数も少なく日の目を見る機会も少ない。勿論、連邦が情報分析を軽視している訳では無い。単に、分かり易い役割を担っている士官達が脚光を浴びがちと言うだけだ。
欲に走ったとは言え、観測士官が何の根拠も無しに敵だと断言して報告をした訳では無い。データに変化が発生した事、それが最も大きな理由付けとなっていた。これが、デブリなどであれば過去のデータから鑑みて、その様な事が通常では起こり得ない。
敵であると断定が出来る証拠はない。しかし、ゼロでも無い。ならば、僅かな可能性に賭ける方を観測士官は選んだのだ。そして、彼は賭けに勝つ事となる。それと引き換えに、彼が何を得られたかは不明だが。
「……全艦に通信。戦闘体勢へ移行せよ!」
「全艦、戦闘体勢へ移行!」
「了解! 全艦に告げる! 戦闘体勢へ……、これは!?」
「どうした?」
「強力な通信妨害です! 全ての通信回線がダウン!」
「……先手を打たれたか」
僚艦へと戦闘体勢への移行を告げるだけの間も無く、データの歪みの原因となっていた某要塞所属の艦隊から電子戦による先制を受ける事となった。勿論、通信だけでなく今まで機能していたレーダー等の索敵装置も全てが同様の事態に陥る事となる。艦の、目と耳と口を潰された状態。
「発光信号に切り替え。全艦、事前の想定プランD-1に従い戦闘行動を開始せよ!」
「はっ! 全艦、プランD-1に従い、戦闘行動を開始!」
「了解! 発光信号打電! 戦術プランD-1!」
「後部発射管。通信魚雷をセット。内容は、敵来襲ス。これを3回。急げ! 解析データも忘れるな!」
「はっ! 後部発射管、通信魚雷セット! 敵来襲ス、3回。解析データ転送、発射急げ!」
「了解! 後部発射管、通信魚雷セット! 敵来襲ス! 3回! 解析データ転送急げ!」
例え、艦の一部を敵に奪われようとも、即座に次善の策を選び取り指示を出す。多くの戦場を潜り抜けてきた艦長からすれば、それは当たり前の事であった。例え、此処で自身が倒れようとも、友軍が必ずや仇は取ってくれる。彼は、そう信じていた。
お読みいただきありがとうございました!
次回もお楽しみに!