4-36:『オペレーション・ヴァルゴ』⑥
そうは問屋が卸さない!
「……」
予想していた衝撃が何時まで経ってもこない。幾らドクター謹製のパイロットスーツとは言え、そこまでチート性能では無いと思うのだが……。それとも、既に死んでいて天国に滞在中とか? 地獄? オッサンが地獄行きなんてあり得ないだろ!
「一馬。何時まで、そうしているつもりだ?」
「えっ?」
「時間が無いんだ。何時まで呆けている?」
「……ん?」
どうやら天国では無く、現実世界にまだ居る様だ。サウサンに繰り返し促されて、漸く俺は現実へと目を向ける。顔を横に向け見下ろした先には、男性に変じているサウサンが立っている。彼女の手にはサブマシンガンが握られており、その銃口は先ほど地面に倒れながらも此方を狙っていた男の方へと向いていた。
「アレ? もしかして、さっきの発砲音ってサウサン?」
「あぁ、そうだ。悪いな、死に損ないを見逃していたようだ」
「いや、まぁ……」
何事も完璧なんて事は無いので、ミスはミスだがフォローが間に合ったのならば、それで良いと思う。いや、この場合はフォローと言う表現で正しいのかしらんがね。一先ず、全員が無事であった事を祝うべきだろう。
「で、繰り返しになるが、一馬は何時までそうしているつもりだ?」
「ん?」
そう言えば、さっきもサウサンにそれを聞かれたな。でも、彼女から見て何がそんなに気になるのか……。彼女から見て? そこまで考えて、漸く彼女の言いたい事に気が付いた。
「あー、なるほどね。漸く合点がいったわ」
「それは、何よりだ」
サウサンが指摘したのは、オッサンとパメラ嬢の現状だろう。自分で言うのもなんだけど、今の状況に何一つ含むものは無く、銃を見て咄嗟に身体が動いてしまった結果なのだ。まぁ、それでも彼女を庇う様に抱き締めている状況には変わりないのだが。そう、あの瞬間。彼女を胸元へ引き寄せつつ、背中を銃口へと向けたのだ。自分自身を盾にする為に……。
で、そのパメラ嬢はと言えば、俯いていて表情は伺えない。しかし、小刻みに震えている所を見るに、沸々と怒りを覚えているに違いないだろう。まぁ、大して親しくも無いオッサンに間を置かず何度も抱き締められて喜ぶ趣味が彼女には無いだろうしね。っと、取り合えず離れないとな。両手を軽く上げ、無害ですアピールをしつつ彼女から離れる。あくまで庇う為であり、他意はありません。
「悪い。咄嗟の事とは言え、無遠慮過ぎたな」
「……」
未だ俯いたまま表情は伺えず。やはり、激おこらしい。あの時は咄嗟だったが、今になって振り返ると抱き締めるのではなく、単に彼女の前に出るだけで良かったのかもしれない。いや、それは足場というか、場所的に難しいか? まぁ、何れにせよ、それを悠長に考えてから実行に移す時間など無かったが……。
「一馬! もう、母艦は此方へ向かって来ている。さっさと出発するぞ!」
「っ了解! パメラ、乗ってくれ」
「……っ」
俯いたまま固まってしまっているパメラ嬢。悪いとは思ったが、その手を取ってコクピット内へと引き込む。臨時で増設した補助シートへと座らせ、3次元機動に対応した専用のハーネスで彼女の身体を固定する。相変わらず、その表情は伺えないが今は母艦との合流が最優先だ。
ハッチが閉鎖され、全周囲モニターが再び周囲の様子を鮮明に映し出す。地上に残るのは動かなくなった骸のみ。サウサン達も、それぞれのミディールへと無事に搭乗が出来た様だ。とは言え、確認は必須。
「サウサン。全員、搭乗完了したか?」
『あぁ、全員完了だ』
「了解。合流まで……76秒か」
『1分強か。……ん? 一馬。残念ながら、その前にドンパチが始まる様だぞ?』
「マジ?」
『大マジだ! そら、お客さんの登場だぞ!』
サウサンのその一言が引き金になったかの様に、周囲で次々と爆発が起こる。連続的に発生する、衝撃、音、爆風、爆炎。機体に降り掛かる衝撃の大半は、シートのお陰で殆ど伝わってはこない。とは言え、モニターに映し出される映像は激しくシェイクされているが。
「ったく、警告無しの砲撃かよ!?」
『既に敵として認定されているんだ、当たり前だろうが!』
「でも、此処は奴らの大事な研究所だろ?」
『大方、研究所ごと此方を吹き飛ばすことで、襲撃によって発生した被害を有耶無耶にする算段でも付けたのだろうな。それに、結果として情報漏洩も無くなるだろ?』
奪われたかもしれない機密情報ごと、此方を吹き飛ばすつもりかよ!? まぁ、それがこの状況では有効的な手段ってのは分かるが、それにしても容赦がないな。所属は違えど、同じ軍の仲間だろうに。いや、既に同胞殺しをやらかしている連中のお仲間と考えればおかしくは無いのか?
「所員もまとめて処理すれば、死人に口なしって事か……」
『奴らからすれば、機密情報を護れなかった連中程度の認識だろう。なら、我々共々纏めて葬り去る方が手っ取り早い』
「個人的に、合理的過ぎる考えってのは嫌いだよ」
『同感だな。それにしても、徹底的に距離を取ってやるつもりか……』
レーダーで確認する限り、敵は一定の距離を取って此方を半包囲する形で部隊展開している様だ。狙撃仕様のミディールなら狙える距離だが、『オグマ』を含め、他のミディールでは手が出せない位置だ。此方の攻撃手段を冷静に分析して、対抗策を立ててきてるな。
「……まぁ、『オグマ』やミディールでは狙えないってだけだしな」
『……来たか』
敵部隊が展開しているであろう地点で、次々と爆発が起こる。それも、此方を襲ったものよりも巨大なソレだ。あの直下にいた者達がどうなったかなど、考えるまでも無く。五体満足で死ねていれば、御の字だろう。
そう、あくまで『オグマ』やミディールでは、距離的に厳しいというだけの話。より長射程の攻撃手段を持つ、友軍の艦艇ならば距離の問題など無い。何より、空という高所から丸見えの敵地上部隊へと一方的に痛打を浴びせられるのはデカい。まぁ、敵の戦闘機や大型の爆撃機と思しき編隊も多数迫って来ているが、対空戦もお手の物だ。
『お待たせしました、香月司令官』
「ナイスタイミング! さっさと撤収するぞ!」
空飛ぶ戦艦や巡洋艦が地上へとバカスカ砲撃を加え、敵の地上部隊を物理的に排除していく。一方、防空巡洋艦と駆逐艦は、連携して敵航空部隊へと濃密な弾幕を張り研究所への接近を阻止する。そして、母艦たるクロークヘイブン級空母が、研究所の敷地ギリギリの場所へと降下してきた。
「サウサン達は先に乗れ!」
『了解した。一馬も遅れるなよ!』
「当たり前だ!」
サウサン達の搭乗しているミディールは、メインスラスターを最大まで吹かしたところで、大気圏内では重力の影響もあって短時間の空中機動がとれる程度でしかない。だが、『オグマ』は違う。機動形態ならば、大気圏突破へと加速を開始するクロークヘイブン級に追従出来るだけの性能を持っている。それに、スペック上では単独で大気圏の突破も可能だし、当然その逆である突入も可能。ただ、コクピット内がサウナ状態になるって話なので、出来れば遠慮したいがね。
「……短い滞在だったな。次はノンビリと観光気分で来たいものだ」
専用の大型シールドを構える拠点防衛仕様のミディール改に周囲をガードされながら、そんな事を取り留めも無く思った。
お読みいただきありがとうございました!
次回もお楽しみに!