4-29:マーク・トゥウェイン要塞攻略戦⑦
名も無き兵士のお話。
※感謝※
先日、150万PVを達成出来ました。
本作をお読みくださった、全ての読者様に深く感謝いたします。
共和国軍マーク・トゥウェイン要塞攻略戦が開始されてから、16時間余りの時間が経過した。既に戦況は帝国軍優位に大きく傾いており、複数個所で防衛線を突破した帝国軍機動艦隊は、強襲揚陸艦を要塞へと張り付かせ陸戦隊を送り込む段階へと歩を進めていた。
無論、共和国軍とて指を加えてそれを見ている訳もなく、陸戦戦力の揚陸のタイミングを計る帝国軍の揚陸艦や揚陸艇に対し、艦艇や艦載機は勿論のこと、要塞表面に設置された各種防御兵器を総動員し苛烈な対宙弾幕を張り対抗している。幾隻もの揚陸艦や揚陸艇がそれらの砲火につかまり、船内に乗艦している陸戦要員や車両ともども、爆散して果てていく。
それでも、激しい対宙砲撃を掻い潜り要塞へと接近せんとする帝国軍の強襲揚陸艦と揚陸艇の数は時間が経つにつれ確実に増えていく。揚陸艦ならまだしも、揚陸艇は至近弾ですら致命傷になる危険性のある程に装甲が薄い。それでも、彼らは迷わず砲火の中を突き進む。
激しく揺れる艇内で、歩兵用の装甲服を身に纏い火器類の最終点検に余念のない兵士達。ある者は祈り、ある者は家族の写真に口づけを落とし、ある者は戦友達と猥談に耽る。彼らが要塞まで無事に辿り着けるかどうか、それは神のみぞしると言ってところだろうか。
並走していた僚艦が対宙砲火につかまり吹き飛ぶ様をまざまざと見た兵士は、一瞬だけ目を瞑り何かを口ずさんだが、次の瞬間には普段通りの彼に戻っていた。既に幾つもの死線を潜り抜けて来た彼に取って、何時死ぬか分からぬこの瞬間も、思う事はただ1つだった。
――殺られる前に殺れば、何時も通り生きて帰れるさ――
命を預ける装甲服と軽機関銃を指先で軽く叩き、何時ものおまじないを終える。1人の兵士として、1人の夫として、1人の父親として、1人の帝国臣民として、彼は責務を果たす。
「総員、傾聴ー!!」
帝国軍、第108装甲歩兵大隊『アンガーマン』。その第2中隊指揮官である中尉付の先任軍曹が、通信機越しに怒鳴り声をあげ、皆の視線を艇内の前方へと集める。その中には、彼も含まれた。部隊指揮官である中尉が1歩前に歩み出て、話しを始める。
「全員、聞いてくれ……」
部隊長が語るのは、母艦たる揚陸艦を離れる前のブリーフィングで彼も含めて皆が聞いたことの繰り返し。何処に着艇し、何処を目指すのか。中隊を構成する4個小隊それぞれの役割を、再度確認するだけの作業だ。
――中尉殿は、緊張し過ぎだっての――
既に実戦を経験しているにも関わらず、中隊長を務める中尉の声には若干の震えが感じられる。それを兵士達は敏感に感じ取る。……いや、嗅ぎ分けると言うべきか。今はまだ良い。艇の中ならば、どれだけ戦いにビビろうが、皆が笑いの種として流して終わる。だが、もし銃弾飛び交う前線でも変わらなければ、彼は屍の仲間入りを果たすことなる。それが、敵の手によるものか或いは……。
奇跡的にも、猛烈な対宙砲火を潜り抜け要塞へと辿り着いた揚陸艇。船体の小ささを活かし、艦船では入る事が厳しい小型のゲートへと潜り込む。数秒ほど内部へと入り込んだ所で、装甲表面で突如小さな爆発を起こしフラフラと幾ばくか進んだのちに不時着した。爆発の原因は、ゲート内部に設置されていた重火器の砲火によるものだった。
とは言え、既にそこは目的地であり此処まで乗ってきた艇を失った程度で、彼らが先に進むのを諦める様なことは無い。艇前方に設置された乗降用ハッチを内部から力尽くで開放し、要塞内部へと雪崩を打つかの様に駆け出す装甲服を纏った兵士達。名も無き彼もまた、その中に居た。
装甲服の足裏に仕込まれている磁力発生装置のアシストで、低重力下の要塞内でも彼らは問題無く行動出来る。少しばかり何時もよりは高く感じる自身の呼吸音をBGM代わりに、彼は仲間と共に進む。ゲートから更に要塞内部へと入る通路の入り口を爆薬で吹き飛ばし、内部へと弾幕を張りつつ突入する。
要塞内部へと足を踏み入れた彼らを最初に出迎えたのは、無機質な無人兵器達であった。6本の脚を忙しなく動かし移動する、不気味な姿。脚の上にはセンサー類が内蔵された円柱の胴体と、更にその上部に無造作に機関銃が備え付けられている。
――脚付きか……――
その無人兵器を、帝国軍の下級兵士達は脚付きと呼んでいた。正確には、脚付き機関銃だが、何れにせよ大差ないだろう。その姿、見たまんまを指した言葉だ。センサー類で侵入者を探知し、上部の機関銃で薙ぎ払う。見た目通りの非常にシンプルな無人兵器だが、1つ厄介な機能を持っている。
自爆。
機関銃の弾を全て撃ち尽くすか、或いは損傷等でそれ以上の攻撃続行が不可能だと判断するやいなや、この兵器は自爆するのだ。しかも、その自爆による爆発は指向性を持ったものであり、尚且つ釘やナット、ベアリングといった内包物を敵勢力目掛けてばら撒く仕掛け。
帝国軍の兵士達が身に着けている装甲服であれば、よほど至近距離で自爆されでもしない限り致命傷を負う確率は低い。とは言え、自爆出来ない様に確実に破壊しながら進まなくてはならず、足止めとしては非常に優秀な兵器でもあった。また装甲服の無い兵士や、軽武装の民間人に取っては極めて危険な兵器である。
通路を埋め尽くさんと殺到する脚付きを前に、帝国軍の兵士達は軽機関銃による弾幕と、携行式グレネードによる破壊で応戦する。身を隠せる遮蔽物が皆無の通路で、銃口を向け合い、戦う兵士と戦闘機械。
軽機関砲とグレネードによって、胴体を撃ち抜かれ、脚を吹き飛ばされスクラップと化す脚付き。だが、完全に破壊するまで一切の油断は許されず、繰り返し銃撃とグレネードが浴びせられる。一方で、帝国軍側にも次々と犠牲者が出始める。例え、装甲服を身に着けていようとも、脚付きの機関砲による正確な射撃は兵士達に取って明確な脅威なのだった。
――中尉殿は……あぁ、死んだか――
彼は、自分の直ぐ傍で通路の床に倒れ事切れている上官たる中尉を一瞥すると、再び視線を脚付きへと戻し軽機関銃の引き金を引く。此処は戦場であり、死は兵士達の階級に関係なく平等に訪れるのだ。たまたま、彼よりも先に部隊指揮官である中尉が、その時を迎えただけの話。
――殺られる前に、殺る――
彼は、優秀な兵士であった。
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