4-16:偽りの勝利
少しばかり、本筋から脱線。
『一馬。少し良いか? 共和国側で動きがあったぞ』
「ん、了解。シャンイン、ドクター。少しの間、頼むね」
「了解ですわ(ぞ)」
いよいよ、陸戦隊がガルメデアコロニーの内部(地表面)へと突入するタイミングで、ランドロッサ要塞にいるサウサンから通信が来た。共和国側で動きね……。例の『STF-05』について、何らかの政府発表が行われたってところか? はてさて、どう誤魔化したのやら。
「お待たせ、サウサン。で、何があった?」
『遂に、我らがランドロッサ要塞は陥落したそうだぞ?』
「ランドロッサ要塞が陥落? 何時の間に? そんな報告受けてないな……」
まぁ、要塞が堕ちたのが事実で無い事くらい、既に分かっている事だ。何より、サウサンとこうやって会話出来ている時点で有り得ない事だからな。大方、国民向けに捏造した映像で偽の勝利を演出したってところなのだろう。流石に、連続して負けたなんて口が裂けても言えないだろうからな。
『陸戦隊が上陸する様子や工兵隊に爆破されデブリと化す光景が、あのサルの演説と共に大々的に政府広報で流されたぞ?』
「遂に、そこまで落ちたか。まぁ、素直に敗北を認める訳が無いとは言え、ヤツには元軍人として思うところが無いのか?」
『どうだろうな? あれでも職業軍人から政治家へ転身し、そして大統領まで登り詰めた男だ。その過程、並大抵のものでは無いだろうさ。そして、それら全てが今のあの男を形作っている』
「酸いも甘いも知るってか? まぁ、そうなのかもな……」
軍人から政治家へと転身し、今は大統領の座に就いた男の半生。此方が把握している情報は、あくまでデータとして存在している物がメインだ。あの男の内面まで深く潜れている訳ではない。今回の事に対し、あの男が何を思っているかは正直なところ読めないのは確か。
『で、例の艦隊についてだが』
「押され気味な帝国戦線に転戦後、書類上で全滅って流れだろ? 間違っても、本国に凱旋なんて出来ないからな」
『その通りだ。とは言え、既に艦隊との通信が途絶した事実は、多くの者にとって周知の事実となっている。どう誤魔化したところで、それらの情報が広まるのは抑えられんだろうな』
当たり前の話だが、前線へと派遣された艦隊との通信に携わる軍人は、それなりの人数となる。で、そいつら全員が全員とも口が堅いとは言えないのだ。幾ら上層部より緘口令がひかれようと、人の口に戸は立てられぬとは良く言ったもので、情報は洩れる。当然、艦隊との通信が途絶した事実も軍から外部へと漏れているのだ。そこへ、今回の政府広報による発表が出た。
「自分で傷を広げて、何がしたいんだか……」
『さてな? あの手の男は、本心を中々表に出さん。何を考えているかは、ヤツにしか分からないと言うのが答えだろう』
「……そうか。それで、今後の動向について何か分かりそう?」
『正直、読み辛いな。表向き、勝利を報じた以上は軍事的に目立った動きは出来ん。かと言って、あの男がそれで満足するとも思えん』
さて、はらわた煮えくり返っているであろう男が、どう次に動くか。大っぴらに艦隊を動かしてとはいかないだろうが、やり様は幾らでもある筈だ。極端な事を言えば、共和国の仕業だと分からなければ良いだけの話なのだから。
『帝国・連邦双方の前線が活発化した今、あの男の指示だとしても大規模な戦力を何れかの戦線から抽出するのは困難だろう。ならば、特殊部隊や工作員による不正規戦に頼るしかない』
「破壊工作ってヤツか」
『特に、フォラフ自治国家が狙われるだろうな。共和国の支配を一先ず脱したとは言え、未だ政情的に不安定だ。外部から工作員なりが入り込む隙など幾らでもある。民衆の不安を煽り、此方への不信感や敵意を植え付けるのは容易い事だ』
「……厄介だな。艦隊なら見てわかるが、工作員ともなるとな」
『自治国家側との情報共有を強化するしかあるまい。水際で、何処まで防げるかは分からないがな』
共和国の支配から脱したとは言え、自治国家は未だ不安定だ。現在、ナターシャ嬢の父親であるツァーロフ・ベル・モルゴフが暫定的に首相代行として政務を執っている。何れは選挙が行われ、新しい代表が次の政府を立ち上げる事になるだろう。
「これからってタイミングで、余計な横槍を入れられるのは防ぎたいな……」
『力尽くの支配を受けた事で、自治国家内の共和国派は勢いを失ってはいる。だが、それも時間が経てば如何様にも変化するだろう。……特に、暫定政権下でテロ攻撃が頻発すれば余計にだ』
「かと言って、此方が支援として大規模な戦力を投入すれば」
『完全に逆効果になるだろうな。そもそも民衆に巧みに紛れ込む工作員相手に、正規の部隊では対応が出来ん。それに、その結果として共和国派を利するだけだろうな。残念ながら、我々は自治国家を舞台に、共和国と血塗られた政治ゲームに興じる事になるかもしれん。向こうの動き次第ではあるが……。一馬、覚悟だけはしておけ』
「……」
政治ゲームか……。ただ、目の前の敵を打ち倒すだけならば、関わる事は無かったのだろう。だが、ナターシャ嬢と出会った事で、結果的に関わる事になるかもしれない。かと言って、今更になって彼女達を切り捨てるなど……、んっ? いや、それもアリか?
「サウサン。もし、此方が自治国家から表と裏の双方同時に手を退いた場合はどうなる?」
『ふむ……。現状、最低限の連絡要員と諜報担当を現地に潜ませているだけだからな、撤収自体は容易だ。で、本題は手を退いた場合だが……、そもそも我々は民衆の前に明確に見える形で姿を現してはいない。断片的に入って来る情報によって、自分達を共和国による支配から解放した存在として認識している程度だろうな』
「つまり、特に民衆心理には大きく影響を与えないと?」
『流石に断言は出来んぞ? だが、少なくとも……、それだけで政情不安が今より悪化する可能性が高くは無いだろうな。……もしや、このタイミングで退くつもりか?』
「下手な政治ゲームで民衆に犠牲を出すならば、それも手かなと思ってね。言い方は悪いけど、俺達が関わらないところで流れた血ならば、気にしなくても良いからな」
『確かに。それも選択としては有りだろう。一応、現地要員には準備だけさせておく。一馬の決定で、直ぐに動ける様にしておくぞ?』
モニター越しのサウサンは、何処となく愉快そうな表情を浮かべていた。彼女からすれば、せっかく構築した現地諜報網を捨てる様な物なのだ。簡単に受け入れられるものでは無いと思うのだが、彼女なりに思う事があるのだろうか?
「反対しないのか? 少なからず苦労して、諜報網を構築したんだろ?」
『本当に重要な諜報網ならば、諜報部門を預かる長として一馬の決定だろうが反対するさ。だが、現時点で自治国家に構築した諜報網の優先度は他に比べ極めて低いものだ。対共和国戦においてもそうだが、その先の帝国・連邦戦を見据えても答えは変わらん。特にランドロッサ要塞が機動要塞となった事で、その重要度は更に下がったと言っても良い。前線への根拠地としての価値が著しく低下したからな。それは、諜報面でも同じ事が言える』
「……なるほど。事前に、向こうと調整は必要だろうが、状況次第ではいけるって事だな?」
『そうだ。無論、だからと言って共和国の連中に好き勝手させるつもりも無いがな? 向こうが非正規戦に出ると言うならば、此方も同様の手が使えるからな。何事も、目には目を歯には歯をだぞ、一馬?』
とてもイイ笑顔を浮かべるサウサン。これ、絶対に禄でも無い事を企んでいる顔だ。何を仕出かすかは分からないが、相手をする事になるであろう共和国の連中に少しばかり同情したくなる。どうして、ウチのメンバーは、加減ってものを知らないのだろうか?
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに!