4-5:絶望との戦い⑤
主人公出てこないw
偽ランドロッサ要塞を中心とした宙域を白く染め上げた閃光は、1分程度で収まり元の静けさが戻った。その威容を誇ったハリボテの要塞は完全に姿を消し、数多の残骸として嘗ての痕跡を残すだけとなっている。
「な、何が起こったのだ……?」
「ご無事ですか、メイガン少将!?」
「あぁ……。だが、一体なにが……」
艦内照明などとは比べ物にならない程に強烈な閃光。それを直視してしまったが為に、多くの艦橋要員が視力に一時的な支障をきたしていた。閃光が収まり、数分経って漸く戻って来た視界に映ったのは、ハリボテの要塞が消失した以外には特に変化の無い宙域の姿であった。一方で、艦橋内は全ての照明が落ち、非常時用に準備された化学反応を用いた緊急照明が、ポツリポツリと艦橋内を淡く照らし出す状況にあった。
「艦隊はどうなった? 敵は!?」
「それが……」
メイガン少将より少しばかり早く正常な視力を取り戻したボックス大佐であったが、彼もまたそれほど多くは掴めていなかった。艦内の全システムがダウンしており、艦内いずれかとの通信すら不通となっているのだ。艦橋の扉すら、数人掛かりで手動で開ける以外に無かった。また、艦橋から見る限り、他の友軍艦の何れもが、機関停止し宙域に漂っている様にも見えた。
「艦内ならびに艦外との通信が全て死んでおります。またシステムも同様です」
「……全てだと? 間違いないのか!?」
「はっ! 全てがダウンしております。サブ回線も機能しておりませんし、予備回路も同様です。完全に、艦が死んだ状態にあります」
「艦橋内に手動の発光信号機があったな? 他の艦と連絡を取って見ろ。他の艦の状況を把握したい」
「既に、行わせておりますが……」
メイガン少将が指示する前に、既にボックス大佐の手で艦橋要員達が確認を行っていた。だが、その結果は決して芳しくないものであった。担当者達の表情は何れも暗い。
「これまでに4隻と発光信号でやりとりしました、何れも同様の状況です。機関停止に加え、管制システムのダウン、艦内電力の消失。無論、通信やレーダーもダウンしております。本艦も含め、複数の艦が物言わぬ金属の箱と化しました」
「……原因は、あの閃光か?」
「それはまだ不明です。アレが原因か、或いは別に何か仕掛けられたのか。何れにせよ、復旧を急がせませんと、我々は敵艦隊の真正面ですので……」
「そうだな……。敵に動きは?」
「現時点では、此方と同様に動けなくなっている様にも見えます。ですが、それが演技やもしれません。余り猶予は無いかと……」
彼らは知らぬ事だが、要塞陣営側の艦艇もまた同様に機能停止に陥っていたのだ。至近距離で発生した超特大の電磁パルスは要塞・共和国双方の艦隊に容赦無く襲い掛かり、その全てを物言わぬ金属の塊へと変えてしまっていた。敢えて違いを言うならば、片方には多くの乗組員達がその内部に囚われているという事だろうか。
「……脱出艇は使えるのか?」
「艦のシステムが死んでいる以上、あれらだけが無事だとは到底思えません。それに、脱出するにしても何処へ向かわれるのですか?」
「後方の支援艦隊は……、通信が途絶している以上は厳しいか」
「後は、最も近い有人圏ですとガルメデアコロニーですが、彼の蛮族が影響下に置いているとも聞きます。我々の受け入れは厳しいかと。それ以上先となると、脱出艇では到底……」
辺境の宙域で、物言わぬ金属の塊と化した乗艦。メイガン少将を始め、まだ誰も口にはしないが内心では不安を感じていた。もし、システムが早急に復旧しなければ、自分達はこの冷たい艦の中で、助けが来るまでの永遠とも思える時間を、命尽きぬ事を祈りながら過ごさざるを得ない事に。
「……ボックス大佐。艦内を最低限のエリアに絞ったとして、後どの位の時間ならば艦内酸素が持つ?」
「……そうですね。乗員の滞在エリアを大幅に制限し、手動で供給ルートを変更したとして、それでも2日が限度かと。それまでに最低でも機関が復旧し、艦内の空気循環システムが起動しないと我々は終わりです」
「そうか……」
艦内へと取り残された乗組員達が、窒息し果てるまで残り48時間。それまでに最低限の修理を終えなければ、全員虚しく物言わぬ躯の仲間入りとなる。その事実が、メイガン少将に重く圧し掛かる。これまで、親のコネと自身のゴマすりで此処まで彼はのぼってきた。だが、この辺境の地において、それらは何の役にも立たないのだ。今はまだ良いだろう。多くの乗組員達が、絶望ではなく目の前の困難に立ち向かう事を選んでいるからだ。
だが、それが完全に絶望へと舵を切ったらどうなるか? その矛先は誰に向かうだろうか? 辺境の蛮族と言う敵か? 或いは……。考えただけでも恐ろしいと、メイガンは心の底から思った。震えそうになる身体を手で抑え付け、叫びそうになる口を力付くで閉じる。
「……ボックス大佐。修理と平行して、艦内の治安維持に目を光らせておけ」
「それは……」
「この状況で仕掛けて来ない敵の狙いは読めん。だが、味方から敵を出す訳にもいかん、分かるな?」
「……了解しました」
動きの見えない敵よりも、身内に警戒せざるを得ない状況。その状況は、ボックス大佐にも理解出来ていた。出来れば、艦内で同胞同士で撃ち合う様な事態は避けたい。だが、万が一の場合は……。非情な決断も止めえない。
「……我々は、一体なにと戦っているのだろうな?」
「辺境の蛮族……では?」
「……だとしたら、これが戦いなのか?」
「……」
メイガン少将の、嘆きとも取れるその言葉。それはボックス大佐を始め、多くの共和国軍人達が感じている事だろう。正義の鉄槌をと、意気揚々と遠路はるばるやってきたのだ。だが、大型要塞砲―共和国側の認識―による一方的な砲撃戦から此処まで相手に良い様に振り回されるだけ。戦いと呼べる戦いが、起こっていないのだ。
唯一、要塞の守備艦隊との戦闘が戦いと呼べたものかもしれないが、それも結局はこの状況を作り出す為だけのものだったと考えるならば、共和国軍はただの一度も戦いをさせて貰えなかったのだ。相手の土俵の上で転がされ遊ばれ、そして今は死の恐怖に震えながら必死に助かる道を模索する、数多の共和国軍の軍人。
命が尽きるのが先か、心が折れるのが先か、はたまた……。
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに!