3.5-19:カワル宙⑲
間章は、次で終わり。
彼女は、また登場します。
それから幾つかの質問をぶつけてみたが、中々本心は見せない。まぁ、そんな簡単に行くとは思ってはいないので気にはしていない。とは言え、時間は有限である以上は、そろそろ核心を付いていきたいところね。
「では、次の質問です」
「本当に、仕事熱心ですのね?」
「これでも記者の端くれですから。で、質問ですが……。貴女方の目的は何でしょうか?」
「世界平和ですわ?」
「……世界、平和ですか?」
「そうですわ? 初志貫徹、それだけですの」
……世界平和ね。少なくとも、彼女の表情を見る限り嘘を言っている様には見えない。ただ、完全に本心かと言われれば、それもまた悩ましいところではあるけど。表情豊かに見えて、本心の部分はしっかりと隠しているのよね。
「具体的にお伺いしても? 貴女方の考える世界平和とは、いったい何でしょうか?」
「可愛い顔して、随分と嫌らしい質問をしますわね?」
「一番大事なところですので。それで如何ですか?」
「そうですわね……」
顎の先に指先を当て、首を傾げながら虚空を眺める彼女。その姿がまた、一枚の絵の様になっていることに同じ女として軽く嫉妬を覚える。って、いけないいけない。今は取材に集中しないと。幾ら録音しているとは言え、答えを聞き逃すなどあってはならない。
「あの方が望むのは……、誰もが前を向き笑顔で明日を迎えられる世界ですわ。理想論と笑いたければ、好きなだけ笑えば良いですの」
「笑顔で明日を迎える……」
「無論、簡単な事では無いですの。その道は、きっと血塗られた修羅の道ですわ」
「血塗られた道の先に、誰もが望む平和な世界があると?」
「一滴の血も流れない平和など、幻想ですわ?」
そうだろうか? 確かに軍需産業などからすれば、平和は望まぬものかもしれない。でも、多くの人々が平和を望んでいるのは間違いない。そして、流れる血が少ない方が絶対に良いと私は思う。
「互いに言葉を交わす事で変えられるのでは?」
「……少なくとも、話し合いで解決なんていう思考停止した馬鹿では、この星系に平和を齎すことなど不可能ですわ」
「何故でしょうか?」
「話し合いを相手が望まなければ? 拒絶したら? 聞く耳を持たぬ相手に、どれだけ高尚な言葉をぶつけても無意味ですわ。そして、残念ながらお目出度い知能を持った方々は、それ以外に何も出来ないですもの。凝り固まった理想は、平和に対して最大の害悪ですの」
「……」
血を流さないと言う理想が、平和への害悪。彼女の言わんとしている事も、朧気ながら理解は出来る。しかし、私にはそれがとても悲しい考えだと思えてならない。自分達が目指す道を理想論だと自嘲しなががら、一方で言葉で道を開くやり方を理想論と切り捨てる矛盾。
「力を持って、世界を変えると? そして、貴女方が世界を支配すると?」
「世界を変えることはまだしも、支配することにあの方は興味無いですわ?」
「?」
「別に、帝国でも連邦でも、覇権国家が何処になろうと一向に構わないですわ」
「帝国は貴族主義、連邦は純血主義。何れにせよ、涙を流す人々が大勢いると思いますが?」
ますます、彼女とその上にいる者の考えが理解出来ないわね。誰もが笑顔で明日を迎えられる世界と言いながら、自らは支配者にはならないと言う。帝国にしろ、連邦にしろ、多くの問題を掛かているのは周知の事実なのだから。何れの国家が星系に覇を唱えたとしたら、涙を流す人々が大勢出るのは間違いない。もし、本気で理想の世界を目指すと言うならば、自らが覇を唱えるべきよ。
「理想を掲げながら、何れかの国家の影で満足だと?」
「誰しも相応の分と言うものがありますもの。傲慢な理想は、自らを滅ぼしますわ?」
「でしたら、最初から出て来なければ良いのでは? 静かに、辺境の地で自分達だけで理想的な暮らしをしていれば、無駄に人々に希望を見せる事も無いですよね?」
「私達に希望の光を見るのは、その方たちの勝手ですわ? 私達が誰かに縛られる理由なんてありませんもの。私達は、ただ進むべき道を進み、望むべき結果を手にする。それだけですわ」
「そうですか……」
これが全てかと言われると判断に悩む所だけれども、現状では底が見えたと言うべきか。少なくとも、これ以上なにかを此処で聞く必要は無い。いや、聞きたいとも思わないのが本心ね。多分、彼ら彼女らはこの星系に一時の嵐を起こすかもしれないけれど、それで終わりなんだと思う。何れ、歴史の中に埋もれ二度と浮かび上がることは無いだろう。もしかしたら、あの映像を世に広めた事が最大の功績になるのかしら?
「他に質問は?」
「いえ、もう十分です」
「そうですの。では、御機嫌ようですの」
「本日は、ありがとうございました」
取材道具をカバンにしまい、礼を述べて店を後にする。それなりに時間が経っていたのか、コロニー内の光量が昼間に比べ抑えられ始めている。間も無く、夜を迎えるのだろう。一度だけ店を振り返る。良く分からない状況に困惑しつつも、此処に来るまでは何処か期待に胸を膨らませていた。でも、今のこの感情は何だろうか? あの映像に突き動かされていた自分の、体験したことも無かったエネルギーが全部どこかへと消えてしまった様な感じ。
「そもそも、何故ここまで突き動かされたのかしら?」
上司に直談判までしてこのコロニーまでやってきた。此処に来れば、何かが得られると確信があった訳では無い。むしろ、下手なギャンブルより割に合わない行動だったと思う。でも、何かに突き動かされたの間違いない。そして、それが今の私の内にはもう無い。
「……」
人工の光によって、浮かび上がるコロニーの内部都市の様相。『オールドレディ』とは一味違う、特色あるその在り方に、普段の私ならば何か感じるものがあっただろう。でも、今の私には何も無かった。
「シャンイン様。アレで、良かった?」
「勿論ですの。そもそも、身勝手に何かを期待されるだけでも不愉快ですもの。適当に考えた嘘八百を並べ立てて失望させれば、もう近付いてこないですわ」
「でも、勝手に失望するの不愉快」
「バイスァ。そんな事を気にする必要は無いですわ。一馬様の理想は、私達が知っていれば十分ですもの」
一馬様の理想は、私やソフィー、ドクターやサウサン。後はヘイスァやバイスァが理解していれば十分ですの。余計な賛同者が増えると、彼の足を引っ張る馬鹿が増えるだけですわ。誰であろうと、あの方の邪魔は許さない……。
「かず」
「まー」
「一馬様ですわ? いい加減に、覚えなさいですの!」
「かず」
「まー」
「か・ず・ま・様ですの!」
一先ず、この子達の教育からですわ!
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに!