3.5-17:カワル宙⑰
間章の最多話数を更新中。そして、残念だったな。多分、まだ続く。
珍しくドクターから呼ばれたので、シミュレータールームへと足を運んでいた。挨拶もそこそこに、言われるままにシミュレーターへと着席する。上半分が締まり、一瞬の静寂と闇が支配する。まぁ、直ぐに再現された宇宙空間へと切り替わるんだけどさ。何事もノリですよ、ノリ。
『今回、香月司令官には4機のオグマ改を操縦して頂きます』
「4機同時? 流石に俺でも無理だと思うけど……」
『ご安心を。全機にこれまでのシミュレーターでのデータや先の戦闘データを元に構築した補佐AIを搭載しております。再現度は30%程度ですが、最低限の追従は可能かと。ですので、あくまで1機の操作を基本的に行って頂ければ結構です。無論、必要に応じて複数機の操縦を行っても構いませんぞ?』
「了解。要は複数の武器の使い分けみたいなものか。それにしても、再現度30%って低いような? ドクターなら労せず、100%再現出来そうだけどな」
『残念ながら、現状では30%が限界ですな。まぁ、AIゆえとでも言いましょうか』
AIゆえとは一体なんなのだろうか? AIならば、感情などで攻撃を躊躇う事も無いだろうし、操縦者の体調などの影響もない。後は、ヒューマンエラーも無いよな。そんな、ある意味で完璧な代替パイロットになりえる存在に思えるが。
『香月司令官。AIが苦手とする事は、何だと思われますかな?』
「苦手ね……」
『人に出来て、AIには出来ぬ事。まぁ、学習させることで無理矢理やらせる事も不可能ではありませんが、効果は皆無でしょうな』
「はて……?」
人には出来て、AIには出来ないものね。人とAIの違いと言うならば、代表的なのは感情だろう。或いは心と言うべきか。無論、疑似的な感情や心をAIが宿す事は不可能では無いだろう。ただ、それが後天的に与えられるものであって、先天的に持っているものでは無い。学習……、つまり時間を掛ければ、出来るね……。
「何だろうか……」
『感覚と勘、偶然と奇跡ですな。これらはAIでは決して辿り着けぬ、ある種の極致です』
「あぁ……なるほど」
確かに、AIにそれらを理解し再現しろってのは無理だな。感覚も勘も偶然も奇跡も、プログラムで再現出来る訳では無いか。経験則に基づく行動って言うのならば、AIとて学習すれば出来るようにはなるだろう。でも、言わば第六感だったり、それこそヤケクソ染みた行動による結果など計算しようがないからな、
『言わば、具体的な数値やデータに出来ぬものをAIは理解出来ません。いえ、正確には意味を理解出来ても、再現が出来ないと言うべきですかな?』
「でも、それと再現度が低い事にどう繋がりが?」
『香月司令官の操縦ログをAIに解析させると、その大半を無駄な行為ないし理解不能な行為と判断しました。ですが、実際には1個機動艦隊を相手に縦横無尽に暴れられられる戦果を上げた』
「AIからすると、俺の操縦は大半が感覚や勘がメインって事か……」
『感覚や勘も、多くは経験則によるもの。ですが、それがAIには理解が厳しいのです。まぁ、単純に経験則だけならば、AIでも学習を繰り返せばある程度は再現できるといったところでしょう。他にも、AIから見て極めて成功率が低いような選択も同様ですな。特に、香月司令官が可変機で多用される、変形を途中で中断する事で発生する変則的な機動を利用した回避行動。あれは、AIには決して理解出来ない領域ですぞ』
あぁ、確かに良くやるね。でも、ちゃんと避けられるって確信を持って操縦しているんだけどな? あれ、でもそれが感覚や勘って事になるのか。確かに、具体的な数値で示せって言われても無理だわな。
『まぁ、そういった訳で現状では30%と言った所です。それでも、有人機に比べれば破格の性能ですがな?』
「ん? そうなると、俺は人外って事にならないか?」
『……』
「いや、そこで目を逸らさないでよ!?」
ハハハッなんて笑って誤魔化すドクター。解せぬ、何故に人外扱いなのか。人外とは人では無いと言う事で。何処からどう見ても、人の良いオッサンにしかみえないオッサンを指して人外なんて酷いじゃないか。
「まぁ、良いや。取り合えず、適宜切り替えながら操縦すれば良いって事かな?」
『はい。特にルール等はございませんので、思う存分やってみて下され』
「了解。さてと、肩慣らしから始めるかな……」
その後、大した時間も掛からず補佐AIが全機フリーズして機能停止になった事で、ドクターは意気消沈していたとだけ記す。全ては、人外って言った罰です。そして、データ上とは言え、オグマ改が遂に空中分解したとだけ追記しておく。
「……あの、何処へ行かれるのですか?」
「もう少しで着く。自分で付いて来たのだから、文句を言わないで」
「いや、付いて来いって言ってわよね?」
「言った。でも、実際に付いて来る事を選んだのは貴女自身で、私は強制していない。ならば、自身の決断には自身で責任を持つべき」
「ぐっ……」
確かに、感情とか抜きにすれば目の前の少女の言う事は正論だと私も思う。付いて来いと言われ、ホイホイと付いて行ったのは私だ。でも、せめて目的地くらいは教えてくれても良いのではと思っても仕方が無いと思うのよ。少なくとも、あの雑貨店からかれこれ10分以上は歩いている。しかも、小柄な割に歩くスピードが速いから、付いて行くだけで結構疲れる。
「……着いた。入る」
「此処……?」
既に中央広場から、どれだけ離れたのかも皆目見当が付かない。道中、目印になりそうなポイントを覚えて来たつもりだけど、後で同じルートを辿るのは難しそうだ。黒一色の少女に連れて来られたのは、年季の入った喫茶店だった。柔らかい音色を奏でるドアベルに迎えられながら、店内へと足を踏み入れた。
「一番奥の個室。シャンイン様、待っている」
「奥の個室に行けば良いのね? えっと、貴女は?」
「行くに決まっている」
「そ、そう……」
難しいわね、この子との会話。テンポが合わないと言うか、流れが掴みにくいと言うか、何より表情が全く変わらないから困る。道中、色々と私の推測も含めて質問をぶつけてみたが、何一つ有意義な解答を引き出す事は出来なかった。ジャーナリストを嫌って、アポすら取れない取材対象よりもある意味で厄介なのかも。
「此処」
「えっと……」
「ノックは基本。知らないのは恥ずかしい」
「それ位は、知ってるわよ!? でも、扉が見当たらないから仕方が無いでしょ!」
「ふっ……」
一見すると表情が全く変わらないけれど、今のは絶対に馬鹿にしていたに違いないわ。私を礼儀知らずとでも笑ったのかもしれないわね。でもね、目の前にある一面が壁のいったい何処をノックしろって言うのよ……。
「目に見えるものだけが事実では無い。……シャンイン様、客人を連れて来た」
「ご苦労様ですの。お入りなさいな」
「承知。……入る」
「……えっ、えっ?」
そう言って目の前の少女は壁に向かって歩いていく。そして、壁など初めから無かったかの様に突き抜けて行き、姿を消してしまった。どういう事?
「早く来る。シャンイン様、待ってる」
「貴女、無事なの!?」
「当たり前。映像で怪我などしない」
「映像……?」
先ほど、少女は目に見えるものだけが事実では無いと言った。そして、映像と言う今の言葉。もしかして、この壁って……。ええい、女は度胸! ジャーナリストとは根性! 行ってやろうじゃない!
「失礼しまガアァ!?」
女として色々とヤバい感じの呻き声を上げながら、頭部を襲った衝撃で真後ろに倒れた事だけは、最後の薄れゆく記憶の中に刻み込まれたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに!