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34歳のオッサンによるフォルトリア星系戦記  作者: 八鶴ペンギン
第3.5章:宙は燃えているか
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3.5-12:カワル宙⑫

お金だけ貰えて、永遠に家でゴロゴロと休める仕事はありませんか?

 フォルトリア星系歴524年11月8日に起きた、『エバンストンの悲劇』。フォラフ自治国家宙域における戦闘に敗北し、生き残った将兵達を率い本国へと帰投中だったマイケル・ベイ・サミュエル中将が乗艦していた母艦『エバンストン』にちなんで名が付けられるこの出来事は、星系中に大きな波紋を引き起こした。


 共和国は、真っ先にこれを辺境に巣食う蛮族による茶番劇だと強く主張した。ボルジア共和国大統領、ウィリアム・ローズベルトは対帝国、対連邦戦で戦死した者達を追悼する合同戦没者追悼式典において、この話題に触れこう演説した。


 『辺境の蛮族共は、あろうことか鹵獲した我が軍の艦艇を使うだけでなく、模倣した多数の艦艇を使い、この様な茶番をでっち上げたのだ! 奴らの目的は明白であり、我が共和国の名声を地に陥れんとする策略に他ならないのである! 栄光ある共和国国民の諸君! 此処に私は宣言する! かの地で勇敢に戦い散っていた輩の無念を晴らす事を! 彼らの勇気を! 誇りを! 見え透いた茶番で汚した者共に、正義の鉄槌を下す事を! 正義は我らにあり! 共和国に栄光あれ!』

 『共和国に栄光あれ!』

 『蛮族に死を!』

 『正義は我らにあり!』


 戦士達の死を侮辱し、利用する辺境の蛮族達への怒りに燃え、正義が振りかざされる事を求め拳を上げ叫ぶ民衆達。そんな火の付いた彼らを表向きは満足気に見渡しながら、内心でローズベルトは彼らを1人残らず見下していた。見たい物だけを見て、聞きたい事だけを聞き、己の理想の共和国に酔いしれる愚衆達。民衆に紛れ込ませた扇動役達によって、良い様に思考を誘導されている事にすら気が付かない哀れで愚かな羊達。彼らは狼に噛み殺されるその瞬間まで、自分達の愚かさに気が付かないのだろう。


 (愚衆政治の成れの果て……。早く浄化せねばならん……)




 「同志レスキン。今回の一件をどう見る?」

 「はっ! あの男は、誰よりも貪欲であり、誰よりも強欲であり、そして誰よりも……臆病者です。己の地位に固執する余り、その座を揺るがすかもしれぬ僅かな傷にすら、彼は我を忘れ怒りに震えるでしょう。そして……」

 「原因の両方を滅するか……」

 「はい。負けた側も勝った側も、双方を滅せれば傷は消えると本気で信じているのでしょう。愚かとしか言い様がありません」

 「だが、それでも民の扱いには慣れている。まぁ、その民が思考停止した愚衆だがな……」


 派手さは無いが、職人が使う者の事を考え拘り抜いた木製のテーブル。その天板に頬杖をつき、呆れた表情を浮かべる妙齢の女性が1人。彼女の名は、オリガ・アウロヴァ。コールマフ連邦の政治局トップであり、対外的に国家元首の役割を担っている女性。

 一方、机を挟み直立不動で情報部からの報告を読み上げていた男性の名は、ヴィクトル・レスキン。アウロヴァがトップを務める政治局において、主に国外情報を取り纏める役割を担っている。


 「まぁ、あの男の事はこの際どうでも良い。それで、何か分かったか?」

 「フォラフ自治国家宙域において共和国の機動艦隊が敗北したのは、事実です。複数のルートから相違無い情報が確認出来ました。そして、敗残兵を乗せた残存艦が現場宙域から離脱した点に関しても、同様です」

 「そうか、ご苦労。すると、あの映像はやはり本物か……」

 「共和国艦隊を打ち破った勢力……ランドロッサ要塞と言いましたか。彼の勢力はそのまま宙域に留まっている様です。恐らく、あの映像を撮影したのは別働隊では無いかと思われます」


 当然の事だが、連邦はランドロッサ要塞の存在について早い段階から掴んではいた。とは言え、その内容は断片的なものでしかなく、引き続き情報収集せよといった極めて普通の指示しか各所にとんではいなかった。そこへ、今回の出来事が飛び込んできた訳である。大慌てで情報収集に走ったのは言うまでもない。


 「どうされますか? 1個とは言え、正規の機動艦隊を撃ち破るまでになったとなると……」

 「共和国の3個機動艦隊が、正義の鉄槌とやらを振りかざしに向かっているのだろう? なら、もう暫く様子見で良いじゃないか。もし、それすら撃ち破る程となれば……」

 「……査定、ですかな?」

 「そうだ。そいつ等が使えるか、使えないか。我ら連邦に取って、大事なのはそこだろ?」

 「同感であります」

 「では、同志レスキン。引き続き、情報を集めろ」

 「はっ!」


 先ほどまでの何処かアンニュイな表情は鳴りを潜め、獲物を見定める獰猛な猛禽類の如く強い光が、アウロヴァの瞳に浮かびあがる。果たして、彼女の瞳の先には何が映っているだろうか。




 「面白い事になりそうだぞ、ヴェックマン?」

 「そうでしょうか? 斜陽の国家とは言え、仮にも3大勢力が1つ。道端の石に躓いた程度ではありませんか?」

 「確かに、今はまだ道端の石だろうよ。だがな、何れ道を塞ぐほどの大岩と化けるやも知れんぞ? そもそも、大国が道端の石に躓いた時点で異常だろうよ」

 「それは、陛下の強敵を望むゆえの、過分な願望が入っているのではありませんかな?」

 「……さてな?」


 白と黒のツートンカラーで彩られた玉座。そこに腰掛けるは、ゲルニア・フォン・ワルシャス。ワルシャス帝国の現皇帝であり、フォルトリア星系に戦乱を齎した人物でもあった。未だ30代半ばながら、英知に溢れた彼の皇帝としての振る舞いは実に華があり、堅実な国家運営に終始した先代の皇帝を上回るとすら既に囁かれている。そんな彼は実に愉快そうに報告書に目を通していた。


 「我が帝国との戦線に戦力を幾らか抜かれたとは言え、共和国側は正面戦力1,500隻余り。一方の彼の国が言う辺境の蛮族とやらは600隻前後。これだけの数的差がありながら、蓋を開けてみたら結果は実に呆気無いものときた」

 「陛下。お言葉ですが、共和国側の戦力は補給艦等を除けば1,200隻余りです。その程度の戦力差であれば、我が軍の優秀な指揮官達でも勝利は難しく無いと思いますが?」

 「確かに、我が軍の指揮官達でもやってのける者はいるだろう。だが、情報部からの報告では、宙域にその後も駐留している艦艇数から推察するに、戦闘における損失は100にも満たない可能性があると書かれている。倍の戦力相手に正面から戦い、それだけの損失に果たして抑えらえるか?」

 「それは……、何らかの策を弄する必要があるかと」


 連邦と同様、帝国もまた早期にランドロッサ要塞の動向は掴んでいた。とは言え、帝国からは距離もあり、戦略的に重要な地点でも無い事から半ば放置されていたのだ。なので、そんな彼らからすると、気が付いたら結構大きな事が起きていたと言う程度の認識。無論、各戦線で現在進行形で起きている戦闘に比べれば、幼児同士のじゃれ合い程度の取るに足らない極小規模な戦闘でしか無いが。


 「この者達が、共和国艦に勝る優秀な艦を保有しているのか、或いは何らかの策を弄したのかにせよだ。今後の成長次第では、場を根底から引っ繰り返すジョーカーとなり得るやも知れんぞ?」

 「では、そうなる前に叩きますか?」

 「いや、まだそれには及ばん。先ずは、共和国のお手並み拝見といこうじゃないか。奴らが勝手に疲弊すれば、利するは我らだぞ? 動くのは、それからでも遅くは無い。そもそも、それで終わる程度ならば、そこまでだったと言うだけだ……」

 「了解しました」


 指示を伝えるため玉座から離れていくヴェックマン。1人玉座に残り、宙を見上げる皇帝。


 「さて、余の元まで来れる男かどうか……。宙の星々は何と応えるか、楽しみではあるな」


 そう呟き、グラスの底に残った僅かばかりのワインを飲み干す皇帝。嘗ては、エーベルハルト・フォン・フロイデンタール公と呼ばれた帝国5大貴族が1人。フロイデンタール家の若き獅子にして、皇帝の座を難なく射止めた男。彼が皇帝として表舞台に立った時から、フォルトリア星系の歴史は再び変革の刻を迎えたのであった。




 フォルトリア星系歴524年11月。


 ボルジア共和国・コールマフ連邦・ワルシャス帝国、そしてランドロッサ要塞。星系に覇を唱えんとする者達が歴史上において明確に表舞台へと揃った瞬間であった。

お読みいただきありがとうございました。

次回もお楽しみに!

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