1-14:厄介事
戦うオッサンってカッコイイよね(
怖い程に勘が冴え渡った結果として、アイザフ船長は自身が知っている事を包み隠さず話してくれた。まぁ、当然それらの情報を鵜呑みにせずに可能な範囲で裏付けは取ったけどな。それにしても、中央管理AIって凄いのな。3大勢力や自治国家、コロニーとかの機密レベルの情報が大量にストックされてるとかさ。元の世界の諜報部員やら諜報組織やらが根こそぎお役御免になるレベル。頼もしすぎて、オッサンやっぱり要らない説が急浮上しそうだぜ。リストラ反対!
「さて、アイザフ船長改めアイザフ大佐? 他に何か話しておくべきことは有るか?」
「俺が知っている事は、全て話した。これ以上は例え拷問されようと何も無い」
「そうか。取り合えず、皆さんの処遇を考えるので暫くはこのまま監房にいて貰う」
「……分かった」
「じゃ、シャンイン。司令室へ戻ろう」
「了解しました。では、アイザフ大佐。御機嫌よう」
「ふんっ……」
「あらあら。嫌われちゃったかしら?」
「女狐と仲良くする趣味は無い。香月司令官殿も十分気を付ける事だな?」
「あはは……」
シャンインとアイザフ大佐は、まるで水と油の関係だな。まぁ、合わないものは仕方が無い。この先、アイザフ大佐達の扱いをどうするかにもよるが、必要なら俺が命令すれば良い。シャンインは俺が言えば、衝突は避けてくれるだろうし……、それでも嫌がらせ程度は普通にしそうだが。
監房エリアから司令室への帰り道は、特に何も無くスムーズなものだった。敢えて言うならば、シャンインが何時の間にかソフィーへと戻っていた事だろうか。まぁ、アイザフ大佐の目の届かない場所に戻って来た以上は必要が無いって判断なのだろう。
「さて、予想通りに厄介事を抱え込んだ訳だけど。どうしようね?」
「どの道、香月司令官には3大勢力と渡り合って頂く事になりますので、使える手札が手に入った程度の認識で良いのでは?」
「まぁ、フォルトリア星系を平和にしろって命題がある以上、使える手札が増えるのはありがたいけどさ……」
アイザフ大佐が語った話の内容。それはランドロッサ要塞に予想通りの厄介事を招き入れる事を確定させた。オッサン、予感が当たって全くもって嬉しくない。
アイザフ大佐の話を整理するとこうだ。
貨客船ディーシー号は表向きは民間の船舶だが、実際にはフォラフ自治国家軍によって秘密裏に運用されている偽装軍艦だった。民間船を装っての情報収集や人員の移動等を行っていたらしい。当然、アイザフ船長改め大佐以下、乗員全員は現役の軍人。今回、彼らに下された命令は、自治国家トップの首相を務めるツァーロフ・ベル・モルゴフの1人娘である、ナターシャ・ムル・モルゴフを秘密裏に国外逃亡させる事だった。
国外へと逃亡する事になった原因は、ボルジア共和国から繰り返し行われていた参戦要請とは別に、彼女を共和国で力を持つ重鎮の馬鹿息子の元へと嫁がせろとの要請が含まれていたからだそうだ。まぁ、表向きは留学→運命の出会い→結婚といった流れだそうだがね。要は、フォラフ自治国家が馬鹿な事を考えない様に、首輪をしたいって所だろう。幾ら自分達寄りとは言え、参戦要請に対して一向に色好い返事をしないフォラフ自治国家へ、ボルジア共和国側が不信感を募らせているって事だな。
アイザフ大佐率いる、偽装軍艦ディーシー号が惑星ボッシュを極秘裏に出航したのは6日前の5月12日の事だそうだ。共和国側からの追跡を避ける為に幾つかの偽装航路を渡り歩き、例のデブリ帯へ艦を潜ませたのが、5月17日。つまり、俺がこのランドロッサ要塞に着任した日って事だ。そして、第16コロニーにいる潜入工作員と反共和国派の地下組織へ受け入れの為の連絡を取っていたそうだ。そして、その返事を待つ最中、この要塞を出撃した第1分艦隊と偶然遭遇し、攻撃してしまったと。
「何ていうか、発砲さえ無ければ双方に取って最良の結果に終わったんじゃなかろうか……」
「……否定出来ませんね。実際、此方の駆逐艦は発砲を受けるまでディーシー号を探知出来ていませんでしたので」
「だよな。アイザフ大佐に同情するわ」
「同感です」
アイザフ大佐から話を聞いている中で、最も気になったのが発砲した理由だった。当然ながら、彼らの任務を考えたらデブリ帯で第16コロニー側の受け入れ準備が整うのを静かに待つべきだったのだ。では、何故かの艦から此方の駆逐艦に対して攻撃が行われたのか。その理由が、最重要人物たるナターシャ・ムル・モルゴフだった。
あろうことか、彼女は此方の艦隊に対して息を潜め静観する事を決めたアイザフ大佐の判断を臆病だと叱責した挙句、勝手にコンソールを弄って発砲したのだった。何て言うか馬鹿娘だな。実は共和国の馬鹿息子とお似合いなんじゃなかろうか? 自分を助けようとしているアイザフ大佐達を危険に晒すとか、馬鹿の極みだろ。勇気と無謀を履き違えているとしか言いようが無い。ただ、アイザフ大佐にとって運が悪かったのは、此方の艦隊は発砲を受けて即時撤退してしまった事だろう。結果として彼女は増長し、次の遭遇時に再び発砲して自ら交戦を開始してしまったのだから。
「馬鹿の子守りは苦労するって事だな。で、その彼女は監房で大人しくしている?」
「今の所、特に騒ぎは起こしていないようですね。多少はショックを受けているのでしょう」
「立ち直ったら、五月蠅くなりそうだ……」
「頭の痛い問題です」
さっさと、第16コロニーにいる協力者達に押し付けたい。でも、この要塞の事を下手に喋られるのもな。口止めしたとしても、ナターシャみたいな女性は簡単に口を滑らせるだろう。その結果、此方は否応無しに余計な騒動に巻き込まれる羽目になる。うーん、最悪だ。オッサンとして、他人の書いたシナリオに巻き込まれるってのは、いけ好かないんだよ。
「共和国が気が付いて追跡艦隊を送り込んで来るまでにどれ位の時間が有ると思う?」
「アイザフ大佐の話では、彼女の従妹が影武者を演じているとの事でしたので、暫くはバレないかと思います。とは言え、何れはバレるでしょうね」
影武者とか、この宇宙に進出した時代でも普通に使われるんだな。まぁ、逆に考えればこれだけ技術が発展した世界でも通用するって事なのだろう。従妹って言っていたから、それなりには似ていると思われる。上手く時間を稼いでくれている事を祈るしか無いか。
「影武者がバレた後の共和国の動きはどうなる? 直ぐに追跡の為の艦隊を派遣するかな?」
「まずは自治国家に対して事実関係の追求を行うでしょう。それに対して自治国家側がのらりくらりと追及をかわしたとしても、精々稼げる時間は僅かですね。共和国本国に情報が流れれば、そう時間を掛けずに、自治国家に対する懲罰を行う艦隊と、ナターシャの追跡を行う艦隊のそれぞれが派遣されるかと」
「懲罰ってのは、自治国家に対して攻撃するって事?」
「そうですね。騙した事への見せしめとして、例えば穀倉地帯を焼き払うと言った具合でしょうか。次はもう無いぞと言う意味を込めた最終通告になります」
「その一方で、追跡を行う艦隊が放たれると……」
ボルジア共和国の中心惑星は確かステッサだったな。手元の端末で情報を見返してみると、惑星ステッサとランドロッサ要塞との彼我の距離は26光分とある。大体4億6,800万kmって事か。
「ソフィー。共和国の艦船ってどの程度の速度が出るのかな?」
「そうですね。駆逐艦で時速250万km、巡洋艦で220万kmと言った所でしょうか?」
「あれ? アスローン級駆逐艦に比べて、随分と遅いな」
「それは、ボルテスの定理の影響ですね」
「ボルテスの定理?」
何やら、見知らぬ単語が登場したな。艦艇の速度に影響する定理って何ぞや?
「簡単に説明しますと、一定速度まで達した艦艇が、突然前触れも無く空中分解してしまう現象の原因について定めた物ですね。実際には速度到達以前から、通常では感知困難な程に微細な振動が船体に発生し始め、最終的に空中分解へと繋がります。銀河連邦時代はワープ航法の発明により、必要以上のスピードアップが不要となったので半ば忘れられていた定理ですが、その後のワープ航法の技術的な消失と共に再び注目される様になりました」
「具体的に、その速度の限界ってのは?」
「当時の測定で時速350万kmだと言われています」
350万kmか。確かアスローン級駆逐艦で300万kmって言ってたから、50万kmの差が安全マージンって所なのだろう。だとしたら、どうして共和国の艦艇は更に速度が低いんだ?
「共和国の艦艇が、うちの艦艇よりも更に速度が遅いのは何故だ?」
「彼らの冶金技術の限界だからです。未だに銀河連邦時代の冶金技術水準までは達していません。昨日のディーシー号との戦闘で此方の損害が軽微だったのも冶金技術の差が有ります」
「なるほど。冶金技術が低いせいで、共和国の艦艇はより低い速度で空中分解のリスクがあると?」
「その通りです。彼らの冶金技術ですと、時速300万km前後が空中分解に達する速度だと思われます」
「そうか。説明ありがとう」
さて、そうなると共和国の追跡艦隊はどの程度の日数で此処まで到達出来る? アスローン級駆逐艦で計算して6日半だよな。向こうの艦隊の構成艦にもよるのか……。
「ソフィー。今の所、中央管理AIの方ではそれらしき艦隊の出撃情報は掴んでない?」
「お待ち下さい……。今の所は、目立った艦隊の動きは……、いえ休暇中だった艦隊に出撃準備が掛けられてますね」
「それは何時の話?」
「今朝ですね。現時点で、3個艦隊21隻が出航準備を開始している様です。今の状況から推察するに、後12時間余りで出航するかと。それぞれが巡洋艦1隻、駆逐艦4隻、補給艦2隻からなる高速艦隊ですので、追跡を担う艦隊だと思われます」
「出航まで12時間か。その艦隊はどの程度の速力が出るかな?」
「最も脚の遅い補給艦に艦隊全体の速度を合わせる事になりますので、時速200万km前後ですね」
200万kmか。そうなると、日数的には最短で9日と18時間って所か。まぁ、あくまで最短コースで此処を目指した場合だけどな。速度差のある艦艇で艦隊を編成すると結構問題も有るんだな。
さて、此方の今後の動きだけど。今日の午後に、改アスローン級駆逐艦2隻が建造を完了する。これで此方の機動戦力は駆逐艦4隻となるな。性能差を考えると40隻程度までならば相手に出来るとは言え、向こうには巡洋艦がいるし油断は出来ない。まぁ、3個艦隊全てがこちら方面に来ると仮定した場合だけどな。それに、ディーシー号は此処まで偽装航路を通ってきたらしいから、逃走経路を特定するまでには多少の時間も掛かるだろう。流石に第16コロニー目指してたのが速攻で共和国にバレたりしないよな……。いや、油断せずに最悪を想定するべきだな。オッサン、過去の教訓は信じる派!
お読みいただきありがとうございました。
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※次回は24日6時更新予定です。