3.5-2:カワル宙②
次回から要塞に戻ります。
「先の帝国との一戦、そして今回の辺境での蛮族との一戦。君が軍務大臣に着任してから今日まで、精強無比を誇った筈の我が軍に陰りが見える様になったのは何故かね?」
「それは……」
「まぁ、良い。で、パーカー君。蛮族どもを叩き潰すのに必要な戦力は、どれ位だね?」
「はっ……?」
「倍の2個艦隊かね? 或いは用心して3個必要かね?」
「……」
既にローズベルトの脳内では、お痛をしたランドロッサ要塞へ軍事的報復が決定事項となっていた。躾のなされていない野良犬に噛み付かれ、痛みに堪えながら笑顔で頭を撫でる様な事を彼はしない。バットで何度も滅多打ちにし、どちらが上かを徹底的にその身に理解させるのが彼のやり方だ。
「調子にのっている蛮族には、この辺で厳しい調教が必要だとは思わないかね?」
「全くですな! 閣下の共和国を敵に回す意味、その身体で分からせるべきかと!」
「ふむ、バイメン君もそう思うかね?」
「はい! 徹底的に躾けた後で、閣下のご偉功を知れば必ずや蛮族共も恭順するでしょう。そうなれば、後は帝国或いは連邦との前線にて、最後の1兵まで使い潰せば良いのです」
「なるほど。……悪くないアイディアだ、バイメン君。皆もそう思うかね?」
そう言って、ローズベルトが他の閣僚達の顔ぶれを確かめる。話を振られた閣僚達は、誰もが引き攣った笑顔を浮かべながら、バイメン商務大臣の案へ賛同を示す。パーカー軍務大臣も彼らに倣うしかなかった。
「では、パーカー君。マーク・トゥウェイン要塞から3個機動艦隊を出撃させたまえ」
「閣下!? マーク・トゥウェイン要塞は帝国方面睨む要衝の1つですぞ! あそこから更なる戦力の抽出は!?」
「パーカー君。君は私に意見するのかね? 何時から、私より偉くなったのだね?」
「そ、それは……。ですが、閣下!?」
「パーカー君。残念だが、どうやら君は疲れている様だ。……誰か居るか!」
『はっ!』
ローズベルトの呼び掛けに対し、会議室の外から即座に反応がかえってくる。ノックの後、屈強な軍人達が4名室内へと姿を現した。彼らを一瞥しローズベルトは指示を出す。
「お呼びでしょうか、大統領閣下!」
「うむ。実はパーカー君には療養が必要でね。丁重に、連れて行ってあげてはくれないかな?」
「はっ! お任せ下さい!」
「閣下!? 私は、何処も悪くありません! お考え直しを!? 私は、わた、離せ! 離してくれっ!?」
「さぁ、軍務大臣。行きましょう!」
「止めろ! やめてくれ!? 閣下! 閣下ぁ……!!」
4名の軍人達に担ぎ上げられる様に退室させられていく、パーカー軍務大臣。叫び声だけは何時までも廊下に響き渡った。その後、遠くの方で銃声の様な音がしたとか……。
「さて、諸君。パーカー軍務大臣は病気の為に辞任した。もし……、他にも体調が優れない者が居たら、言ってくれたまえ。直ぐに最高の治療を手配しよう」
「「「「……」」」」
「閣下! 我ら皆、閣下の為、共和国の為、最後までこの身を捧げる覚悟にございます! 然らば、休んでいる暇など無いかと!」
「ふむ、バイメン君。……私は、何時も君に助けてられているな。どう感謝すれば良いのやら」
「閣下!? その様な事はございません! 閣下あってこその共和国ではありませんか! 閣下の為、共和国の為、私はこの身を捧げているに過ぎません!」
「ありがとう、バイメン君。他の皆も、どうか私を助けて欲しい。全ては共和国の為に……!」
閣僚達が口々にローズベルトを褒め称える言葉を口にする。無論、そこに本心など込められてはいない。だが、誰もが自身の身を守るためにそうせざるを得ないだけだ。恐怖が彼らを縛っていた。
3大勢力の1つ、ボルジア共和国。元軍人であり、民衆からの絶大な支持をバックに、明確な恐怖を持って政治中枢を支配するウィリアム・ローズベルト大統領。彼とランドロッサ要塞司令官、香月一馬との邂逅はもう少し先の話となる。
「カーソン君。軍務大臣への就任おめでとう」
「閣下! 感謝致します!」
「さて、早速で悪いが君には辺境の蛮族共の調教を頼みたい」
「お任せを!」
会議から数時間後、すっかり元通りになった自室にてローズベルトは新たな軍務大臣に選ばれたカーソンと2人で会談していた。カーソンは、元は軍の中でも主に兵站畑を進んできた男だった。それが、ローズベルトの副官をかつて務めた縁で、遂に軍務大臣にまで登り詰めることとなったのである。まぁ、前任者が病気を理由に職を辞した事も遠因ではあったが。
「マーク・トゥウェイン要塞から3個機動艦隊を差し向ける。指揮官はアレックス・ケイデン大将だ。君は彼と共に、愚かな蛮族に現実を見せてやりたまえ」
「お任せ下さい、閣下! 必ずやご期待に応えましょう!」
「そうか、それは頼もしい言葉を聞いた。で、道中もう1つ頼みたい事があるのだがね?」
「と、言いますと?」
先ほどの会議の際に決めた通り、マーク・トゥウェイン要塞から3個機動艦隊を差し向ける事を告げるローズベルト。だが、彼はただ蛮族を調教する為だけに艦隊派遣をする心算などなかった。彼の考えは、悪魔的とも言えるものだったのだ。
「……ところで、カーソン君」
「何でしょうか、閣下?」
「我が精強無比の共和国軍に、敵前逃亡する様な者達は必要かね? 共和国軍の軍人たるもの、最後の1兵まで戦い続けるべきでは無いかね?」
「それは……。そうですな」
「そうか、分かってくれるか。ならば、話は早い……」
そして、ローズベルトの口から恐るべき指示が飛び出す。
「良いかね、カーソン君。第6機動艦隊は……、卑劣な蛮族との戦いにおいて最後の艦まで勝利を信じて戦い抜き、奮戦虚しく宙へと散ったのだ。……命惜しさに投降した指揮官も負け犬同然の敗残兵など、初めから存在しないのだよ」
「閣下……」
「カーソン君、分かるかね? 辺境宙域から逃げ帰ってくる様な無様な艦は、我が軍には1隻も存在しないのだよ。皆、宙で勇敢に戦い散ったのだ……。これから君が何をすべきか、分かるね?」
「っ……!?」
ソファから立ち上がり、窓際まで満足そうにゆっくりと歩いていくローズベルト。その後ろ姿を茫然と眺めながら、自身の最初の仕事に絶望するカーソン新軍務大臣。対照的な2人の姿が室内にはあった。
フォルトリア星系歴524年11月2日。フォラフ自治国家宙域から、第6機動艦隊残存艦および地上部隊の本国への退却が開始された翌日のこと。共和国軍マーク・トゥウェイン要塞より3個機動艦隊が出撃をしていった。主目的は、敵対するランドロッサ要塞に対しての軍事的恫喝および報復攻撃。そして、その道中で邂逅するであろう、敗北し敵前逃亡同様に本国へと逃げ帰ろうとしている者達への懲罰執行であった。
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次回もお楽しみに!