3.5-1:カワル宙①
間章始まるよ。ちょっと、最初はシリアース気味に。
まるで嵐が襲来かの如く、荒れ果てた室内。机は引っ繰り返り、椅子は本来あるべき場所から遠く離れた場所に拉げた状態で転がっている。書類や書籍が床一面に散乱し、テーブルランプは粉々に砕け散っていた。
その様な状況にある部屋の真ん中に男が1人佇む。その惨劇を作り出した張本人は、どこかスッキリとした表情で待ち人の到着を待っていた。
少しした後、控えめなノックと共に部屋の扉が開き、1人の初老の男性が室内へと姿を現した。彼は、この部屋の主に仕える使用人であった。室内の様相に一瞬だけ眉を顰めたものの、直ぐに落ち着いた表情へと戻ると、主へ来室目的を告げた。
「閣下。閣僚の皆様が会議室に到着されました」
「そうか、ご苦労。……すまないが、手が滑ってしまってな? 片付けを頼めるだろうか?」
「左様でしたか。閣下、お怪我はございませんか?」
「問題無い。では、後は頼むぞ」
「畏まりました」
使用人の肩を軽く何度か叩いた後、部屋を去っていく閣下と呼ばれた男。彼の名はウィリアム・ローズベルト。現ボルジア共和国大統領を務める男である。元軍人らしく鍛え上げられた肉体は、退役し政治家に転身した後も衰えを見せない。
護衛を引き連れ、共和国の閣僚達が揃う会議室へと入室するローズベルト。室内に居た男女7人の閣僚達は一斉に立ち上がり、緊張した表情を浮かべながら彼へと首を垂れた。そこには、明確な立場の差が存在していた。
「おはよう、諸君。さぁ、座り給え」
ローズベルトが着席するのを待ち、閣僚達も席に着いた。直ぐに給仕係によって、各々の前へ飲み物と軽食が運ばれてくる。なお、ローズベルトの前には熱々に加熱された鉄皿の上にのった分厚いステーキが運ばれてくる。湯気の立ち込めるそのステーキに、フォークを突き刺しナイフで一切れ切り出し口に運ぶローズベルト。血の滴るステーキを咀嚼する音だけが室内に響く渡る。
「……」
誰も、音を立てない。静寂の中、2口3口と切り分けたステーキを口に運び続けるローズベルト。異様な光景は、彼がステーキを食べ終わるまで続いた。
「さて、先ずは確認をしておきたい事があるのだがね? 以前、私はこの場において、あの程度の辺境の惑星など1個機動艦隊も配備すれば、十分に管理出来ると聞いた覚えがある。とは言え、人は誰もが間違いを犯すものであり、それは私とて例外ではない。もしかしたら、私の聞き間違いだったかもしれない」
そこまで一息で言い切った後、ローズベルトは自身とテーブルを共にする閣僚達の顔を1人1人見渡しながら、表情を一切変えず問い掛ける。
「誰か、私以外に聞き覚えのある者はいるかね? それとも、私の聞き間違いかね?」
蛇に睨まれた蛙が如く、額に冷や汗を浮かべながら閣僚の多くが二の句を告げずにいた。その中で、動きを見せた2人の閣僚。僅かな差で、ローズベルトの右隣りに座っていたカエル顔の男が先に発言をした。
「お、恐れながら、閣下に申し上げます」
「ふむ。バイメン君、何かな?」
「はっ! 先ほどの発言に付いて、私めも記憶に御座いまして……」
「ほぉ? 私の聞き間違いではなかったと?」
「はい。確かに、この場で閣下が仰った発言をした者がおりました」
ハンカチで汗を繰り返し拭いながら、どうにかそれだけ告げたバイメン商務大臣。閣下こと、ローズベルト大統領の腰巾着とも揶揄される男だが、商務大臣としての彼の手腕は決して悪くはなかった。むしろ、帝国及び連邦を相手に戦乱が続く中で、共和国経済を一定の水準に保ち続けている彼の評価は高かったのである。
「そうか。やはり、私の聞き間違いでは無かったか。……では、バイメン君。その発言をした者は、誰かね?」
「それは……」
「私です、閣下。私が、この場で閣下に対し発言致しました」
バイメン商務大臣の言葉を遮る様に発言したのは、共和国軍を預かるパーカー軍務大臣であった。顔面蒼白ながら、政敵とも言えるバイメン大臣に名指しされる前に自身から名乗りを上げたのであった。
「ふむ、パーカー君。君が先の発言をした事に間違いはないのだな?」
「……はい、閣下。間違いなく、私の発言です」
「そうか……。では、聞こう。派遣されていた第6機動艦隊はどうしたのかね?」
「それは……」
唇を噛み締め、俯くパーカー大臣。だが、ローズベルトは彼のその様な姿を見ても、追求を緩める事は無い。彼が知りたいのは事実であり、個人の内心などに興味はなかった。
「私が今朝ほど聞いた報告では、全艦隊の4分の3強を失ったとか? 一体、何故この様な無様な事になったのかね? そもそも、どうして私の元まで情報が来るのに3日もの時間が掛かったのだ? 答えたまえ、パーカー君」
「はい、閣下。第6機動艦隊の残存艦は450隻余りであり、その殆どが輸送艦などの非戦闘艦との報告を受けております。また、ご報告が遅れた事に付きましては、情報の精査に時間が掛かりまして……」
「時間稼ぎの言い訳は必要ないのだよ、パーカー君。私が知りたいのは、理由だ。何故、足りていた筈の艦隊が負けたのかね?」
「それは……」
ローズベルトの問いに、答えを返せないパーカー軍務大臣。敢えて言うならば、彼もまた理由が良く分かっていなかった。僅かな期間で事態が大きく変化した。艦隊司令が旗艦と共に戦死し、地上はテロリストが大暴れ、そして機動艦隊そのものが壊滅した。
「そもそも、非戦闘艦を含めてとは言え2,000隻もの艦隊が、600余りの蛮族に負けるとはどういう事かね? 一体、前線指揮官達は何をしていたのだね? もしや、敵を前に昼寝でもしていたのか? だとしたら、資質を疑うがね……」
「で、ですが凡そ半数の敵艦を仕留めました。兵達は、皆良く戦ったかと……!」
「1,500隻強を失った我々と300隻余りを失った蛮族、さて勝者はどちらだね?」
「……」
そもそも、蛮族ことランドロッサ要塞側が300隻も失った事実は存在しない。むしろ、その3分の1にすら達していなかったのだ。更に、管理者によって傷ついた艦は全て元通りになっており、もう1戦すら可能な状況にあった。だが、それらの情報は共和国本国へと正しく伝わっていない。途中で、妨害が入っていたのだ。嘘の戦果報告を信じ込まされた、哀れな軍務大臣。残念ながら、彼の悲劇はまだ終わらない。
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次回もお楽しみに!