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34歳のオッサンによるフォルトリア星系戦記  作者: 八鶴ペンギン
第3章:夜明け
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3-19:対第6機動艦隊戦⑩

慕われる上司になろうの回。

 「負傷者を医務室へ運ぶ! 手を貸してくれ!」

 「そこを急いで塞げ!」

 「左舷側にも救援を急げ!」

 「予備電源への接続はまだか!?」


 彼方此方で天井が崩れ落ち、剥き出しの配管から水や蒸気が噴き出している。ひび割れしたモニター類からは火花が飛び散り、停電した指揮所内を時折、照らし出す。その中を、頼りないライトの灯りを頼りに負傷した者達を運び出す乗組員達。彼らもまた、大なり小なりの傷を負っている。


 「……痛みますか?」

 「……これ位、どうって事は無い。それより、戦況はどうなっている?」

 「何分、指揮所内の大半がこの有り様では……。艦橋も、友軍艦が至近距離にて爆沈した影響で通信途絶状態です」

 「そうか……」


 サミュエルは左舷側に張り付いた敵艦載機の狙いを、最初の被弾時点で正確に掴んだ。無論、それは神業とも言える至難の業である事は間違い無かった。しかし、あれだけの機動をやってのけるパイロットならばと、彼は確信したのだった。だからこそ、図体の大きい戦艦離れした回避行動を直接指揮した。しかし、2撃目も喰らい、指揮所内も至近距離での爆発に大きく揺さぶられる結果となった。


 爆発の衝撃で、指揮所内の者達は天井や壁、床に機器類へと叩き付けられた。それでも尚、やらせはせぬと誰もが怪我をおして奮闘し回避行動を続けた。そして、運命の瞬間が訪れる。多数の負傷兵が出た事で繊細さを欠き艦の回避行動は慢性的になり、ついに左舷を敵艦載機に晒す事を許してしまった。勿論、敵艦載機もまた左舷を捉えんと行動した結果ではあったが……。


 「あの状況に割って入る事が出来た艦が居たとはな……」

 「咄嗟の判断だったとは思いますが、その結果として我々は救われました」

 「あぁ。その挺身を無駄にする訳にはいかん」

 「……」


 あの瞬間、サミュエルは死を覚悟した。無論、軍人として何時かは戦場で散る事を覚悟していた。だが、味方の挺身によって助かった事に、何処かホッとしている自分が居る事にも気が付いていた。

軍人としては恥じる事かもしれないが、人としては当然とも言える反応であった。


 「しかし、疑問なのだが……。何故、我々はまだ生きている?」

 「……確かに。追撃する機会はあった筈ですな」

 「見逃されたと言うべきか、或いは何等かの理由でそうせざるを得なかったか」

 「……理由は不明ですが、今は先の事を考えるべきかと?」


 そう言って、サミュエルの正面へと回る副官。姿勢を正し、言葉を紡ぐ。


 「サミュエル中将。連絡艇へ御乗り下さい」

 「……それは」

 「此処は私が最後まで指揮を執ります。どうか……」

 「しかし……」


 副官の言う事の意味が理解出来ぬサミュエルでは無い。だが、軍人として指揮官として、1人の人間としてそれで良いのかと彼の心が語り掛ける。脱出し生き延びて、再起を図るのも手ではある。だが、多くの将兵の命が失われたこの場所から、指揮官たる自分が生き延びて良いのかとも悩む。それでなくとも、自分達を助ける為に味方艦が犠牲になったばかりである事に後ろ髪を引かれていた。


 「中将。貴方には生きて、語る義務があります。此処で何が起こったのか、今後何をなさねばならぬのか。死んで逝った輩の為にも、どうか生き恥を晒しては頂けませんか?」


 そう言って、頭を下げる副官。そして、その様子を見ていた指揮所の者達もまたその手を止めてサミュエルを見つめ、思いを口にする。彼らだって、本当ならば逃げたいのだ。でも、それでもやるべき事があると本心を胸の奥底へと押し込んで今するべき事をしていた。


 「我々からもお願いします、閣下!」

 「何時か、仇を取って下さい!」

 「家族に伝えて下さい! 最後まで共和国の軍人として戦ったって!」

 「お願いします、中将閣下!」

 「お前達……」


 僅かな灯りしか無い指揮所内で、彼方此方からサミュエルへと声が掛かる。誰も彼もが、痛みを堪え、笑顔で彼を送り出そうとしていた。口々に告げるその言葉。とても重い言葉。


 自分達の分まで生きてくれと。

 必ず、仇を取ってくれと。

 己が戦働きを語り伝えてくれと。


 その一言一言が、サミュエルの胸の内へと止めなく入ってくる。その言葉に込められた想い、無念さ、悔しさ、悲しみ、怒り、恐怖、それらが彼の背中を押し脚を進める決断をさせた。


 「……此処を頼む。皆、何れまた会おうぞ! その時まで、私の席を温めておけよ!」

 「「「「はっ!」」」」


 来世での再会を誓い、今世での別れを告げる。最敬礼で見送る部下達を後目に、サミュエルは指揮所を離れた。軍人として、艦隊を預かる指揮官として、決して涙は見せぬと誓っていたが、今はどうにも涙腺が緩いなと彼は呟く。身体を小刻みに振るわせながら、案内を任された下士官と共に薄暗い通路を進む。


 「……必ず、借りは返すぞ」


 軍服の袖で強引に目元を拭い去り、前を見つめるサミュエル。その瞳に宿るは闘志のみであった。




 第204任務部隊を率いるサミュエル中将の脱出から30分余りの後の事。TF204の旗艦を務めた戦艦「ウィンチェスター」は、ランドロッサ要塞軍の旗艦『スレイプニル』率いる第1戦隊との壮絶な砲撃戦の後、爆沈したのであった。副官以下、艦に残った者達は全員が運命を共にした。


お読みいただきありがとうございました。

次回もお楽しみに!

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