3-15:対第6機動艦隊戦⑥
週の初めはオッサンと!
※いつも誤字報告、ありがとうございます。助かります。
「巡洋艦カウリー、操艦不能! 駆逐艦ジャクソン撃沈!」
「戦艦デュポア、メインスラスターを損失! 戦線から脱落します!」
「あぁっ!? 駆逐艦カーウィンも爆沈! 友軍の被害、止まりません!!」
「TF198前衛艦隊の被害甚大!」
次々と入って来る報告は悪夢としか言いようが無かった。戦況を変える為、ある程度の犠牲を覚悟で乾坤一擲とも言える攻勢に移ろうとした矢先、サミュエル中将が率いる第204任務部隊は理解不能の機動性を有する1機の艦載機を前に振り回される事になった。
運悪く、攻勢に入る時点では何の妨害も受けてはいなかった左翼の第198任務部隊が、敵艦隊にノックをする為に仕掛けた直後の事であった。
「……敵艦載機の情報は?」
「形状からして、コンラッドコロニー宙域にて確認された可変機の様です。ですが、TF211から得られた情報よりも、武装面及び機動面で大幅な強化が見られます。特に機動性に関しては異常としか……」
「偶然か、或いは必然か……。敵艦隊旗艦と思しき艦と同様のカラーリングとはな」
「敵のエース機だと?」
「むしろ、アレに敵の司令官が乗っていたら面白いんだがな」
「それは……」
彼らは知る由も無いが、ある意味でその予想は的を射ていた。しかし、それに彼らが気が付く事は無い。友軍艦への誤射を警戒しつつ最大火力での対空射撃が行われているが、一向にたった1機の艦載機が墜ちる事は無い。
メインスラスターとサブスラスター、ミサイルパック兼用追加ブースターから得られる推進力による異常な機動性に加え、近距離からならば戦艦の装甲すら貫通する砲弾を発射する主武装が猛威を振るう。戦艦が、巡洋艦が、駆逐艦が等しく紫色の艦載機を前に沈められる現実は、TF204の乗組員達の心に重く圧し掛かっていた。
「緊急電! 後方のTF211より支援艦隊に被害が出ていると!」
「……例の見えざる脅威が後方へと狙いを変えたか」
「戦闘艦が減ったTF211では、かなり厳しい戦いになりますな」
「先ほど同様に空母を続けて狙うかと思ったが、敵も手を変えて来たか」
既にサミュエル自身の艦隊から空母は消え去っている。艦載機隊による支援が薄れた結果が、敵艦載機に好き勝手される結果ともなっていた。だが、現状を嘆いている暇は彼には無い。ノックする役目を請け負ったTF198は、敵旗艦への血路を開かんと今なお苛烈な攻勢を続けている。その状況を座して見ている事など彼には出来なかった。
「……本隊を前に出せ。敵艦載機を此方に引き付ける。残りの艦隊は、敵艦隊旗艦の撃沈に総力を上げる様に厳命せよ」
「はっ! 直ちに!」
「皆には、久しぶりに儘ならん戦いを強いる事になるな」
「止むを得ません。最後に勝って祝杯を上げれば良いのです」
「そうだな……」
それが厳しい事くらい、サミュエルも副官も理解していた。任務部隊の旗艦を含む本隊を囮にする以上、最悪の事態も想定せざるを得ない。色々とセオリーやら常識やらが通じない相手との戦闘が此処まで厄介なのかと、彼らは痛感させられていた。だが、このまま負ける訳にはいかなかった。
「TF198前衛艦隊壊滅! 左翼側前線が崩壊します!」
「巡洋艦エセット撃沈! 同じく巡洋艦ハドソン大破!」
「当方前衛艦隊、被害増大! 誤射も多数発生!」
「敵艦載機! ……本隊に向け移動を開始した模様!」
「来るか……」
前衛艦隊を散々愚弄した敵艦載機が、自身の直掩艦隊へと向かって来ている事実を知ってもサミュエルの表情は変化しない。そもそも、自身の艦隊で引き付ける予定だった以上、向こうから来てくれる事はメリットしかないのだから。結果として、他の友軍艦隊が受ける被害が減るならば御の字というもの。
「駆逐艦及び戦艦の全主砲に、拡散弾を装填。巡洋艦の対空射撃で回廊を作り、正面に誘き出せ」
「お言葉ですが、それは既に他の艦隊で散々失敗しているのでは?」
「……ここまでの情報が確かならば、恐らく避けられるだろうな。だからこそ、奴の推進剤が切れるまでの時間を稼ぐしかあるまい」
サミュエルのその発言は、敵艦載機に対する事実上のお手上げ宣言とも言えるものだ。推進剤が切れるまで、耐え忍ぶ以外に選択肢は無いのだと。彼が知る由も無いが、敵側の司令官は高いパイロット適正を有しており、特別改造を施された艦載機と合わさる事で、定数を満たした1個任務部隊ですら機動性をもって相対出来るだけの戦力となり得ていたのだ。
「敵艦載機、間も無く会敵!」
「対空砲火を密に! 敵艦載機を近づかせるな!」
「友軍艦隊、間も無く敵左翼と交戦を開始!」
敵艦載機に喰い付かれんとしている本隊を後目に、残りの友軍艦隊は敵旗艦撃沈の任を果たす為に要塞軍左翼へと殺到していく。その様子を満足気に見つめながら、モニターに映し出される敵機へとサミュエルは視線を向ける。
計画を根底から覆した1機の艦載機。あり得ざる機動を誇る機体。自軍の艦載機隊では、恐らくただ追随する事すら不可能だろうなと、彼は予想を立てる。実際、共和国軍の艦載機ではベースとなった『オグマ』ですら、速度差で振り切られるだけなので、その見立ては正しい。
「紫の悪夢、いや悪魔とでも言うべきか……」
「目の前に存在する分、ヤツの方が怖いかもしれませんな?」
「実体のある恐怖か……」
「物語で描かれる恐怖よりも、目の前の明確な恐怖の方が精神に来るものです」
「……物語の恐怖と言えば、子供の頃は母の話す『マイトの船乗り』に随分と怯えたものだ」
『マイトの船乗り』。ボルジア共和国で誰もが知っている、死してなお宙を彷徨っている幽霊船乗り達の物語。共和国では、子供達に様々な教訓を教える教材としての側面が強い。とは言え、子供心には中々恐怖を覚える箇所も多く、サミュエルの様に苦い記憶として残っている者も少なく無い。
「自分は『スレイプニル』を思い出しましたな」
「……『スレイプニル』。確か、旧時代の艦名だったか?」
「物語として残る程、鮮烈な戦果を残し歴史に消えていった艦です。艦は沈まずとも、歴代の全艦長が別の艦へと転属した翌日に戦死した曰く付きの艦でもありますな……」
「……艦に運を吸い尽くされたとでも?」
「かもしれませんな。ちなみに、……『スレイプニル』の名を拝命した艦は、代々紫のカラーリングが伝統的に施されていたそうです」
「……」
艦長以外は不沈艦とも謳われた『スレイプニル』。銀河連邦の成立から崩壊まで、歴史の中で鮮烈に輝き続けた艦。偶然だろうが、その艦と同系統の色合いを持つ艦が自分達の前に立ちはだかっている事に、サミュエルは底知れぬ恐怖を感じた。
お読みいただきありがとうございました
次回もお楽しみに。