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34歳のオッサンによるフォルトリア星系戦記  作者: 八鶴ペンギン
第3章:夜明け
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3-5:準備

今回は、クッ殺担当が活躍する前段階。

 最低限の照明のみ付けられている室内。左右の壁一面に幾つものモニターが設置され、映像や文章等の膨大な量の情報がそこには映し出されている。それらに向き合う形で30人余りの女性型アンドロイド達が、サングラス型のヘッドマウントディスプレイを付け、手元の入力端末を人の数十倍もの速度でミス無くタイプし続けている。彼女達は、容姿から髪型、服装まで全てが同じデザインで統一されていた。


 『ターゲットα、システム掌握完了。作戦開始まで待機状態に移行』

 『ターゲットβ-1から5、システム掌握完了。作戦開始まで待機状態に移行。β-6から10、システム掌握まで240秒を予定』

 『ターゲットγ-1から4、システム掌握完了まで320秒を予定。β-5から8、第2防壁突破』

 『マンターゲット1から4。艦内位置掌握。各通路、隔壁閉鎖準備開始』


 機械染みた口調で、次々と状況報告が上がっていく。それらに耳を傾けつつサウサンは自身に与えられている小型端末へと目を向ける。そこには、同僚であるソフィーから簡潔に自身が離れた後の要塞内での打ち合わせの情報が羅列されていた。


 「……ふん、この艦のシステムではこの程度が限度か。もう少し大型艦なら、より多くの艦を掌握出来るものだが、今回の功績をネタに香月に集るとしよう。それにしても、『スレイプニル』とはな……。偶然か、運命か」


 普段のサウサンとは異なり、その表情はどこか憂いを帯びている。だが、その様な表情を見せたのは一瞬だけの事で、直ぐに表情は変わり何時もの無駄に自信に溢れた表情へと戻った。諜報担当として、己の表情を操るなど彼女に取っては簡単な事だった。


 「まぁ、香月が狙って名付けたとは思えんな。あの馬鹿が、入れ知恵をした訳でもないか。であるならば、宙が再び『スレイプニル』の名を持つ艦を求めたと言う事か……」


 『スレイプニル』の名を持つ艦は、かつて銀河連邦崩壊まで、連邦軍において総旗艦を務める艦にのみ代々与えられた由緒ある艦名だった。しかし、連邦の崩壊と共にその名も宙へと消え、未だ何れの勢力においても名を継ぐ船は出てきていなかったのだ。その様な状況下において、自身の主とも言うべき香月一馬がその名を持つ艦を建造した事が、サウサンには少しばかり気掛かりではあった。


 「……」


 サウサンと、一馬との付き合いはドクターと同様、ソフィー達に比べて短い。更に言えば、彼女は任務の為に着任からそう間もおかず、潜航艦にてフォラフ自治国家宙域まで来てしまった為に、信頼関係を構築していく時間もそう多くは取れていなかった。その様な状況にはあったものの、彼女は別に一馬に対して特にこれと言った不満は覚えていなかった。

 少なくとも、サウサンから見て一馬と言う男は情報の重要性と言うモノを決して軽視してはいない。むしろ、必要以上に重視しているとすら感じる。元は、ただの一般人だったらしいが、何処でその様な考え方を身に着けたのか、何時か余裕が出来た時に聞いてみたいと彼女は思っていた。


 「まぁ、良い。私が存分に力を発揮出来る場があるのならば、それだけで十分だ」


サウサンが望むのは、己の力を振るうべき場所がある事、それだけ。勿論、仕事に対する理解も欲しいと思うし、相応の機材や人材も欲しいとは思っている。しかし、何より彼女が重視しているのは己の力を思うままに振るう事が出来る立ち位置であった。その点に置いて、一馬の采配は彼女の飽くなき欲求を満たすには悪く無いものだった。


 『トロイの木馬、各艦最終ポジションへの移動を開始。到着まで300秒』

 『全機動爆雷、射出準備を開始』

 『共和国艦隊。依然、変化なし』


 巡洋艦1隻、駆逐艦5隻、補給艦6隻からなる見えざる刃。共和国軍のデータベースを緻密に改竄し、紛れ込んだ埋伏の毒。多数の機動爆雷に寄生された皮だけの艦隊は、命じられるまま嘗ての同胞へと牙を剝く瞬間を待っていた。刻一刻と進む、『トロイの木馬』発動までのタイムリミット。しかし、その事実を共和国軍は誰1人として気が付いていない。己の身の直ぐ近くまで、死の化身達が近づいている事を。己の命が捧げられるその瞬間まで、彼らは日常と言う感覚が麻痺した世界に支配されている。




 「……」


 第6機動艦隊の総旗艦を務める戦艦『ワイオミング』から、小型連絡艇で自身の母艦たる『フォートスティール』へと戻る帰路に第211任務部隊を率いるヴァルドリッジはいた。艇内で冷静を装ってはいるものの、内側から沸々と込み上げてくる怒気を完全に抑えらえられてはいなかった。偶然か必然か、周囲には八つ当たりされる哀れな同乗者が居合わせなかった事に、彼は内心安堵していた。とは言え、自身の母艦に戻ったら副官のガバナーに対し、機動艦隊上層部への愚痴を溢す事になりそうだと1人口ずさむ。


 「……何故、分からんのだ」


 彼は、前回のコンラッドコロニー宙域で襲撃を受けて以降、今回も含め都合4回に渡り機動艦隊上層部に対し、民間防衛組織『ランドロッサ』に対する先制軍事攻撃の重要性を具申し続けていた。しかし、上層部は毎回その必要性には一定の理解を示すものの、足元―フォラフ自治国家―の安定こそ最優先すべき任務であり、それを完遂してから先の宙域制圧へと乗り出すべきだとの見解を変えようとはしていなかった。

 上層部とて警戒していない訳では無い。前回戦闘のあったコンラッドコロニー宙域まで、それなりの規模の偵察艦隊を定期的に送り込む事をしているし、結果的に却下されたものの本国に増援の依頼もしていたのだ。一方の、ヴァルドリッジとしてもフォラフ自治国家が未だ安定的な統治下に落ち着いているとは思っていない。現に、今も国内の彼方此方でテロや暴動が頻発し、地上戦力が鎮圧を続けている。それでも、やるべきなのだと彼は確信していた。……そもそも、宙の戦力たる自分達が地上に対して何を出来ると言うのか。


 「今なら、まだ遅くは無いのだ……」


 前回の戦闘から考えて敵の保有する艦艇はまだ自分達に比べて少ない、そうヴァルドリッジは確信をしていた。しかし、彼我の艦の性能差を考えると、艦艇数の差が縮まれば縮まる程に不利となるのは自分達の方なのだとも理解していた。だからこそ、敵が十分な対抗戦力を有する前に拠点諸共叩き潰すべきだと考えたのだ。せめて、自分の部隊だけでもと主張したが、その願いも聞き入れられる事は無かった。


 「……」


 長きに渡り前線指揮官として戦ってきた彼の勘は、将来の共和国に取って最悪の脅威として成長する事になるランドロッサ要塞の危険性を現時点で的確に見抜いていた。しかし、悲しいかな。機動艦隊上層部は、彼の具申を受けても動けずにいた。そもそも、地上の安定化は統治を担う管理局の役割であり、その為に管理局指揮下の地上部隊も存在しているのだ。一方で、第6機動艦隊の任務はフォラフ自治国家宙域を含めた周辺宙域の平定だ。故に、明確に敵対行動を取った民間軍事組織を艦隊戦力を持って制圧するのは任務に何ら反する事では無いのだ。しかし、そうヴァルドリッジが主張しても上層部は首を縦には振らなかった。


 「……身内で足の引っ張り合いとは、何と情けない事か」


 第6機動艦隊上層部がランドロッサに対し軍事行動に移れないのは、艦隊内の派閥間で行われる無駄な駆け引きが要因となっていた。特に、前回のコンラッドコロニー宙域における戦闘で寡兵の敵に対し多数の艦が失われ、多くの人命が奪われた事が余計な諍いを招く遠因ともなっていた。更に、帝国戦線へと戦力が抽出された事で、艦隊内における派閥のバランスが崩れ意思決定にも大きな支障を来していたのだ。勿論、どの派閥も殴られて大人しく黙っている様な事は無い。しかし、一方で万が一の結果を恐れ、自分達から動けとは言えない状況に陥っていたのだ。


 身内の醜さに憤るヴァルドリッジは当然知らぬ事だが、敵対するランドロッサ要塞側には派閥と呼ばれるものが文字通り存在しない。正確には香月一馬至上主義とでも言えば良いだろうか。彼が望む様に、要塞全体が自在に動くからだ。勿論、補佐をする者達は時に彼を諫めたりはするが、それでも彼の決めた方針を軸に要塞は行動する。派閥による駆け引きで足並みが揃わず動く事が出来ない共和国軍側と、方針さえ定まれば行動開始までノンストップとなる要塞側との差が、両陣営の戦況に大きな影響を与える事となる。

お読みいただきありがとうございました。

次回もお楽しみに。

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