1-1:オッサン、司令官に(強制)就任する
初めまして、八鶴ペンギンと申します。
随分と昔に二次創作を書いたきり、筆を執っていませんでしたが、久しぶりに書いていきます。
オリジナル作品は初めてで、色々と試行錯誤しながらとなりますので、生暖かい目で見て頂けると幸いです。
目を開けて、最初にとび込んできたのは無機質な灰色の一面だった。自分が横になっている事からするに、目の前のそれは天井なのだろう。だが、これまで何年も見慣れた自宅の天井とは異なる、見知らぬ天井である事が、混迷を誘う。
「何処だ?」
程よい弾性の効いたベッドから身体を起こし、縁へと腰掛ける。改めて周囲を見渡すが、既知の物は何も存在しない。俺がいるのは、天井と同じ灰色の壁で四方を囲まれた6帖ほどの一室。窓は無く、腰掛けているベッド以外には机や椅子すら室内には無い。寝るためのだけの部屋と言う事だろうか?
ふと気になって昨日の事を思い返してみるが、記憶が改竄でもされていない限り昨晩は間違い無く自宅のベッドで就寝したはずだ。それが、今や未知の部屋で独りか。誰かが、今年で34になる独身のオッサンを誘拐したのだとしたらマジで笑える。
「……」
さて、どうするか。何となくだけど、俺が起きた事で動きがあるのではと思う。根拠も確信も有る訳では無いが、態々この場所にリスクを背負ってまで俺を連れてきた以上、相手側には何か目的があるはずだ。まだ生きている以上、それは達成されていないと考えて良いだろう。なら、相手側からのリアクションを待つのが今の最善だと思う。……多分。
そんなこんなで、5分ほど不安と焦燥を感じながら待っていたら、プシュっと言う空気が抜ける様な音と共に、目の前の壁が横へスライドした。あそこに扉が有ったのか。でも、スイッチらしき物は無いな。外からしか開けられないとかか?
「気が付かれましたか?」
そう俺に声を掛けながら室内へと入ってきたのは、1人の女性だった。年の頃は20代半ば位だろうか。地味な黒のスーツを着た白人系の女性。亜麻色の髪は肩辺りで綺麗に切り揃えられている。右手にはタブレットの様な物を持っている以外はこれと言って特徴らしい特徴は無いな。あっ、凄い美人ってのは特徴か。
「どうかされましたか?」
俺が何も反応を返さなかったので、彼女は更に近づき再び声を掛けてきた。
「えっと、貴女は?」
「私の事は§※£¥とお呼び下さい。司令官」
ん? 恐らく名を名乗ったのだろうが、発音が聞き取れなかったな。日本語は勿論の事、英語でも無いし、フランス語とかでも無さそうだな。後、司令官って何だろうか?
「すみません。貴女のお名前が上手く聞き取れなかったので、もう一度教えて頂けますか?」
「これは失礼しました。私の名前は司令官には音として理解出来ないものでしたね。では、改めて私の事はソフィーとお呼び下さい、司令官」
「えっと、ソフィーさんですね。俺は香月一馬です」
「ソフィーと呼び捨てて頂いて結構ですよ、香月司令官」
「はぁ……。ちなみに、さっきから俺の事を司令官って呼んでいるのは?」
司令官という言葉自体には聞き覚えがある。艦隊司令官とか言うよな。でも、俺がそんな肩書きで呼ばれる理由が不明だ。もしかしたら、この部屋と何か関係あるのだろうか?
「此処は、ランドロッサ要塞です。香月司令官はこの要塞の指揮官ですので、そう呼ばせて頂いております」
「ランドロッサ要塞?」
「はい。元は資源採掘が行われていた小惑星ですが、採掘終了後に跡地を利用して要塞としての機能が備え付けられました」
成程、ランドロッサ要塞は資源採掘用の小惑星の跡地を利用して作られたのか。オッサン、1つ勉強になった。いや、重要な事が丸っと抜けているな。
「そもそも、どうして俺は此処にいるのか教えて下さい」
「これは失礼しました。そうでしたね。そこから改めてご説明致します。質問は適宜受け付けますので、お気軽に仰って下さい」
「分かりました」
本来ならば、もっと切羽詰まった感じで彼女に詰め寄って全部を洗い浚い喋らせるべきなのだろうが、そういった気分には不思議とならなかった。何ていうか、此処に自分が居る事をすんなり受け入れられているとでも言えばいいだろうか。本当に、不思議な感じだ。そうして、彼女の説明が始まった。
「まず初めに、このランドロッサ要塞があるのは、香月司令官が元々暮らされていた地球圏、正確に言えば太陽系内では有りません」
寝て起きたら太陽系外の宇宙に来たようだ。これは歴史的な快挙だな。オッサン史上最大の功績と言えよう。
「少なくとも、地球から視認出来る距離では無いとだけお伝えしておきます。とある銀河に属する小惑星群の中の1つで、先ほど説明した通り資源採掘の為に露天掘りが行われていましたが、今から25年程前に採掘が終了し、閉鎖されていました。それを極秘に改造し要塞化したのが、このランドロッサ要塞となります」
「極秘に改造したんですか?」
「はい。あの方の目的に適した小惑星でしたので、勝手に改造させて頂きました」
「あの方とは?」
「香月司令官を此処へお連れした方ですね。私の直属の上司にあたります」
「上司と言う事は、会社とか何らかの組織と言う事ですか?」
「いえ、香月司令官の認識されている会社や組織とは異なります。そして、私の上司は世界を管理する管理者と呼ばれる存在です。私はその管理者の補佐をする立場の者ですね」
彼女の表情を見る限り、嘘を付いている様には見えない。まぁ、隠すのが上手いって可能性も有るけど、直感では信じて良さそうに思える。取り合えず、質問しつつ話の続きを聞こう。
「世界の管理者って神様って事ですか?」
「いえ、全く異なる存在です。香月司令の言う神とは、人間等の知的生命体が同種を効率良く管理・支配する為に創り出した、知的生命体ならざる概念の総称でしか有りません。一方で管理者とは、この宙に数多存在する世界の成長を監視し、その過程を詳細に記録する業務を行っている者の事ですので、別物ですね」
「なるほど。それで、その管理者の目的とは一体? 私が此処に連れてこられた事にも関連してますよね?」
「ご明察の通りです。香月司令官には、この要塞を足掛かりに、戦乱に明け暮れているフォルトリア星系に平和を齎して頂きたいのです」
えっと、戦乱を沈めて平和を齎せと? 俺1人で? 小さな国とかじゃくて、星系規模で?
それ何て無理ゲーですか。本気で電源ポチーしたいわ。
「とても、お役に立てそうに無いですね……」
「香月司令官なら出来ると上司である管理者は踏んでいます」
「何を根拠に?」
「勘だそうです。ですが、管理者の勘は、確定した未来予知と言って過言ではありません」
「未来予知……」
「そして、私が最後まで補佐としてお仕えします。フォルトリア星系を宜しくお願いします、香月司令官!」
「あははっ……」
思わず見惚れる程に見事な敬礼をしながら俺を見つめるソフィーさん。
オッサンは思った。取り合えず、もう一度ベッドに入って寝たら自宅に帰れないだろうかと。
小さな要塞から始まった平和への道は、今その歴史的な第一歩を確かに踏み出した。
時にフォルトリア星系歴524年5月17日。戦乱の勃発から2年と3か月余りの月日が流れていた。
次回も、なるべく早く書きたい。