熾源の斬獲者 其ノ壱
良いお年を
れなのスキルと思われる魔法の伝書鳩に呼び出されて、頼まれた素材の加工があるというアルカエストとは別れて屋敷へ。
『揃ったね』
俺を一瞥するとヤマトは座布団に(包帯で輪郭しか分からないが)腰を下ろした。
『この下、絶望回廊の100層に封印されてるやつについて話すよ』
ついにか、推定エンドコンテンツのボスの説明。
『元の名は『斬獲熾天 セフィロト』』
『今の名は『熾源斬獲 セフィロト・マガツ』』
『かつてこのヤマトに襲来した最悪の天使にして、私の肉体と今は卑欲恋理と呼ばれるモンスターの元になった2人の人間の名前と顔を奪った斬獲者だ』
「奪った……!?」
驚愕の声を上げたのはれなだ。恐らくそんなモンスターの情報はクランのデータにも無いのだろう。多分ガルザークがいても同じ反応をしたんじゃないだろうか。
『ああ、あいつのスキルは全てを奪う。肉体も、名前も、顔も』
ヤマトが左腕の包帯を解いていく。そこには何も無い。あるべき腕が存在しないのだ。
『おかげで今の私は実体のないゴースト、辛うじて世界に引っかかった状態だよ』
ヤマトは何も無い空間に包帯を巻き直して続ける。
『モンスターも強力になる深層領域で私たちが見つけた時点で最低でも三体のユニークボスからスキルを奪っていて、既に手が付けられない状態だった』
『モンスターをユニークボスに変異させるスキル、モンスターを生み出すスキル、人をモンスターに変えるスキル。これらが最悪の噛み合いを発揮してね、放っておけば国どころか大陸が滅ぶレベルだった』
『元から龍皇で半分モンスターみたいなものだった私と違って、弱体化した所にモンスター化のスキルが直撃した2人……『神曲歌姫』と『禍星』は理性を失ったモンスターに成り果てた』
悔いるようにヤマトは言った。
『今ヤマトを、この里の住人を蝕んでいる妖怪化の呪いはアイツの名残だよ』
『肉体を奪われる寸前に、私は最後の抵抗として全力でアイツを封印した』
『ただし、封印しているのは絶望回廊の最終層の扉が開くまでだ。あの時の私は誓約を重ねて漸く封印できるレベルだったんだ、悪いけど封印されているところをタコ殴りにしたりは出来ないよ』
『そして』
『心して聞いて欲しい』
『セフィロトのスキルは死亡した相手にも有効だ』
『如何にプレイヤーでも奪われたスキルは帰ってこないと思って挑んで欲しい』
「つまり、今のそのセフィロトとやらは素のユニークボスとしてのステータスと強奪スキルに加えて『龍皇の肉体』と『神曲歌姫のスキル』と『禍星のジョブ』、取り巻きの召喚、強化スキルを持っているという認識でいいんですね?」
面白いじゃん、エンドコンテンツに相応しいクソゲーっぷりだ。
『ああ、その認識で構わないよ。別に無理して挑む必要はない、奪われたスキルはセフィロトを倒さないと戻って来ないしね。討伐の為に動くのはβテストが終わって正式サービスが始まってからでもいい。何度も田中に掛け合っているし削除されてるかもしれないけどね』
「はい……はい?今なんて言いました?」
『無理して挑む必要はないって言ったよ?』
「とぼけないでください。貴方、βテストって言いましたよね?」
『やっべ……これがホントの脳無しってね』
「まさか……この世界がゲームだって認識してるんですか?」
『あー……うん。天帝は就職時にこの世界の真実を全てインプットされるよ。多分、天帝っていう凄まじい力の持ち主が自分の為、もしくは特定個人のプレイヤーに入れ込んで動かない為だね。お前は主人公じゃないって告げるのさ』
はーい、と気の抜けた声と共にお姉さんが手を挙げた。
「あっし、現職とは全く関係ないけど元工学部なんだけど、その手のAIが意志を持ったら〜だとか、工学倫理について勉強する機会結構あったんだよね」
『ふぅん、それで?』
「あっしは『法律が整うまでコンピューターの電源引っこ抜いて隠蔽すべき』って思った、下手に変な団体みたいなのが湧く前に法整備して、一般人からすれば気づいた時には全部終わってる状態がベストかな」
『つまり?』
「半分は今の理由、もう半分は女の勘だけど、ファケリーちゃん、れなちゃん、ルナテックちゃん、この事は絶対口外しちゃダメ。今AI史の分岐点にあっし達立ってるよ」
『へぇ』
「当の本人……本AI?本龍?まあどれでもいいですけど、呑気なものですわね。あと、クランメンバーが4人ほどカンストしたようなのですがこちらに連れてきてもよろしいかしら?」
「コワ〜……」
「……もしかして私、また足としての運用を期待されている?」
「はいですわ!」
『解散の雰囲気だねー……言い忘れてたけど、絶望回廊は10層事にボス部屋があるけどそのボス部屋はユニークボスが確定で湧くよ、討伐する度に全く違うやつが再生成される』
「「「「…………はい?」」」」
ヤマトの言葉を咀嚼した俺を含めた4人の声が重なった。
まず思ったけど毎回クソゲー仕掛けられる可能性考えると安定突破が難しくないか?
ルナテック、お姉さんは恐らく『優良素材が確定湧き!?』的な、比較的喜びの驚愕。れなは『うちの主力商品の1つが意味無くならないか?』的な憂いの篭った声だ。
『セフィロトの呪いの大半を絶望回廊に押し止めた結果だよ、申し訳ないね』
「ランダムかぁ……周回どれぐらい時間かかるかねぇ?」
「カンスト前提ですしファケリーさんレベルの火力偏重じゃないと削りきれないような調整は……ないとは言いきれませんわね……『天命唯我』の例もありますし」
「これが発覚したらクランの商売上がったり……3人とも、箝口令敷きたい」
「「こんな旨い話独占するに限るよねぇ?」」
『因みにだけどセフィロトは一応3パーティー18人まで共闘で戦えるよ』
「なるほど……うちのクランで4人は増やせますよ!ヒーラー、魔法アタッカー、単体バッファー、前衛物理アタッカー兼サブタンクの4人です」
「まだここに来てないガルザークとレーズン、あとアルカエストも入れて漸く11人……18人レイドを想定しているなら不安が残る。情報漏れ覚悟で『遺跡潰し』あたりを呼ぶ?」
「いえ、あんまり頭数を増やしすぎてもスキルのバイキングになるだけです。ヘイト管理も難しくなりますし……」
4人で頭を突き合わせて会議する。
「装備はどうするかねぇ?大陸に戻らないとファケリーちゃんの機械系装備は調整出来ないよ」
「どちらにせよ大陸に一度戻るのは確定している。サブマスに色々委任していたとはいえクランを空けすぎた」
「よっしゃ、じゃああっしは一度戻ろう、2人はどうする?」
「残りますよ、色々やる事があるので」
「私も残りますわ!ダンジョンがどんなものかなるべく掘り進めておきます!」
「時間がある時に手伝いますよ」
「助かりますわ!」
『……もしかして挑む気かい?』
会議の様子を見ていたヤマトが声を掛けてきた。
「「「「当然」」」」
自然と4人の声が重なった。
ヤマトは失念しているようだ。この里に辿り着いたのはベクトルは違えどカンストプレイヤーだ。
負けて積み上げた物を多少失う程度のデメリットは躊躇う理由にはならない。




