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09 新人中年冒険者は、狐の少女を仲間にする。

 白狐の里のオサから転写された記憶を辿る。旅の記憶というが、その内容はオサと女性三人による淫らな交わりであった。




 ……私はこめかみを親指と中指で押さえ、 意識を逸して別の記憶を探る。





 しかし、別の記憶を辿っても辿っても、浮かんでくるのはオサと勇者一行の交わりばかりだった。





 「この色キチがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 ≪きゅ、人語で急に叫ぶでない!驚くだろうが!≫

 ≪なんなんだお前!?記憶の転写って、こんなことを俺に伝える為に使ったのか!?≫

 ≪こんなこととは心外な……これは、我が勇者達と共に魔王を封した記憶なのだぞ!?≫



 私の言葉にオサは憤慨しているが、こちらとて他人の秘め事を転写されていい気分ではない。



 ≪秘め事は、アンタが死ぬまで秘めておけよ……≫

 ≪……ぬ?秘め事?何を言っておる?我は貴様に旅の様子を転写したのだが……≫



 そう言うオサは小首を傾げている。攻性防壁で転写に失敗し、意図せぬ記憶が流れ込んだのか?まぁいい。流し込まれた記憶など、意識をしなければ直に薄れそのうち忘れる。意識をしなければ。しなければ!!




 

 ≪それで?姫を連れて行く貴様は覚悟は出来たのか?魔王誅滅……その道は、長く険しいぞ?≫

 ≪……まぁ、なんだ、ゆるゆるとやるさ。その“姫”が俺についてくると言うのなら、俺としては止めるつもりはない≫



 流し込まれた記憶には、険しさの欠片もないのだが……ちらと“姫”を見やると、その巨大な身体を膨らませ、尻尾を大きく振っている。土埃が凄い。



 ≪ようやく我を認めたのだな!行くぞ!世界の果てを見せてくれ!!≫



 私が白狐の首筋を撫ぜると、その尻尾の振りは一際大きくなったのだった。





 ――――





「人間の身体は、ツルツルだな!なはは!!」



 再び人型になった白狐は、楽しそうに笑いながら私の毛布に包まっている。このまま裸にしておく訳にもいかないので、構築術式を展開する準備をしていると臀部に違和感を覚える。



 「おい……何故、俺の尻を撫でる……」

 「ん?オサが言ってたぞ!気に入った相手の尻を撫でればつがいになれるとな!」



 ……そういえばそんなことを言っていたような気がする。



 「それは間違いだから、尻を撫でるのをやめろ……」



 子供は納得のいかない顔をしていたが、意外と素直に尻撫でを止めた。



 「……なぁ、それはなんだ?」



 私の足元に刻まれた術式を指差して言う。



 「いつまでもお前さんを裸にしておく訳にもいかんだろう?今からお前さんの服を作るから、この陣の上に立ってくれ」



 私が用意した術式は魔素変換で被服を構築するものであり、作業服、戦闘服、制服、騎士甲冑の四種類を構築することが出来る。私が陸軍開発隊にいた頃に開発した術式だ。魔素変換を研究開発していた私は、装備品の発展改良にこの技術を応用しようと考えていたのだ。構築コストが高くつくために、結局採用されることは無かったのだが。



 「立ったぞ!これで?どうすればいい?」

 「手を広げて、目を瞑って楽にしていてくれ」



 ん!と元気よく答える。足元から術式が体型を走査すると、走査が終わった部分から被服が順次構築されていく。魔素と物理の複合装甲だ。靴下だけでも、イリル王国の野戦火砲の直撃に耐える防御力を誇る。……少々構築コストが嵩んで、一足で新入隊員の年収を軽く超えてしまうのが難点だが。



 背中から子供の笑い声が聞こえる。くすぐったいのだ!なはは!と陽気に笑う声に、思わず笑みが浮かぶ。あぁ、部下に装備を作ってやったときも、こんな風に笑っていたっけな……。





 ――――





 「おぉ!これは……貴様と同じ服だな!」



 振り返ると構築術式による装備構築は終了しており、私の作業服とお揃いの格好をした白狐が腕を広げていた。その場でくるくると回りながら身を包む服装を確認する姿は、新しい洋服を繕ってもらった町娘のようだ。



 「これでいつでも旅に出られる!さぁ、行くぞ!オサを超える、新たな伝説を作るのだ!!」



 そう言う彼女を尻目に、あぁ、こいつと一緒なら退屈せずに済みそうだと、独りごちるのだった。





 ――――





 「ラーベよ、この草は食える草だな!」

 「……いや、だから、何でも“食える”って判断するのやめろよ……」



 草むらに突っ込み草を千切りながら彼女が言う。彼女が口にしようとしている草は傷の化膿を防止する効果がある薬草だ。好んで食べる者はいないだろう。千切った葉を口に運んだ彼女は、顔をくしゃくしゃに歪めて草を吐き出した。



 里を離れて二日、街に向かう間に私は彼女に対して人間の“常識”を教え込んでいた。簡単に言えば、『信じるな。ついていくな。目立つな』である。






 ――――






 「――人間の世界は狐の里とは違う。『人が人に対して狼』なんだ」

 「失礼な!我らも互いを互いが助け合うぞ!!」

 「……違う。皆がお互いを食い物にするってことだ」

 「なんでだ!?狼はみんな仲良しだぞ!?」

 「俺の例えが悪かったな……。言い方を変えるぞ。『俺以外の人間を、信用するな』わかったか?」

 「う~ん……人間はみんな悪者なのか?」

 「いや、中には良い奴もいるが……それを見分けるだけの知識と経験が、お前さんにはないだろう?」

 「なんだと!?我にはオサから教わった記憶があるぞ!」



 里を出た初日、野営の焚き火に当たりながら彼女と話をした。彼女が言うオサの記憶とは、オサから記憶転写されたオサの旅の記憶のことだろう。……私が転写されたのは、そのオサと勇者達の交わりだったのだが。彼女には、まともな記憶が転写されていることを願おう。



 「オサの記憶は昔の物だろう?お前さんの“知識”が今の世に合うか、それを見極めてからでないとな」



  私がそう言うと、納得のいかない顔をしながらも、渋々了解したのだった。



 「というかだな、いい加減『お前さん』といのをやめろ!」

 「なんだ、お前さん、名前があるのか?」

 「だ~か~ら~!もうっ!もうっ!!」



 左右に大きく頭を振る彼女の乱れた髪を結き直す。頭に触れられてニマニマと口角を上げる彼女の髪を、首元から左右に分けて二本の束にする。結いているこの紐も、魔素変換で作り出した。透き通るような銀色に映える黒色の紐は、自動防御術式を組み込んだ逸品だ。



 「名前をつけろ、と言っているのだ!というかだな、貴様の名前はなんというのだ?」



 そういえば、まだ自己紹介もしていなかったな……そう思い、私は自分の置かれた境遇を彼女に話し始めた。人間としての知識に乏しい彼女が理解できるかどうか怪しいので、掻い摘んでの説明ではあるが。



 「俺の名前はラーベ。名字はない」

 「……ラーベ、か。どういう意味なんだ?人間は名前に意味を込めるのだろう?」



 髪を結き直した彼女は、私に向かい合った。その瞳は炎に照らされ、赤い瞳が爛々と輝く。



 「名前の意味、か……。ラーベは俺の故郷で“カラス”という意味だ」

 「ラーベ、“カラス”のラーベか……。この辺の出身ではないのだな?旅人か?」



 私の名前を含めるように何度も何度も口の中で繰り返す彼女は、私に問うた。



 「旅人、というかな……軍人で、死刑囚だったんだ、元々」



 私の言葉に彼女の目が大きく開かれる。恐る恐る私の身体に指先で触れ、触れるやいなや自分の胸元に手を引っ込めた。



 「最近の幽霊は、触れるものなのか……!?」



 震える声でそう言う彼女の言葉に、苦笑を浮かべながら答える。



 「いや、俺は生きてるぞ。……死刑になるのが嫌だったから、国から逃げ出したんだ。その時に元の名前を捨てた。“ラーベ”ってのは、俺が自分でつけた名前だ。この国の西……ずっと西から逃げてきたんだよ、俺は」



 見損なったか?と言う私に、彼女は顔を下に向ける。お伴が元死刑囚ではいい気分はしないだろう。もしも彼女が私と共に行くことを拒んだ場合は、どうすればいいのだろうな。里に送り返すべきか、ここで別れて自由にさせるべきか、悩む。



 「……ラーベは一体何をしたんだ?」



 静かに彼女は呟く。顔は下に向けたままだ。



 「戦争で、大勢殺した」

 「戦か……。戦での殺しは、仕方がないのでは?殺したのは敵なんだろう?“大戦果”ってやつではないのか?」

 「その通りなんだが……相手国に難癖を付けられてな。まぁ、有期徒刑でなく死刑にまでなったのは、上が俺のことを目障りに感じていたってのもあるだろう」



 彼女はうんうんと唸りながら何かを考えているようだ。暫く考え込んだ後、顔を上げて私に問い掛ける。私の目を真っ直ぐに見ながら。



 「……一つだけ答えてくれ、正直に……。ラーベよ、その殺しは、楽しんだのか?」



 殺しが楽しいか、だと?そんなの決まってるじゃないか。





 ――射抜くような目付きの彼女に、私は即答する。





 「楽しい訳がない。彼らにも、彼らの人生があったはずだ。それを俺は……。“戦争だから”と誤魔化さなきゃ、やってられんさ。今もな……」



 私の答えに、彼女は安堵したように息を吐く。二、三度軽く頷くと、その表情を緩めて言った。



 「ラーベよ、貴様は良い奴だな!オサが言っていたぞ、『敵に情けを掛けられる者に、悪者はいない』と!」



 そう言って私の肩を軽く叩くと、胡座をかいている私の足に座り背中を預けた。後頭部を胸に押し付け、私の顔を下から覗き込む彼女は、私が付いてる、そんな顔をするなと笑って言うのだ。……尻を撫でられていなければ、大変に良い雰囲気であったのだが。





 ――――





 「『シルヴィア』か!うん、いいな!シルヴィア……ふふっ……」



 私が付けた名前が気に入ったのか、焚き火の周りをくるくると回りながら彼女はその名前を繰り返し呟く。その髪の色をそのまま名前にするのも芸がない。色の名から音の濁りを引いたり、足したり……捩って捻って辿り着いたのが、古い言葉で「清楚な乙女」に名付けられるこのシルヴィアだった。気に入ってもらえて何よりだ。



 「それでラーベよ、『シルヴィア』とはどういう意味なのだ?当然意味があるんだろう?」



 『貴女は清楚な乙女です』とは言えない。……恥ずかし過ぎる。私は無理矢理話題を変える。



 「……そういえば、お前さんは何歳なんだ?」

 「シ・ル・ヴィ・ア!だろうが!!!何のために!名前を!!付けたのだ!!!」



 このっ!このっ!と私の胸を叩く彼女の頭を撫でる。……無茶苦茶力が強いな。自動防御術式が叩かれる度に展開されている。



 暫く頭を撫でていると、気分が落ち着いたのかボソボソとシルヴィアが答えた。



 「……ん?よく聞こえないな。オサもかなりの年齢みたいだし、里の狐は長命なのだろう?」

 「そうだ……。我らは長生きする種族なのだ……」

 「で?シルヴィアは今いくつだ?」

 「……春の生まれで、次の夏が、十九回目の夏だ」



 顔を横に背けて言う彼女の頬は赤い。この反応、若いことを気にしているのか?



 「そうか、じゃあ人間で言えばもうすぐ十八か……俺は今三十だ。冬で三十一になる」



 私の年齢を教えると、背けた顔をこちらに向けてニコニコとしている。私の年齢に安心したのか?



 「なんだ!意外と近いではないか!我はてっきりラーベと百以上は離れていると思っていたぞ!」



 大陸東側の平均寿命は知らないが、私が知る限り百以上生きて冒険などしている者はいない。……どうやら、まだまだ彼女には教えることが山程ありそうだ。

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18.7.6 運営の指摘により全年齢向けに改稿しました。

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