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08 人に化けた白狐は中年に懐く

 「な!いい案だろう?これなら貴様も納得だな!」

 


 先程野営結界を叩き壊そうとしていた子供は、私の毛布に包まり白湯飲みながらそう言ってニコニコしている。



 「……いいあん、とは?」



 目の前の受け入れ難い光景に、私は疑問を呈する。私が今いる場所は人里から離れた山裾の樹海であり、こんな子供が降って湧くはずはないのだ。それこそ、喋れる狐が人に化けて出てこない限りは。



 「あ!しらばっくれるつもりだな、貴様!確かに言ったではないか、『旅をするのに、いい案があったら連れて行ってやる』と!」



 確かに私は昼に出会った、意思の疎通が可能な巨大な白狐とそんな念話を交わした。この樹海から出て各地を旅したいと言う白狐に、その巨体が人目に付かない案があれば連れて行くのも吝かではない、と。『狐に化かされる』とは言うものの、本当に化かされるとは思いもしなかった。この子供が本当に昼の白狐であればだが。



 「きみは、どこから、きた、ですか?こんな、もり、ひとり、あるく、あぶない……おやごさん、どう、しました?」



 乾く唇を舐めつつ、私は子供に問いかける。そうだ、まだこの子供があの白狐だと決まった訳ではない。偶々、我々の念話を傍受した子供が、白狐になりすましている可能性も否定できない。



 「……そうか、貴様はまだシラを切ると言うのだな。ならば見るがよい!この森の覇者の真の姿を!!」



 子供がそう言うや否や、包まっている毛布を勢いよく放り出した。小さく低く唸るその姿が淡い光に包まれる。その光に照らされる腰まで伸びた長い髪が、白銀に輝く。赤い瞳は煌々と輝き、私を真っ直ぐに見据えている。



 子供を包む光が一際増すと、その輝きに比例してその存在感も大きくなる。遂には直視出来ない程に光が膨らみ、私はその輝きから顔を背ける。



 ――静寂



 光が収まり暗闇が再び支配する空間に目を向けると、闇に慣れない私の目に赤い輝きだけが目に入った。





 ≪どうだ、これで我を忘れたとは言わせんぞ?≫





 どうやら、私は、狐に化かされているようだ。





 ――――

 

 



 白狐の首元に抱き着き全身でその毛並みの柔らかさを堪能しつつ、首筋を撫でながら問う。



 ≪確かに『いい案があれば』とは言ったが……人に化けるとは思わなかったぞ。どこでそんな術を覚えてきたんだ?≫

 ≪うむ……我らがオサに旅の話を聞いたらな、オサは“勇者”の旅について行くために人化の術を掛けられたのだそうだ。その術をオサが習得していたので、我にも教えてもらったのだ!≫



 この念話についても、オサから教わったそうだ。こんな形で不思議体験をするとはな。まだまだ世界は広いということを実感する。……大陸東部に来てからまだ一か月と少ししか経っていないので、世界が広いのは当然と言えば当然なのだが。



 ≪さっきの姿は?見た目は変えられるのか?≫

 ≪……どういうことだ?あの姿では旅に出るのに問題があるのか!?≫

 ≪いや、旅には支障ないだろう。純粋な好奇心だ≫



 一瞬体毛を大きく膨らませた白狐だったが、私の言葉を聞くと元の大きさに戻った。



 ≪驚かせるでない……あの姿はな、“魂の形”だそうだ。人の美醜は分からぬが、貴様はあの姿が気に入らぬのか?≫



 切れ長の瞳、通った鼻筋、薄桃色の唇、まるで絹のように輝く銀髪。街中を歩けば、すれ違う人々のうち何人が振り向くかはわからないが、少なくとも私のタイプではある。ちんちくりんな、将来性に期待せざるを得ないサイズだが。色々と。



 ≪……いや、お前さんの大きさと威厳さに、人になるのなら岩のような大男になるのだと思っていたからな。驚いただけだ≫

 ≪威厳さか!貴様は中々見る目があるな!うむ、そうだ!確かに我はこの森の覇者だからな!≫

 

 

 尻尾を大きく振る白狐は嬉しそうに答える。……まるで犬のようだ。



 ≪しかし、“魂の形”か……。お前さんは、雌、だったのか……?≫

 ≪見てわからぬのか!?貴様、それは心外だぞ……≫



 済まないが、動物のオスメスを判別する知識も能力もないのだよ……そう思いながら首元を繰り返し撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らした。こういう所は猫のようだな。

 

 

 ≪……しかし、この森の覇者が勝手に旅に出ても良いのか?盟約が崩れるのでは?≫

 ≪……うむ、そのことなのだがな、ちょっと問題が残っててな……。済まぬが、明日、我らのオサと会ってくれぬだろうか?≫

 


 ……怪しい雲行きを感じさせる物言いに不安を抱いたものの、尻尾をションボリとさせ、上目遣いで見つめられれば、否とは言えないのだった。





 ――――

 

 

 


 ≪貴様が姫が認めた男か≫

 


 目の前の白狐は、私を品定めするように睨め付ける。その姿は昨日出会った巨大な白狐には劣るものの、それでも馬並みの大きさと威厳を放つ立派な白狐だ。



 夜が明けるとともにこの白狐の里に連れてこられた私は彼らのオサと対峙した。胡座をかいて座る私の手には、両の手にすっぽりと収まるふわふわの小狐が抱かれている。……最っ高に可愛い。このままこの子をもふもふとしながら、この里でぱやぱや過ごすのもいいかもな……と考えていると、私の背中を巨大な白狐が鼻先をぐいぐいと押し付ける。

 


 背中越しに顔を向けると、私を里に連れてきた白狐の赤い目と視線が交わる。なんだ、嫉妬か?……可愛い奴め。私は右手を背中に回し、その鼻先を撫でながら答える。

 


 ≪“姫”、とは? ≫

 ≪……この里で最も優れた者が、次代のオサに就く。貴様を連れてきた者は、今代の“最強”なのだ≫



 オサがそう言うと、巨大な白狐が会話に割り込む。

 


 ≪うむ!我はな、同族中最強なのだ!だからオサは我を次のオサにしようとしているのだが……我はこんな森には収まらぬ!世界の“最強”を巡るのだ!≫



 ……外の世界を旅するためのお供が私、というのだろうか。正直、この元気の塊のような奴と同行するのは気が進まない。いく先々で問題を起こしそうな臭いがプンプンと漂う。



 ≪……それで、問題というのは?オサの世継ぎの話か?≫

 ≪それもあるのだが……それ以上の問題があってな。盟約に基づいて山の一族のオサが姫を娶ろうと申し出ているのだがな、此奴がそれを拒絶しておってな≫



 どうやら、山、樹海、森の端の一族は、それぞれの“最強”が互いに争い、勝った者が敗北した一族の中から嫁ないし婿を取るのだという。そしてその最強は、いずれ来る勇者の来訪に備えるそうだ。“最強”に見初められるのは名誉なことらしいのだが、この森の“最強”は、それが気に食わないらしい。



 ≪山の最強は我より弱いのだ!我は、弱い者を伴侶にする気は無いぞ!≫



 そういう白狐の鼻息は荒い。弱者からのしつこい求婚に辟易している様子の彼女の鼻先を撫でると、背中に押し付けた鼻を左右に振った。



 ≪……世界を見たいというより、弱い者とつがいになりたくないだけなのでは?≫

 ≪そ、それは違うぞ!我よりも強い貴様が現れたのだ!付いていきたいと思うのが普通だろう!≫



 慌てた様子の彼女を尻目に、私はオサと向き合う。



 ≪それで、問題というのは、コイツが山の最強とつがいになりたくない、ということなのか?≫

 ≪……そうだ。山の一族は血気盛んでな、このまま拒絶し続ければ、山の一族がこの森に攻め入ってくるやもしれん。そうならないためにも貴様が姫よりも強いと彼等を“説得”したいのだが、貴様にそれ程の強さがあるのか?人の身にありながら、我らの最強よりも強いとは信じられんが……≫



 オサが私をジロジロと睨め付けながら言う。

 

 

 ≪それならば、何故コイツに人化の術など授けた?そんな事をすれば、この森を出ていくなど分かりきっていただろうに……≫



 オサは私から顔を背ける。……話せない事情でもあるのだろうか?人に化けさせてまで、山の最強に彼女を渡したくない理由が……。



 ≪うむ!昨日な、オサの武勇伝を聞かせてもらったのだ!我がオサのようになりたい!と願ったら、あの術を授けてくれたのだ!≫



 ……深刻な事情などは無いようだ。ただ煽てに乗っただけじゃないか!このオサ、意外とチョロそうだな。ここはひとつ、私も煽ててみるか。



 ≪武勇伝?確か、勇者と共に世界を巡り、その勇名を轟かせたとか……流石オサともなると、その武勇も規模が違うのか。是非その伝説を直接語っていただきたいものだ!≫

 ≪……舐めるなよ、人間≫



 一際低い声でオサは私を威圧する。しまった、失敗したか……。



 ≪しかしまあ、貴様が、そう言うなら、我の覇業を直接教えてやらんこともないが……!≫



 尻尾を大きく振るその姿は、まるで芸を褒められた犬のようだ。チョロい、チョロいぞ!



 ≪ああ、是非オサの生きてきた歴史を、この小さき人間に教えていただきたい!≫



 ここが追撃点とばかりに私は畳み掛ける。このままいい気分にさせれば、山の最強を“説得”するということも有耶無耶にできそうだ。



 ≪ならばよし!目を瞑りその頭を垂れるのだ!さすれば我が覇業をつぶさに教えてやろうではないか!≫



 いい気分になったオサの言う通りに、瞑目して頭を下げる。彼の気分を更に高めるために、ははーっ!と芝居掛かったポーズも付けて、だ。オサの息遣いを頭部に感じたのも束の間、オサは大きく口を開けて私の頭をがりりと齧った。





 ――攻性防壁発動――精神操作警報発令――全力即時待機――





 鋭い頭痛と共に警報が視界内に広がると、私は瞬時に戦闘服装を展開しその場から飛び上がる。報知ログを確認すると、どうやらオサが私の記憶野を操作しようとしていたことがわかった。上空から里を見降ろすと、オサが両手で目を押さえながらきゅうきゅうと唸って左右にもんどり打っている。



 ≪あああ頭が~!頭が痛いのだ~!なにを、何をしたきさまぁ~~~!!!≫

 ≪……オサよ、それはこちらの台詞だ。貴方は一体何をしようとしたのだ?≫

 ≪きさまが我の覇業を知りたいと言うから……我の記憶を流し込んだのに、何故こんな目に合わせる!酷いではないか!!≫



 記憶を流し込む?……それで攻性防壁が発動したのか。オサに敵意がない事を確認し、私は戦闘服装を解除して再度オサの前に座る。



 ≪……やはり貴様は大した奴だ!我が見込んだことはある!≫



 この光景を見て嬉しそうに尻尾を振るコイツはスルーだ。痛む頭を軽く振ると、思考がクリアになっていく。痛みが引いていくのに合わせて、見たこともない風景や人物が脳裏に浮かぶ。ゴルト、スヴェア、ナタリア、カノウ……?これは、なんだ?



 混乱する私に、立ち直ったオサが問う。





 ≪……どうだ?“記憶”が見えただろう?≫

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