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07 迂闊な発言を、巨大な白狐は鵜呑みにする。

 『森の支配者』と呼ぶに相応しい威容の白狐は、少々話の通じない奴だった。いや、動物と意思の疎通が出来る事自体が奇跡的なのだが。



 ≪我はそうだなぁ……まずはこの山の果てを見てみたいのだ!≫



 鼻息荒く念話を飛ばす白狐に答える。



 ≪……いや、連れてかないぞ?≫



 そうだ。こんな巨大な狐が人前に姿を見せたら、ちょっとした騒ぎだ。いや、ちょっとした、では済まない。街中に入れるわけにはいかないし、街の外を彷徨いていようものなら討伐対象になってもおかしくはない。



 いや、念話が使えるなら討伐対象にならなそうだな。それでも、見世物小屋に連れて行かれたり、好事家の貴族連中に買われていったりしそうで、この白狐の明るいビジョンが全く浮かばない。



 ≪何故だ!?我と共にすれば、向かう所敵なしだぞ!?≫

 ≪敵が出そうな所に行く予定はない……≫

 ≪こんな力を持っていてそんな訳はなかろう!そもそも貴様は何故ここに来た?我の力を求めに来たのではないのか!?≫

 ≪だから俺は勇者じゃないんだって……≫



 そう、この白狐は私を“勇者”だと勘違いしている。大陸の東側には“魔王”がいて、“勇者”がそれを討滅するお話が未だに信じられているらしい。まぁ、この白狐はこの森から出たことは無いみたいだから、お伽話を信じているのも仕方がないのか。



 ≪貴様が勇者か、そうでないかは重要ではない。大事なのは、強い者に従うということなのだ!だから我を連れて行くのだ!≫

 ≪もしかして、ただ単にこの森から出ていきたいだけなんじゃ……≫



 私がそう言うと、白狐の毛が大きく膨らんだ。



 ≪そ、そ、そ、そんな訳はないだろう!我はただ強い者に従うのみ!≫

 ≪という建前?≫

 ≪違う!我は強き者の旅路を助けることを願うのみ!それこそ、我が一族の願い!≫



 力強く言う白狐の目は透き通っている。旅路の助け、か……。



 ≪その、旅路なんだけどさ……≫

 ≪うむ!なんでも頼るがいいぞ!≫

 ≪いや、言い辛いんだけど、俺、旅をするつもりはなんだよ。この森の何処かに拠点を構えて、静かに生きていければ……≫



 ……固まる白狐。そりゃそうか、外の世界に出ると喜んでいたのも束の間、相手からの引き籠もり宣言。糠喜びもいいところだ。なんだかこちらまで申し訳なくなる。白狐はあからさまにしょんぼりとしている。……一々人間臭いな。



 ≪そもそも、なんで誰かについて行かなきゃいけないんだ?一人でも山の果てには行けるだろう?≫



 私がそう言うと、しょんぼりと項垂れたまま白狐は答える。



 ≪我らの縄張りから理由もなく離れるわけにはいかんのだ……盟約に反する≫

 ≪盟約?なんだそりゃ?≫

 ≪うむ……この付近一帯の同族が昔に決めたことなのだが、同族の中で最強の者が、勇者を助ける、と……≫

 ≪この辺りにはまだお前さんみたいなのがいるのか?≫

 ≪あぁ、この森の中央を縄張りにしている我らと、あの山に住んでいる一族、森の外れを縄張りにしている一族がおるぞ≫



 そんなに沢山白狐がいるのか……もふもふパラダイスだな!



 同族の中で最強だというこの白狐は、いつか来る勇者のためにこの森でその力を蓄えていた。しかし、いつまで経っても勇者は現れず、いい加減この森にも飽きていたらしい。



 ≪そんな訳だから、我を連れて行くといい!≫



 そう誇らしげな顔でこちらを見て白狐は言う。……だから、俺は旅をするつもりじゃないんだってば。



 ≪連れて行くにしても、こんな大きさ、人里に入れないぞ?≫

 ≪人間は小さきものよな。我の威風に臆する者しかおらん!≫

 ≪……俺以外の人間に会ったことは?≫

 ≪…………≫



 白狐はそっぽを向いている。……まぁいい。人間と旅した“オサ”の言うことを鵜呑みにしていたのだろう。実際、この白狐の膂力は大したものだ。同族一の力を持つというのなら、人間を侮るのも致し方ないか。



 ≪連れて行くにしても、人間の生活だとか、風習だとか、そういうこと知らないんだろう?≫ 

≪知っているぞ!気に入った人間がいたら、尻を撫でるとつがいになれるんだろう!大丈夫だ!≫



 大丈夫じゃない!!その変な知識はきっとオサから学んだものだろう。こんな巨大な白狐に尻を撫で回されたら、ショックでその場に倒れ込むぞ。



 ≪その知識はまるっきり間違っているからな≫

 ≪そんな馬鹿な!?オサはこれで何十人も虜にしたと……≫



 なんだ?昔は巨大な獣と戯れることが普通だったのか……?



 ≪オサの旅した頃とは時代が違う。そんなことしたら、お前さん、すぐに殺されるぞ?≫

 ≪はっはっは!人間程度、何人集まろうと遅れはとらんわ!……ひょっとして、貴様のような人間が沢山いるのか……?≫



 私は保有魔力量も魔力操作能力も帝国陸軍で群を抜いていた。手前味噌だが、私程の人間は、“夜烏”の他にはそうそういないだろう。



 ≪いや……ほとんどいないはずだ。だが、群れた人間は恐ろしいぞ?そうだ、お前さん、こう……小さくなれたりするか?≫



 両手をボールを掴むようにしてサイズを示す。イメージは子猫サイズだ。そう問うと、白狐ははんっと鼻を鳴らした。



 ≪何を馬鹿な……小さくなれる者など、いる訳が無いだろう!≫

 ≪じゃあ残念だけど連れていけないな。そんなに旅がしたかったら、オサにどうやって旅をしてたのか、もう一度詳しく聞いてみたらどうだ?≫



 白狐はうんうんと唸りだした。旅に出たいと考えていても、具体的な旅の方法など考えていなかったのだろう。いい機会だ。私は今後の方針を白狐に告げる。



 ≪まぁ、俺は二、三日この辺りで野宿するつもりだから、その間に何かいい案があったら教えてくれ≫

 ≪いい案があったら連れて行ってくれるのだな!?≫

 ≪……いい案があったら、な≫



 私はそう言うと拠点設営を開始した。この辺りの水場も探さなくてはいけない。日は中点から降り始めているところだ。モタモタしている暇はない。まずはテントを張って、竈を作って……そんなことを考えている間に、白狐は音もなく消え去っていた。

 

 

 この時私は、自分の発言の迂闊さに、まだ気が付いていなかった。





 ――――





 今日の食事はこの森で獲れた野兎と、小川で獲れた魚を塩焼きにしたものだ。水場も案外近くにあり、風呂飯に困ることはなさそうだ。日は間も無く落ち、やがて辺りは闇に包まれるだろう。半日この拠点を中心に探索してみたが、残念ながら白狐にもう一度会うことはなかった。この森が縄張りだというので同族にも遭遇するかと思いきや、捜索術式にも探知はなかった。まぁ暫くしたらまた奴の方から姿を現すだろう。



 その時にまだ旅に出たがっていたのなら、連れて行ってやるのもいいな。私は半分世捨て人だ。一人山に籠もっていても、何の問題もない。いや、食事の面でやや困ることはあるが……。私一人と白狐一頭。別に人里に入らずとも旅をすることは出来る。あのふわふわを好きに撫でられるのなら、それも悪くないかもしれないな。そう思っていると、野営結界に巨大な反応を探知した。今は食事と風呂を済ませ、テントで横になり『東部冒険記』を読んでいた所だ。



 その反応は結界を破ろうとしているのか、強力な体当たりでもしているようだ。……少し不味いな。このまま攻撃を許せば結界は間も無く崩れる。テントから出て態勢を整える。結界に攻撃を加えている物の正体を確認するべく、観測球を向かわせた。



 ――なんだ……?子供、か……?



 受信映像を確認すると、全裸の子供が結界を殴りつけている姿が映し出された。その子供は観測球に気付くと、大声で叫んだのだ。



 「いい案があったぞーーー!!!」と。

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