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迷宮攻略、開始。

「……ケツが痛ぇ」



 ガタゴトと揺れる幌馬車の中で、私はポツリと呟いた。夜明けと同時に集合した私達は、白銀の拳が所有している幌馬車で王都の西にある迷宮ーーヘルトバインに向かっている。幌馬車を所有しているだけ流石銀板冒険者のパーティーといったところではあるが、費用を抑えた安い幌馬車なのだろうか、路面の衝撃がダイレクトに尻に伝わって乗り心地は良くない。

 私の呟きを耳したアリアは心配そうな顔をしながら私の尻をさすり、回復術式を展開する。そこまで大袈裟にしなくても……と苦笑いを浮かべていると、対面に座っている白銀の拳のエリンが目を丸くさせながらこちらを見ていた。



「あの……お二人は、どういう関係なんですか……?」

「夫婦よ。さ、旦那様、痛いの痛いのヨシヨシしましょうね〜……」



 そうふざけながらアリアは更に身体を寄せてくる。悪い気はしないが、これから迷宮を攻略しようとする緊張感が緩み過ぎてしまう。私はアリアを引き剥がし、エリンに迷宮について幾つか質問する。



「白銀の拳は、迷宮でどんな物を相手にしてきたんだ?」

「相手、ですか……? ええと、魔獣の種類ですかね?」


 エリンは彼らのパーティーの斥候役として様々な魔獣と向き合ってきた。ヘルトバイン攻略を開始してから日が浅く、前衛の一人が里帰りしているため迷宮深部には到達していないが、それでも彼女に一日の長がある。エリンはこめかみに手を当てて少し考えた後、迷宮で遭遇する魔獣について説明を始めた。

 一番多いのは魔素に侵された鼠だそうだ。魔素が滞留する迷宮で繁殖を繰り返した結果、1匹の大きさが膝丈程もある魔鼠になったという。それは群れで行動し、貪欲な食欲によって口にできる物なら何でも噛り付く。それに加えて魔鼠自体に利用できる部分は殆ど無くただただ迷惑な存在らしい。

 白銀の拳が金策の要にしていたのはやはり大蜘蛛と大蝙蝠だそうで、大蜘蛛はその腹部から取れる粘糸腺が、大蝙蝠は翼が高値で取引されるそうだ。だが、どちらも無傷での獲得は難しく、特に前衛の欠けた今の状態では倒すのがやっとで素材の状態まで気を回すことができないらしい。大男のダウスも彼女の言葉に黙ったまま頷く。



「じゃあ、なるべく急所を一撃で捉えないとダメなんだね」



 話を聞いていたレインが対処と素材の獲得について確認すると、ダウスが床を見つめたまま作戦会議を始めた。エリンが獲物を発見、ダウスが注意を引き付けてレインが一撃で仕留める。その手筈で概ね固まった。

 白銀の翼のリーダー、ケネスは現在馬車を操っており、シルヴィアは御者見習いとして彼の横についている。



「ラーベ様、私達は如何しますか?」

「そうだな……捜索術式は受波しかできんからなぁ」



 私がそう言うとアリアは一瞬怪訝な表情を浮かべる。



「あぁ、送波だとシルヴィアがうるさがるんだ。耳が痛いって」

「そんなまさか……」



 信じられない、と言いながら御者台の方に目を向けるアリア。しかし当の本人は初めての馬の扱いに夢中になっているようで、はしゃぐ声がこちらにまで聞こえている。



「そのお話、間違いないのですか?」

「あぁ、高周波も低周波もどちらも感知していたよ」

「となると、いよいよもって我々はお荷物ですわね……」



 ううむ、と唸って言うアリアに対し、エリンは不思議そうな顔を浮かべた後に少しだけ微笑んだ。



「金板のアリアさんでも、苦手なことってあるんですね」

「なによ、嬉しそうにして……」



 少しだけいじけたような顔をしてみせたアリアに、萎縮していたエリンが笑って見せた。金板冒険者と銀板冒険者。この両者には大きな壁が確かに存在する。特にアリアはその言動から『狂犬』として近寄りがたい存在となっていた。

 その狂犬が同じ馬車で、しかも自分達に対して弱い部分を見せた。これがエリンにとってアリアとの距離を縮めるきっかけになればいい。アリアは狭い世界から出て、もっと積極的に他者と関わっていくべきなのだ。心の距離が縮まった実感があったのだろうか、エリンは更にアリアに話しかける。



「でも、そうしてると年相応に見えますよね」

「……エリン、貴女確か18だったわよね? 私のこと、何歳だと思ってるの?」



 作っていた表情を消したアリアは静かに問う。虎のーーいや、狂犬の尻尾を踏み抜いた自覚があるのだろうか、エリンは表情を引きつらせながら答えた。



「あの、違ってたら、すみません、えっと、成人したてかと、思って、ましたが……」

「こちらの成人は15だった筈よね? ……残念だけど大外れよ。私は今年で21になるの」



 エリンの顔がどんどん青ざめていく。そして、一旦は縮まったと思われた心の距離が離れていっているような気がした。これから協力して迷宮に潜っていくというのにーー私はアリアの頭に手の平を乗せると縮こまってしまったエリンにこう言った。



「ま、年齢がどうあれ迷宮探索の先輩は白銀の拳なんだ。俺達はそちらの指示に従うさ。それに、アリアはこんなことで目くじら立てたりなんかしないさ。そうだろ?」



 頭を撫でられているアリアは、目を細めたまま頷いた。その様子にエリンはほっと胸を撫で下ろした。





「なあラーベさん、モノは相談なんだが……」



 迷宮付近に到着し、装備を整えながら軽食を摂る。日はまだ登り切っておらず、半日はかかると言っていたのが何かの間違いと思われる程であった。そんなことを考えていると、ケネスが私をメンバー達から引き離して小さい声で相談を持ちかけてきた。



「どうした? 報酬の件か?」

「いや、そんなことよりも、シルヴィアちゃんだよ。あの逸材、どこで拾ってきたんだ?」



 シルヴィアを逸材と表現したケネスは、はしゃぎながら鉤爪を装着している彼女に熱い視線を送っている。一体シルヴィアは何をやらかしたんだろうか……。



「あのな、ウチの馬なんだが、ワケありで安く買ったはいいんだが… …」

「馬がどうした? まさか、馬の代わりにシルヴィアに荷車を曳かせるつもりじゃ……」



 そんなことしねェ! と言い、私の肩を軽く叩くケネス。叩かれた瞬間にアリアがこちらを振り向いてケネスをじっと見ていたのは、今は黙っておこう。



「馬の扱いだよ。あの娘、本当に今日が初めてか?」

「あぁ、その筈だ。だからケネスの隣で見習いしてたんじゃないか」



 おお! これが馬車か! と初めて間近で見る馬車に興奮したシルヴィアは、馬が馬車を曳く所を見ていたいと言っていた。多分道中でケネスが説明して手綱を握らせたんだろうが、そこで何かあったのだろうか。



「あの馬、言うことを聞かない暴れ馬だったんだ。だから安く手に入れられたんだが……シルヴィアちゃんが手綱を握った途端に言うこと聞く……いや、本当にシルヴィアちゃんが言ったことを聞いてたんだよ!」

「ちょっとまて……どういうことだ?」



 要約すると、シルヴィアの手綱捌きは殆どアテにならなかったそうだ。未経験者が何の前知識もなく、ちょっとした説明だけで御者ができるようになる訳がない。もしそうならこの世の中は御者で溢れている。

 ケネスは戯れに手綱を握らせてみたそうだが、滅茶苦茶な扱いなのに何故かシルヴィアの言うことにきちんと従う。そのおかげでこんなに早くヘルトバインに辿り着くことが出来た。

 手綱ではなく、直接言葉で馬を操れる逸材ーーそうシルヴィアを評したケネスは。彼は思い詰めたような顔をした後こう切り出した。



「ラーベさん、あの娘をウチのパーティーに移籍させることはーー」

「肘の高さまで大金貨を積まれたってお断りだね」



 ケネスの言葉を遮るように私は答える。ま、そりゃそうか、と苦笑いした彼はすっぱりと諦めたようだ。何せ金板冒険者のいる『草刈り一家』だ。拗れたら不利になるのは火を見るより明らかだろう。それを理解しているケネスは引き抜きの話をそれ以上語らず、手を大きく叩いてみんなを集めた。



「よし、じゃあ、今日の目的と、目標を発表するぞーー」



 その言葉に、先程までじゃれあっていた女性陣も顔を引き締めてケネスの言葉に耳を傾けた。

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